テラーノベル
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第1話 投函
六月一日。
目覚ましが鳴る少し前に、太陽は目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。ぼんやりと天井を見つめたまま、しばらく動かなかった。
学校へ行かなければならない。
そう思うだけで体が重くなる。
別に勉強が嫌いなわけではない。友達が一人もいないわけでもない。
ただ、学校という場所にいると、いつもどこか息苦しかった。
「太陽ー」
階下から母の声が聞こえる。
「起きてる」
返事をしてベッドを降りた。
洗面所へ向かい、鏡の前に立つ。
左頬から耳の下まで続く火傷の跡が目に入った。
小さい頃の事故でできた傷だと聞いている。
詳しいことは知らない。
聞いても両親は話したがらなかった。
太陽は数秒だけその傷を見つめ、それから顔を洗った。
いつもの朝だった。
⸻
教室へ入ると、一瞬だけ話し声が小さくなった。
気のせいかもしれない。
そう思うことにして、太陽は自分の席へ向かう。
机の上に鞄を置き、椅子を引こうとして手が止まった。
天板に文字が書かれている。
油性ペンだった。
『気持ち悪い』
たった五文字。
太陽は少しだけそれを見つめた。
驚きはない。
こういうことは初めてではなかった。
筆箱から消しゴムを取り出し、黙って擦る。
完全には消えない。
それでも読めなくなるまで擦り続けた。
「朝から大変だな」
声を掛けられて顔を上げる。
大地だった。
同じクラスで、数少ない普通に話してくれる相手だ。
「別に」
太陽が答えると、大地は机を見た。
そして小さく眉をひそめる。
「先生に言うか?」
「いいよ」
「よくねえだろ」
「どうせ何も変わんないよ」
本当は分かっていた。
だが言ったところで何も変わらないことも知っていた。
大地は何か言いたそうだったが、結局黙った。
チャイムが鳴る。
一時間目が始まった。
⸻
昼休み。
太陽は弁当を持って中庭へ出ようとした。
教室にいると落ち着かない。
ドアへ向かって歩き出した時だった。
肩がぶつかる。
いや、ぶつけられた。
男子生徒がわざとらしく振り返った。
「悪い」
口ではそう言いながら笑っている。
太陽は首を振った。
すぐに通り過ぎようとした時
背後から笑い声が聞こえた。
「なあ」
呼び止められる。
太陽は振り返らない。
「その顔でよく普通に生きてられるよな」
「俺なら絶対無理ぃ〜」
周囲から小さな笑い声が漏れる。
太陽は何も言わなかった。
言い返したところで面白がられるだけだ。
そのまま中庭へ出た。
弁当は少し冷めていた。
⸻
放課後。
掃除当番を終えた頃には、校内に残っている生徒も少なくなっていた。
廊下を歩いて昇降口へ向かう。
その途中で呼び止められた。
「おい」
聞き覚えのある声だった。
振り返る。
昼休みに絡んできた男子生徒たちがいた。
三人。
嫌な予感がする。
太陽は無意識に足を止めた。
「ちょっと来いよ」
断れる雰囲気ではなかった。
校舎裏へ連れて行かれる。
誰もいない。
風だけが吹いていた。
「なあ」
一人が近付いてくる。
視線は太陽の顔に向いていた。
正確には、火傷跡に。
「その傷さ、感覚あるの?」
太陽は少し黙ったあと1度だけ首を縦に振った
「へえ」
男は笑った。
そして何の前触れもなく、火傷の跡を指で強く抓った。
鋭い痛みが走る。
思わず顔をしかめた。
周囲から笑い声が上がる。
「痛いんだ」
「触らないで」
太陽は静かに言った。
それが気に障ったのかもしれない。
次の瞬間、腹に拳が入った。
息が詰まる。
後ろによろけた。
「その顔で偉そうにすんなよ」
もう一発。
鈍い痛みが腹に広がる。
太陽は壁に手をついた。
声は出さない。
ただ呼吸を整えようとする。
「ゲホッゲホ…」
男子たちはそんな様子を見て笑った。
その時だった。
廊下の向こうから教師が歩いてくるのが見えた。
太陽は少しだけ顔を上げる。
教師もこちらを見た。
確かに目が合った。
助かる。
そう思った。
しかし教師は足を止めなかった。
「お前たち、早く帰れよ」
それだけ言って通り過ぎる。
何があったのかも聞かない。
誰が悪いのかも確かめない。
その背中が見えなくなると、男子たちは吹き出した。
「ほら」
一人が笑う。
「誰も助けてくれねぇなw」
太陽は何も言わなかった。
言葉が見つからなかった。
⸻
家に着いたのは夕方だった。
制服の埃を払いながらポストを開く。
その瞬間、太陽の手が止まった。
白い封筒が入っていた。
無地の封筒だった。
宛名もない。
切手もない。
毎月一日になると、決まってここに入っている。
太陽は封筒を取り出した。
中には現金が入っていた。
先月と同じ額。
その前とも同じ額。
誰が入れているのか分からない。
どうして続けているのかも分からない。
ただ一つ分かるのは、これが何年も続いているということだけだった。
太陽は封筒を見つめた。
学校では理由もなく傷つけられる。
家では事故のことを誰も教えてくれない。
そして知らない誰かが、毎月現金だけを置いていく。
どれも意味が分からなかった。
ただ、その中でも一番気味が悪いのは、この封筒かもしれない。
太陽は小さく息を吐くと、封筒を握ったまま家の扉を開けた。
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コメント
1件
読ませていただきました。太陽くんの痛みが静かに、丁寧に描かれていて、胸が締めつけられました。特に、教師が目を合わせたのに助けず通り過ぎる場面が忘れられないです……「誰も助けてくれねぇな」という言葉が重く響きました。最後の謎の封筒。毎月届く現金。誰が?なぜ?一番気味が悪い、という太陽の感覚に、ぞっとさせられました。続きが気になります。素敵な作品をありがとうございます🌷