「まる……?」
音に誘われるように暗闇の中で歩みを進める。1歩、1歩慎重に。音が鮮明に聞こえてくる、そんな距離で変な香りが鼻につく。
「ん゛ッ…げほ、ッ…え、嘘、ど、どうしよう!」
キッチンに続くリビングの扉を開けると、あまりの煙たさに思わず咳き込む。状況を把握するよりも前に、コンロの傍で燃え盛る炎が目に入る。考えるよりも早く、スマホに手を伸ばす。まずは、通報。そう分かっているけれど目の前で燃え広がる炎に慌てて、手から床へとスマホが滑り落ちる。
「け、消さなきゃ、」
近くにあったタオルを掴み、力任せに水道を捻り、水分を含ませる。火の傍へと駆け寄ると、燃えているのはコンロではない事に気付けた。引火した何かに濡れたタオルを被せ、目に付いた容器に水を注いでタオルの上へとかける。
「よかったぁ……。」
灯りが消え、すっかり暗闇に包まれた空間でへたりと腰を落とす。自分の鼓動だけが聞こえる。意識を向ければ力の抜けた手が震えていた。余韻が抜けぬまま暫く浅い呼吸を続けていると微かに声が聞こえた。
「……ちゃん!…丈夫……!?」
力の入らない足でフラフラと音の発生源へと近付く。
「涼ちゃん返事してよ!!」
雑に床に投げ捨てられたスマホが目につく。どうやら声はそこから聞こえているようだった。
「どうしよう若井ぃい!!返事してくれないんだけど!!!」
「ちょ、今運転中だって!!腕掴むな事故るって!!!」
通話口から聞こえる聞き慣れた声たちにどっと力が抜ける。落としたあの時、指が触れてしまったのだろうか。
「もとき……」
自分でも驚くくらい掠れた声だった。細く、今にも消え入りそうな。
「涼ちゃん!?今どこ!?かけてきたのに何も言わないしなんか変な音してたし!!」
「音聞こえて、キッチン行ったら燃えてて…」
紡いでいた言葉がぐっ、と喉に突っかかる。その代わりに透明な液体が頬を伝い、床へと模様を作る。
「こわかった……」
絞り出した言葉はあまりにも情けなかった。かっこ悪いとか、そんなの気にしてる余裕なんて無くて、あの時本当に本能的な恐怖を感じた。その代償とでも言うように全身に力が入らない。きっと今、弱く震えてる。
「待ってて、すぐ行くから。」
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