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誕生日の前日、今日はニ人がお祝いしてくれる日だ。打ち合わせを終えた俺は、周りにバレない程度には、そわそわした気持ちを隠して帰り支度を進めていた。
「あ、大森さん、ちょっと。」
衣装係のスタッフに呼ばれる。何かの確認かな、と近づくと、着替え用ブースに連れて行かれた。
「…? なんですか?」
「今日は、これ着せて帰してください、と言われましたので。」
スタッフの後ろには、あの日の浴衣が掛けられている。
「は? 誰に?」
「藤澤さんと、若井さんです。お二人もさっき、着付けして行かれましたよ。」
「え、来てたの? ここに?」
「はい、大森さん別室で打ち合わせ中でしたけど。」
「なんで…。」
「さあ? でも、なんか嬉しそうな顔してましたよ、おニ人とも。」
俺はスタッフに促されるまま、両手を伸ばして浴衣を着せられていく。腰骨の位置でしっかりと帯を絞められ、鏡に向かう。
「…はい、大丈夫そうですね。これで完璧です。」
「ありがとうございます…。」
俺はよく理解できないまま、荷物を取って、送りの車へと乗り込んだ。
「涼ちゃん達も俺の家に送った?」
「はい、さっき送りましたよ。」
「ふーん…。」
「皆さん浴衣ですね。今日のお誕生日会は浴衣なんですか? いいですね〜。」
「…なんか、そうみたいね。」
俺は、流れる景色を見ながら、口角が勝手に上がってしまうのをなんとか抑えていた。何考えてんだろうな、あのニ人。家の中がめちゃくちゃになってなきゃいいけど。
玄関の鍵を捻り、そっとドアを開ける。三和土を見ると、二つの下駄が揃えて置いてあった。リビングへの扉は閉まっているが、まず、さまざまな匂いが鼻をくすぐる。醤油…、ソース…? あと、甘い匂い…。それから、耳には音楽が聴こえる。二つの音源があるようで、一つは、祭囃子のようなもの、もう一つは、夏の影か…。
俺は、下駄を脱いで、持ち帰った靴も揃える。リビングのドアを開けると、耳に破裂音が飛び込んできた。驚きで身を縮めた後、部屋の中を落ち着いて見ると、クラッカーを手にした若井と、部屋の隅にリョウカを抱っこしてクラッカーの音から守る涼ちゃんの姿があった。二人とも、やはりあの時の浴衣を着ている。
「せーの、「元貴、お誕生日、おめでとう〜!!」」
二人の声を聞きながら、俺は、自分にかかったリボンテープを手で払い、部屋を見渡す。テーブルの上には、プラスチックの折に入った焼きそば、たこやき、ホットプレートに並べられたフランクフルト、イカの姿焼き、それから焼きとうもろこし。小さめの寿司桶にはビニールが掛けてあり、氷につけられた浅漬け胡瓜が棒に刺さって冷やされている。そのほかにも、わたあめ、チョコバナナと、とにかくお祭り仕様の食べ物達が、所狭しとキッチンカウンターまで使って並べられていた。
「…ありがとう…。」
「はい元貴の〜。」
若井が、俺の頭に、狐の面を斜めに被せる。俺が触って場所を整えると、若井と涼ちゃんも懐からそれぞれ、ひょっとこと、おかめの面を取り出して、頭につけた。床に下ろされたリョウカが、チリリリと俺の足元に駆け寄る。
「…なにこれ?」
「見ての通り、『元貴祭り』でぇーす!」
若井が身体を開き、部屋の中へ腕を広げて披露する。よくみると、壁にデカデカと俺の顔写真が貼られていて、『元貴祭り』と達筆とは言えない太マジックの殴り書きの紙が貼られていた。
俺は呆然と、好き勝手にされた自分の部屋を見ていたが、自信たっぷりといった笑顔でこちらを見る若井に、つい吹き出してしまった。
「…すげーな、これ。全部若井らが作ったの?」
「いや? 出来合いのもあるよもちろん。わたあめだってUberだし。」
「でも若井のハリキリよう凄かったんだよ、最初わたあめの機械、業者のやつ借りようとしてたからね。」
「お前絶対やめろよ。部屋ん中ベタベタなるやん!」
「あっぶねー、借りるとこだったぜ!」
みんなでケラケラと笑う。髪をハーフアップに纏めている涼ちゃんが、はい、と割り箸を手渡してくれた。
「んでも、『元貴祭り』は涼ちゃんの案なんだよ、な。」
「うん、この前のミセス祭りは、ご飯あんまり楽しめなかったからね。どう? ちゃんとチョコバナナも用意したよ。カラースプレーたっぷり。」
涼ちゃんが、チョコバナナを手渡してくる。
「…ちゃんと、まだ好きかな?」
「どうだろ、食べてみてよ。」
俺は、ゆっくりとチョコバナナを噛む。パラパラとカラースプレーが落ちて、手で受けようとしたが、いくつか床に落ちた。それを必死でリョウカが舐めとる。
「あ、リョウカ食べちゃった、まぁお砂糖だから大丈夫か…チョコそんな付いてないよね?」
涼ちゃんがリョウカを抱えて、俺に確認する。俺は口をモゴモゴと動かしながら、頷く。
「どう?」
「…うん、美味い。」
「おー良かった。俺も食べよ。」
「あ、僕も食べたい。」
涼ちゃんが、リョウカをケージにそっと入れた後、チョコバナナを受け取り、齧る。
「ん! …んー、…おいひい。」
「これ美味ぁ、もっと作れば良かったな。」
「え、これ手作り?」
「そーそー、チョコ溶かして、な。」
「最初適当にやりすぎて、チョコ分離しちゃってさぁ。」
「おーいおいおい証拠隠滅したのに言うなや。」
「あ、ごめん。」
若井と涼ちゃんが、楽しそうに会話する。俺は、ふふ、と笑いながら、チョコバナナを平らげた。若井がそそくさと冷蔵庫を開けて、お酒を取り出す。涼ちゃんが、ホットプレートの焼きとうもろこしをお皿に乗せて、手渡してきた。
「はい、元貴くんの大好物のコーンです。」
「ウォレスくんだろ!」
二人で笑い合って、コーンに齧り付く。若井は、イカ焼きに手をつけながら、酎ハイを飲んでいる。涼ちゃんも、焼きそばを食べてビールを飲む。三人で他愛もない話をしながら、『元貴祭り』を大いに楽しんだ。
二人からプレゼントも受け取り、去年同様、ほろ酔いになった若井が、迎えのタクシーを呼んで、帰ることにした。
「じゃあねー、ばいばーい。」
顔をほんのり赤くして、上機嫌で手を振る若井。靴を履いたかと思うと、リョウカを抱いた涼ちゃんを手招きして、何か耳打ちする。
「…うん、ありがとう。」
涼ちゃんが若井に微笑みかける。なんだ、と思って見ていると、今度は俺を手招きした。近付いて、耳を差し出す。
「…浴衣汚すなよ…。」
無駄なイケボで囁いてきたので、とりあえず肩をグーパンしておく。イテーイテーと言いながら、若井がケラケラ笑って帰っていった。
涼ちゃんが、全部僕がやるから、と言って、飾り付けを外したり、使った紙皿や割り箸なんかのゴミを袋に詰め、少しの洗い物を片付けてくれている。俺は、自分の家なのに所在無さげに、ソファーに座ってリョウカと戯れていた。
全てを片付け終えてくれた涼ちゃんが、静かにソファーに近付き、俺の隣に座る。リョウカがすかさず涼ちゃんの膝に脚を乗せて尻尾を全開に振る。涼ちゃんが微笑んで、リョウカの首の辺りを撫でた。チリチリと首輪が鳴る。
俺は、その様子をじっと見て、口を開いた。
「…若井に、なんて言われたの?」
「…ん?」
「さっき、帰る時。」
「んー…うん。…頑張ってね…って…。」
頑張ってね…? 何を…? 今日は、なんで俺と別れたか、話してくれるんだと思ってたけど…もしかして若井はなんか知ってる、とか…?
「…何を?」
俺がそう訊くと、涼ちゃんはリョウカを撫でる手を止めて、少し上を向き、深く息を吸って、そして吐いた。
「…元貴。」
「…なに。」
「アコギ、借りていい?」
「…は?」
まだ良いとも悪いとも応えていないのに、涼ちゃんは俺の仕事部屋に入って、アコギを手に戻ってきた。
もう一度、俺の隣に座ると、弦を弾いて音を確かめる。俺もよく夜に一人で弾いているから、チューニングはそこまでズレていないはず…って、そんなことはどうでもいい。
「涼ちゃん?」
「…元貴。」
涼ちゃんが、背筋を伸ばして、ギターから俺に顔を向け直した。
「…もちろん、元貴みたいにすごいものじゃないのは、当たり前なんだけど…。 」
「…うん?」
「………元貴に、曲、作ったんだ。」
「…誰が?」
「僕が。僕に決まってるじゃん。」
「…涼ちゃんが? 曲?」
「…うん。」
涼ちゃんが、真剣な顔で見つめるので、俺も少し姿勢を正して、きちんと聴く体勢に入った。
涼ちゃんが、浴衣の裾を少し緩ませて、脚を組む。アコギを太腿に乗せて固定し、コードを鳴らす。ピックをギュッと握り直して、前奏が始まった。左手をしっかり確認しながら、丁寧に弾いていく。
HeLLo 墓無い唄 歌う君
アンゼンパイばっかの僕は
君との明日を 庶幾うようになった
涼ちゃんの、緊張からか少し掠れたハスキーな声で、ゆっくりと、唄が紡がれていく。俺が作った曲の名前や歌詞を使いながら、涼ちゃんと俺とのことを歌ってくれているんだとわかった。
この唄に、俺との別れの理由が隠されているのかと、最初は疑心暗鬼に涼ちゃんの歌声を聴いていたが、そんな心はすぐに消えた。涼ちゃんの、真っ直ぐな気持ちが、真っ直ぐな俺への愛が、込められていたから。
リョウカが俺の膝に乗りたがり、俺は涼ちゃんから目を離さずに、リョウカを抱き上げた。
一生懸命に、でも少し照れたように、涼ちゃんが最後まで歌い、ギターの音が静かに部屋に溶けた。
「…これも、俺からの、誕生日プレゼントでした。」
「…ありがとう、すごく、素敵だった。」
「…ふふ、…ありがとう。」
涼ちゃんは恥ずかしそうに笑って、鼻を触る。アコギをそっとソファーの横に置いて、涼ちゃんは時計を見た。時刻は、ちょうど0時を回ったところ。
「…29歳、おめでとう。」
涼ちゃんが、改めて、俺に言った。俺は、静かに頷く。黙って、涼ちゃんの次の言葉を待ち続ける。不意に、俺の腕の中から、リョウカが涼ちゃんの方へと、チリチリ、と首輪を鳴らしながら移っていった。
涼ちゃんが微笑んでリョウカを撫でる。ずっと俺のそばにあった、その笑顔。今日、別れの理由を聞こうと思っていたけど、貴方が話してくれるのを待つつもりだったけど、なんか、もう、いいや。
涼ちゃんが幸せそうに笑う姿を見て、俺はあっという間に、我慢が出来なくなった。
「…涼ちゃん、好きだよ。」
涼ちゃんが、眼を見開いて俺を見てから、顔が、くしゃ、と歪んで、涙が零れた。
「…元貴、僕も、僕も…大好き…。」
俺は、泣いている涼ちゃんを、リョウカごと抱きしめた。涼ちゃんも、俺の背中に手を回して、ギュッと浴衣を掴んで嗚咽を漏らしている。
「…だよね、さっきの歌聴いたら、涼ちゃん絶対俺のこと好きだもん。」
俺が、涼ちゃんの肩越しに話しかける。涼ちゃんは、こくこくと頷いて、俺の肩に顔を埋めた。
「…ねえ、なんで、別れたの?」
俺は、優しく問いかける。想い、想われるだけで、今はまた幸せを感じられるんだけど、どうしても理由が気になった。
「…怒らないで、聞いてくれる…?」
「…うん、たぶん。」
「…元貴ね、28歳までが、昨日までが…モテ期って言われたでしょ…。」
「…エ?」
思いもよらない言葉が出てきて、俺は声が裏返った。モテ期って…あのニノさんの番組での占い…だよな。
「あの頃、元貴、色んな人と交流あったし、…もし、もし元貴の結婚に繋がる出会いがあるなら、僕は身を引こうって思ってて…でも、いざその時にフラれたら、僕立ち直れないと思って…だから…先に…離れようと…。」
ああ、なんというか、実に、涼ちゃんらしい理由だった。俺は呆れると共に、少し腹が立った。
涼ちゃんの肩を持って、身体を離す。しっかりと向き合って、俺は涼ちゃんの涙で濡れる綺麗な眼を見据えた。
「…俺が、涼ちゃんに甘えすぎて、友達とのこと優先し過ぎたのは、確かに自覚ある。ホントにごめん。でもさ、モテ期が不安でってのは、流石にちょっと酷くない? そんなに信用ないんだ、俺。」
「ち、違う、信用ないとかじゃなくて…。元貴は、結婚願望があるから、僕は、そこまで邪魔したくなくて」
「だから、なんでそこで『邪魔』になっちゃうの? 俺が何を一番望んでるかなんて、わかるでしょ? わかんない?」
「…わか…る…。」
「…でしょ。俺は、涼ちゃん以外と結婚したいわけじゃないんだよ。涼ちゃんと、結婚したいの。」
「…でも、それは…。」
「法的な事言ってんじゃないの。俺が涼ちゃんを好きで、涼ちゃんも俺を好きで、リョウカを一緒に育てて、これが結婚じゃん。これが暖かい家庭でしょ。」
俺が涼ちゃんに不安になる隙を与えないほどに、畳み掛ける。お願い、涼ちゃん、余計なことは全て置いて、俺の唯一の願いを、それだけでいいから、叶えてほしい。
「誰がなんて言おうと、涼ちゃんがどう思おうと、俺が、いいの。この形が、いいの。ただ、涼ちゃんとずっとずっと付き合っていたいの。」
「………うん、ありがとう。ごめん、ありがとう…。」
涼ちゃんが、両手で顔を覆って泣く。俺は、その手の上に、そっとキスをした。
「…でも、涼ちゃん。俺、この一年、すごく自分と向き合ったし、涼ちゃんとのことをしっかり考えたし、勝手に身を引かれて、勝手に別れられたのはすごくムカつくけど、でも、必要な期間だったのかも、って、今はそう思ってる。」
俺は、涼ちゃんの薄紫の髪をそっと撫でる。
「涼ちゃん、これからも俺は、涼ちゃんの願いを叶えたいから。だから、そばにいて、もっと俺に望んでね。それから、俺の一つだけの願いも、涼ちゃんに叶えて欲しい。」
涼ちゃんの両手をそっと掴んで、下に降ろして包み込む。
「ずっと好きだった。俺と付き合って欲しい。」
あの時と、同じ告白。涼ちゃんが眼を見張って、それから優しく微笑んだ。
「…嬉しい、僕も、元貴がずっと好きだったから。」
同じ返答。だけど、あの時と違うのは、俺はもう涼ちゃんの気持ちに不安はないということ。俺は確かに、涼ちゃんに愛されてる。
俺は右手を伸ばして、涼ちゃんの柔らかな頬に触れた。涼ちゃんも、その手の方に少し顔を傾けて、眼を瞑る。ゆっくりと、顔を近づけて、薄く柔らかい唇に、俺の形のいい唇を優しく押し付ける。暖かい。あの蛍の川辺で、交わしたキスを思い出す。あの時は、涼ちゃんはまだこの手の中にはいなくて。手を離せば今にも消えてしまいそうな蛍の光みたいに、儚い関係のように思えた。世界に俺たちだけなんて、繋がった部分から溶け合うようにまで感じたのに、関係に称号がないというだけで、あんなにも不確かで不安定なキスになった。でも、もう、今は、大丈夫。頭の中でしっかりと安心を確認してから、まだ離れ難いように最後までくっつく唇をそっと離す。
「…俺たち、恋人に戻れたよね…。」
それでも、言葉にしないと僅かな燻りが消えない。涼ちゃんは、小さく頷いて、俺の首に縋りついた。
「…元貴、大好きだよ。」
俺は、涼ちゃんの抱擁に、ギュッと腕を回して応え、背中をポンポンとしてから、ゆっくり立ち上がった。
「リョウカ、ハウス。」
そう言いながら、お気に入りのおもちゃをケージの前で振る。さあ、お前も早く、ここへ帰っておいで。リョウカが駆け寄ってくる。リビングから涼ちゃんの姿が消えて、俺は、準備をしてくれてるな、と心に熱を感じた。
おもちゃに夢中で噛み付くリョウカをそっと抱き上げ、ケージの中へ下ろす。頭を撫で、よくぞ戻ってきてくれた、と微笑みを向けた。
「…涼ちゃんの気が散るから、静かにしてあげてね。」
リョウカは、流石に少し眠いのか、お気に入りの毛布の上で、身体を丸くして、ふう、と鼻を鳴らした。
涼ちゃんが寝室に入る足音を確認して、キッチンで軽く手を洗った俺もそちらへ向かう。今度は、きちんと寝室のドアを閉めた。
暗闇の中、慣れた空間を感覚だけで歩き、奥の間接照明を点ける。いつもは「明るすぎる。」と文句を付けては全ての明かりを消したがる涼ちゃんも、今日は何も言わない。
俺は、ベッドに腰掛けて俺の訪れを待っている涼ちゃんの身体に巻きつき、隣に腰を下ろしながらキスをする。今度は、次に進むべく、顔の角度を変えながらの、深く永いキス。舌を入れると、しっかりと絡めて応えてくれた。久しぶりの、本当に久しぶりの涼ちゃんの暖かくて艶やかな舌を、存分に味わう。
はぁ、とお互いに熱い息を零して、顔を離す。
「…ホントに、ごめん。逃げちゃって、ごめん。傷付けて、ごめん。僕を好きって言ってくれて、ありがとう。ずっと好きでいてくれて、ありがとう。また、恋人に選んでくれて、ありがとう。僕と、出逢ってくれて、ありがとう。」
涼ちゃんの、蕩けそうな瞳が、俺を捉えて揺れている。俺は、その一つ一つの言葉に、小さく頷く。
「…元貴、生まれてきてくれて、本当にありがとう。」
俺は、最大の笑顔で応えて、涼ちゃんにキスをした。そのまま、涼ちゃんの裾から手を入れる。驚いたことに、涼ちゃんは下着を身につけていなかった。
「…いつから?」
「も、もちろん、さっき脱いだんだよ、僕そんな変態じゃないからねっ。」
「どうかな〜、若井といる時からじゃないだろーな。」
「違うって! ほら!」
真っ赤になった涼ちゃんが、床を指し示す。そこには情けなく転がった涼ちゃんのパンツ。
「なーんだ。」
「な…。…あ…。」
まだなんか文句でも言いそうな涼ちゃんの裾から手を入れて、内腿を撫でる。さわさわとその滑らかな感触を愉しんだ後、その中心を優しく触る。手を洗ったばかりでまだ冷たい俺の手に、涼ちゃんがピクリと身体を震わせた。
「涼ちゃん、膝で立ってくれる?」
言われた通り、涼ちゃんがベッドに上がり、膝で立って少し脚を広げた。
よくわかってんじゃん、と思いながら、俺は指先に潤いを付けて、涼ちゃんの股の間から後ろに手を伸ばし、孔に指を入れる。最初、裾を摘んで恥ずかしそうに俯いていた涼ちゃんの上半身が、俺の指の動きに合わせてビクビクと揺れ、だんだん身体が折れていく。俺の肩にもたれ掛かり、尚もその身体を何度も跳ねさせて、俺の愛撫を受け入れる。
指を引き抜いて、自身の下着を取り去った俺は、涼ちゃんの前に胡座をかく。
「…おいで。」
涼ちゃんの腰を両手で支え、優しく俺へと誘導する。涼ちゃんが片手で俺の肩を支えにし、もう片方で俺の熱くなったものを支えて、孔へと導く。暖かなものを感じたと思った途端、俺の全てが、潤いと共にその温もりに包まれた。柔らかく暖かで、それでも切ないほどに締め付ける、涼ちゃんのナカ。やっと繋がれた俺たちは、しばらくそのまま抱きしめ合う。久しぶりの受け入れに、涼ちゃんも少し呼吸が荒いように感じる。その緊張を解すように、耳、首筋、そして唇、全てに愛しい気持ちを込めてキスを繰り返す。舌を絡めながら、涼ちゃんが僅かに上下に動き始める。潤いと粘性を湛えた結合部が、淫靡な水音を立てて、俺の脳を痺れさせた。
涼ちゃんの慣れまで我慢できなくなって、ゆさゆさと腰を揺らして、涼ちゃんへの挿入を深めていく。
「ん…! あ、あぁ…! ふ…ぅ…っ…ん…!」
涼ちゃんの口から、俺に突かれるたびに声が漏れて、耳からも熱が込められていった。しっかりと腰に腕を巻きつけて、容赦なく下から突き上げる。涼ちゃんの身体が跳ねるたびに大きな打擲音が響き、断続的な嬌声もそこに重ねられていく。奥まで、もっと奥まで、俺から離れようだなんて、二度と考えられないくらいに、涼ちゃんの身体に刻み込まないと。俺は息を止めて、力の続く限り奥を穿つ。涼ちゃんが力無く俺にもたれ掛かり、ガクガクと揺さぶられるままに上下する。
ぶは、と息を吐いて、呼吸を再開する。グッタリと力の抜けた涼ちゃんの身体を、静かに布団に下ろして、その上に俺も身を委ねる。しばらく二人とも呼吸を整えて、また吸い付くように口付けを交わす。後ろの刺激に圧倒されるように、だらりと垂れた涼ちゃんの中心を、しかしその先からは漏れ出る粘液を擦り付けながら、手で弄んで熱を持たせていく。芯を持ち始めたそこを刺激しながら、また腰を引いては押して、抽挿を始める。
「あ…あぁ…だ、め…。」
涼ちゃんが、俺の袖をギュッと握り締め、小さな声で、おそらくは言葉と正反対のことを懇願している。俺はそう理解して、手の動きと腰の動きを決して緩めることなく、寧ろ刺激を強めていく。涼ちゃんが驚きと絶望のような表情で俺を見つめ、潤んだ瞳で眉根を顰める。いじわる、とでも言いたげな表情だ。
そうだよ、この一年俺は君に意地悪され続けたんだ、これくらい、可愛い仕返しでしょ?
我慢に膨らみ始めた涼ちゃんのモノを扱きながら、ふと頭に若井の声が過ぎる。
『…浴衣汚すなよ…。』
涼ちゃんへ与え続けた快感を切ることが不本意で、軽く舌を打つが、少し抽挿を緩めて、腰紐へ手を伸ばす。涼ちゃんは少し表情に安堵を滲ませ、蕩けた顔で俺を見つめる。シュル、と紐を解いて、浴衣を左右に開いて少しはだけさせる。全ては脱がさない、こんなに唆る姿、無くすなんて勿体無い。涼ちゃんの欲を受け止めるべく肌の道筋を用意して、俺はもう一度中心を扱く。再び与えられた刺激の波に飲まれながら、涼ちゃんが身を捩る。すぐに腰の抽挿も激しくし、奥を目掛けて打ちつける。湿った打擲音と、涼ちゃんの仰け反った喉から搾り出されるような嬌声が響き合って、部屋中がじんじんと火照った空気で満たされていく。
「…くっ……あ、ああ!!」
涼ちゃんから大きな声が上がった瞬間、白濁液が勢いよく下腹部に飛び、そのしっとりと汗で滲んだ白い肌を濡らした。俺の手に包まれ、先からも、だら、と勢いを無くした液が俺の手に伝う。涼ちゃんが、肩で息をしながら、半眼で俺を見ている。わざと、手についた涼ちゃんのモノをぺろ、と舐めて見せた。
涼ちゃんの顔がより一層赤くなり、手の甲を口に当てて、恥じらいを隠す。
俺は、涼ちゃんの脚をしっかり広げて、身体を涼ちゃんに近付け、上から容赦なく最奥へと穿つ。涼ちゃんが、快楽とも苦痛とも取れる呻きを上げ、俺に縋り付いてきた。首をきつくその腕に巻き取られながら、深いキスで舌を撫で合う。
「はぁ…! 涼、ちゃん…! 好き…!」
「…ん…! だ、ぁ…い…すき…!」
ギュッと抱きしめ合って、俺は涼ちゃんのナカで果てた。どれだけ出すんだと自分でも驚く程に、何度も下腹部に力を込めて、最後まで吐き出す。ずるりと引き抜くと、ゴムの先には大きな塊が出来ていた。
ゴムを捨て、浴衣がはだけた涼ちゃんの身体を軽く拭き、ギュッと抱きしめる。しばらくの間、二人とも黙ってそのままでいた。俺は、やっと、この手に戻ってきた涼ちゃんを確かめるように、ほとんどハーフアップが解けてしまっている髪を撫で、そこに顔を埋める。ほんのりヘアクリームの香りと、涼ちゃんの汗のいい匂いが鼻を掠めた。懐かしい、俺の大好きな匂い。
「…そういえば、若井が言ってたのって、何についてなの? 俺らが別れてたこと、知ってんの?」
若井が、涼ちゃんに伝えたらしい『頑張って』の言葉。若井は、何をどこまで知っているんだ、と少し気になった。
「ううん、それは知らないよ、僕は言ってない。ただ、元貴には結婚式の余興って嘘ついて、さっきの僕の歌を元貴にプレゼントしたいっていうのを、手伝ってくれてたんだ。だから、歌のプレゼントを頑張って、って言ってくれたの。」
スタジオの隅で練習していた二人の姿、あれが、俺へのサプライズの為だったってわけね。若井め…また今度たっぷりと、超難度のギターフレーズをお返ししてやろう。そんなことを考えて、クスッと笑った。
「…ねえ、明日、…あ、もう今日だけど、お誕生日、何したい? どこか行く?」
涼ちゃんが、俺の腕の中から顔を覗かせて、尋ねてきた。
「んー、そうだなぁ…。涼ちゃんは? どこ行きたい? 何かやりたいことある?」
涼ちゃんが、俺に顔を近づけた。
「なんでよ、元貴の誕生日なんだから、元貴の意見を訊きたいの。」
「俺も、涼ちゃんの願いを叶えたいの。」
「僕の願いは、元貴の望みを叶えることなの。」
二人でイタチごっこのように言ってしまってから、なんだか可笑しくてプッと吹き出して笑う。
俺たちの願いは、お互いが幸せであること。だけど、忘れないでほしい。俺の幸せには、絶対に君が必要だってこと。そして、君の幸せにも、絶対に俺が含まれていてほしい。
そんな、慈愛と我欲の入り混じる愛情の中で、俺たちは一緒に歳を重ねていくんだ。歳を重ねていきたいんだ。
俺は、涼ちゃんを腕に抱きながら、さっきの歌を鼻唄で紡ぐ。ここのメロディー、俺好きだな。いつかの曲に、入れてみようかな。
…いや、これは、俺の、俺だけの、涼ちゃんからの愛として、大事にしまっておこう。他の誰かに聴かせてやるのは、勿体無い。
涼ちゃんが、俺の鼻唄を嬉しそうに目を細めて聴いていた。俺は、涼ちゃんの顔をじっと見つめる。
「…涼ちゃん、俺、生まれてきてよかったよ。涼ちゃんに逢えて、よかった。」
「…うん。僕を見つけてくれて、ありがとう。元貴。」
涼ちゃんが、身体を少し起こして、俺に優しくキスをした。
「元貴、29歳のお誕生日、おめでとう。 愛してるよ、これからもずっと。」
愛と モテ期 身を滅ぼす
完
コメント
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完結おめでとうございます!そして大森さん!お誕生日おめでとうございます!
完結おめでとうございます🎉 元貴さんお誕生日おめでとうございますですね✨ 昨日?今朝?の更新にコメント出来なかったのが悔やまれます😢 涼ちゃんの別れた健気な理由が七瀬さんの涼ちゃんぽいなと思いました☺️ 浴衣センシティブはセンシティブ管理総責任者(←合ってる?笑)としては満点を差し上げます笑 やっぱりラブラブがいいですね💕︎ありがとうございました✨
完走おめでとうございます!そして、元貴さん、おめでとうございます!! 愛が溢れてて良かった…センシティブがちゃんと愛に満ちてて、幸せな気持ちになりました🥰 すっかり結婚してるよね、夫婦じゃん!末永く幸せが続きますように…☺️ モテ期なるほど、そう来たか…と思いましたが涼ちゃんなら考え至りそうだと納得しました☺️この七瀬さんの最後の幸せ大団円がすごく好き💞です!