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秋口ともなると夜は気温が下がり肌寒くなる。それでいて日中は汗ばむ日が続いたりして寒暖差が激しい。季節の変わり目は体調を崩しやすくなるし、着る服にも迷ってしまうよな。俺は昼間着ていた隊服のまま、この場所に訪れたことを後悔していた。
王宮とリオラド神殿を結ぶ橋の袂……かれこれ1時間以上、ここでレオン様の帰りを待っている。今宵は風が強い。橋の袂は遮るようなものが無いため、冷たい風が弱まることなく自分に直撃してしまう。ぶるりと寒さに震える体を両手で抱きしめた。上着でも持ってくれば良かったな。
ルーイ先生には来るなと忠告を受けたが、じっとしてなどいられなかった。神殿へは行けずとも、手前くらいまでなら良いだろうと……クレハ様の部屋を後にしたその足で真っ直ぐこちらに向かったのだ。
レオン様と分かれてから3時間は経過している。レオン様は日常的に神殿を訪問なさっているし、メーアレクト様にお会いするだけなのだから危険なことなど有りはしないはずだ……それに、先生もいらっしゃる。心配はいらないと何度も自分に言い聞かせているが、帰りが遅過ぎるのではないだろうか。神殿から俺を遠ざけた事、そして手紙に記されていた『ごたつきそう』という言葉がずっと胸の奥に引っかかっていた。
「23時まで待つか……」
時間になったら橋を渡ってみようと思う。この距離まで神殿に近付けているのだから、メーアレクト様に完全に拒絶されているわけではなさそうだ。内部には入れないかもしれないが行けるところまではいこう……そう考えていると、瞳がある物を捉えた。神殿からこちらへ向かって歩いて来る人影だ。遠くからでも分かる長身と赤茶色の髪。その人物が誰であるかなんて一目瞭然だった。
「ルーイ先生……」
先生の姿を認識すると、すぐに一緒にいるであろう主を探す。しかし、先生の隣や後方にもレオン様らしき影は見当たらなかった。焦りから心臓の鼓動が早まる。先生も俺の存在に気付いたようで、歩みを止めてこちらを見つめた。その時だ。先生の顔の横に見慣れた金色を発見してしまい、俺の体は反射的に動きだす。何かを考えるよりも先に、全速力で先生の元へ駆け寄った。
「レオン様!!!!」
我が主は先生の背中に背負われていた。意識がないのか、両腕はだらりと力無く垂れ下がっており、俺の声に何の反応も示してくれない。
「しーっ、そんな大きな声出すなって。寝てるだけだよ」
「寝てる……だけ?」
先生の肩口に顔を埋めているレオン様にそっと近寄る。スースーと規則的な寝息が聞こえてきた。若干顔色が悪い気がするが、体を見回すと衣服は綺麗なままだし、怪我のようなものも見つからない。安堵感から腰が抜け、俺は地面に座り込んでしまう。
「ちょっ、セディ!?」
「……良かった」
座ったままの俺を見下ろしながら、先生は指で頬を掻いた。そして、ばつが悪そうに呟く。
「俺がついてたってのに、ごめんな」
「レオン様に……何があったのですか」
先生の背中の上でぐったりとしているレオン様を見て、息が止まるかと思った。無事だと分かって心の底からほっとした。しかし、寝ているだけとはいってもレオン様が人前でこんな姿を晒すなんて異常事態である。
「コンティレクトに魔力を吸収されたんだよ」
「……なんですって?」
コンティレクト……聞き間違いでなければ、ローシュの神の名だ。どうしてその神が……
「コンティレクトだけじゃない。さっきまでリオラド神殿にはメーアレクト、シエルレクト、コンティレクト……お前たちが三神と呼ぶ3匹が勢揃いしてたんだよ」
先生の口から告げられた、とてつもない状況に目眩がした。メーアレクト様に比肩するであろう神達がここに? 確かに先生は神を巻き込むとは言っていたが、まさか神殿に……コスタビューテで一堂に会していたなんて。先生がいて下さったとはいえ、そんな場所にレオン様はおひとりで臨まれたのか。想像するだけで胃がキリキリと痛みだす。
「コンティはちゃんと叱っておいたから。でも、普段のレオンだったらこうはならなかっただろうね。今回は緊張もあってか、こいつ相当疲れてたみたいだ。そんな所にコンティが魔力を一気に持ってっちゃったから、体が限界を迎えてダウンしたんだね」
数日で目を覚ますだろうから安心しろと先生は仰る。話し合いの結果を含め、聞かねばならないことはたくさんあるが、レオン様を王宮へお連れして安静にして頂くのが先だな。
「先生、ありがとうございます。ここからは私が代わります」
「頼む。こいつ見かけより重いんだもん」
声を潜めず、至近距離でこんなに喋っているのに、レオン様には起きる気配が全く無い。先生の背中から自分の腕に抱え直しても同様で、主の眠りの深さが分かる。
先生はレオン様を俺へ託し、身軽になった肩を数回まわしながら『もうちょい体力付けるかぁ』とぼやいていた。
「色々と聞きたいことがあるだろうけど、まだ完全に決着したとは言えない状態でね。詳しくは明日話す。今日はもう遅いから、レオンを連れて帰ってセディも休みな」
「はい……」
「セディはしばらく王宮にいるだろ? 俺もその間はメーアのとこにいさせて貰うから、用があったらこっちに来てくれ」
「メーアレクト様と……ご一緒にですか!?」
「なんかマズい? あんまり王宮の中をうろつくと目立つし、神殿にいた方が良いと思ったんだけど」
「それは、そうなのですが……」
先生の仰る事は正しい。でも、神とは言えメーアレクト様は女性である。いいのか? 男女がひとつ屋根の下でふたりきりなんて。これは人間の……いや、俺個人の感覚だ。それを神々に押し付けるのもおかしいのかもしれないが……
「メーアの所が駄目ならさぁ……」
はっきりしない俺に先生は何を思ったのか、口元に笑みを浮かべながら顔を近付けてきた。俺の顎を指で軽くすくい上げ、目線を合わせる。
「セディの部屋でもいいんだよ……どっちがいい?」
「メーアレクト様の所でお世話になって下さい」
「あら、即答。つれないなぁ……」
「たちの悪いおふざけはやめて下さい。先生のそういう態度が皆に誤解を与えるんです。貴方は周りの反応を見て楽しんでいらっしゃるのでしょうけども……外野がいないこの場でやってどうするんですか」
「つまりギャラリーがいたらしても良いと?」
「何でそうなる。先生のせいで部下にからかわれて散々な目にあったんですからね。クレハ様にまで先生との関係を勘違いされるし……」
「ははっ! そうか、そうか。それは災難だったな。でも俺がお前のことを気に入っているというのは本当だよ。それに、感謝もしている」
『いつも、ありがとな』そう言って先生は俺の頭を撫でた。まるで小さな子供にでもするように。レオン様を抱きかかえているので、俺は両手が塞がっている……だから、その行為をされるがまま受け入れるしかなかった。
「じゃ、また明日ね。おやすみ、セディ」
「あっ……はい。おやすみなさい……」
先生はひらひらと手を振りながら、さっき歩いて来た道を再び歩きだした。今度は神殿の方へ向かって。本当にマイペースな方だな。しかし、おかげでこちらも取り乱すこともなく、普段通りに接することが出来ている。俺は腕の中で眠っている主をしっかりと抱え直すと、王宮に戻る為に先生とは反対方向へ進んで行った。