冷たい夜風もコボルトが近くにいれば寒くはない。暗くなったら小屋の裏手にある薪を何本か持ってきて焚火も始めた。
しばらくすると二匹とも顔を上げて鼻をひくつかせ、遠くから迫ってくる人間のにおいを嗅いで危険を察知する。彼らが身震いするのを見て、ヒルデガルドはぽんぽんと背中を叩きながら「大丈夫、私がいっしょだ」と諭す。
やってきたのは三人の男。いくらか高そうなプレートアーマーなどを身に着けていて、それなりに腕の立ちそうな冒険者だと分かる。
「ああん? おい、あれ見ろ」
先頭を歩いていた男が足を止めた。腰に差していた剣に手を掛け、目の前で焚火をしているコボルトたちとヒルデガルドを見て心底不満そうな目をする。
「おい何やってんだ、犬っころ共。狩りはどうした? しかもなんだ、女なんか捕まえていっしょに焚火たあ、いい御身分じゃねえか」
へらへら笑ってはいるが彼らも冒険者の端くれだ。視線は鋭く、コボルトと共に焚火をしている女への強い警戒心を抱いている。
怯えて一歩下がったコボルトを横目に見て、ヒルデガルドは少し冷たくなった手を再び焚火で温めながら、男たちを蔑む目で見た。
「君たちこそ、いい身分だな。この森は危険だから立ち入り禁止になっていたはずだが、こんな夜分に魔物の討伐でも依頼されてきたのか?」
周囲を霧が満たしていく。男たちはぎょっとした。目の前にいる女が魔導師であるのに気付いただけでなく、周囲が見えなくなるほどの霧を立ち込めさせたからだ。堂々と余裕を浮かべていた表情が緊張感に変わった。
「奴隷の売買は国から禁じられている。魔物であっても例外ではないのは知っているだろうに。そのうえ立ち入り禁止区域に許可なく足を踏み入れたとあっては言い逃れもできまい。怪我をしたくないなら今のうちに降伏したまえ」
勧告に耳を傾ける様子はない。彼らは互いを視認しにくい濃霧の中で背中を合わせ、どことも分からぬ響く声に対処しようと神経を研ぎ澄ます。
「ハ……あんたは何か勘違いしてるんじゃないのか」
一人が饒舌をふるってヒルデガルドの油断を誘おうとした。
「俺たちは冒険者だ。ギルドから依頼も受けている。コボルトは魔物で危険も察知できるから連れてきただけで奴隷ってわけじゃないさ。ほら、まずは落ち着いて俺たちと話をしよう。お互い、無意味に怪我をするのは不本意だろ?」
しかし、相手が悪い。ヒルデガルドはもともと他人の言葉を簡単に信用するほうではないし、ましてやコボルトたちが奴隷として買われた証拠に番号札を付けられているのを確認済みだ。言って聞かないのなら──。
「やれやれ、馬鹿共が。少し痛い目に遭ってもらおうか」
彼らが濃霧と思っているのは幻覚だ。ヒルデガルドやコボルトたちには彼らの落ち着かない様子がはっきりと目に映っている。彼女は自分で氷の剣を作ってコボルトたちに「きれいだろ?」と少しだけ自慢げにして男たちに歩み寄った。
そして足音もないまま、至近距離で一人の頬を斬りつける。
「二度は言わない。ずいぶんと自信があるのはとても良い事だとは思うが、状況をよく考えたまえ。怪我をするのは君たちだけだ」
幻覚から解放された彼らは、ヒルデガルドが氷の剣を一人の首にあてがい、引けばいつでも切り裂ける状態にしているのを見てぞくりとする。もしひとつでも機嫌を損ねれば死ぬ。その恐怖が背筋を凍りつかせた。
「さて、話し合いとやらがしたいのだったか。言ってみるといい、聞く程度ならしてあげよう。もしそれがくだらない言い訳だったなら……」
剣を優しく引かれ、ぴりっと痺れるような痛みが首に走った。うっすらと伝う血の感触に冷や汗が噴き出し、顔面を蒼白くさせる。
「わ、わ、悪かった……! ぶ、武器なら捨てる!」
ただ者で無いと分かり、彼らは全面的に降伏する。身に着けていた鎧を外して戦意が完全にないことを示す者もいた。そこでようやくヒルデガルドは数歩下がって──武器は手に持ったまま──コボルトたちを傍に立たせた。
「では私の質問に答えてもらおうか。君たちの所属は?」
「イ、イルフォードの『竜の巣』だ……」
答えてから、男がヒルデガルドを見てハッとする。
「あっ! もしかしてギルド長と話してた女か?」
「はあ、同じ所属とはな……。アディクも心労の絶えんヤツだ」
ギルドが大きいほど依頼の達成率から見れば信頼度も高いが、そのぶん冒険者として所属する人々の管理は末端まで行き届かず、丁寧に対処していても限界はあった。アディク・クラニアが多くの従業員を雇い入れたところで、こうして彼らの裏を掻くような人間が必ず現れてしまうのだ。
「そうだ、君たちのランクを教えてもらおう。確かランクに応じたバッジを持ち歩くものなんだろう、こういうの持ってないか?」
ヒルデガルドが銅のバッジを見せると彼らはまた驚かされる。
「ブロンズ!? その強さで……!」
「うん? まあそういうこともあるだろう」
ごそごそと一人の服をまさぐり、銀のバッジを見つけだす。
「なるほど、君たちはシルバーランクだから驚いたんだな。コボルトたちを使って狩りをさせながら、自分たちはのうのうとギルドに出入りして楽な依頼を受けていたわけだ。……こっちが情けなくなりそうだよ」
自分が救った世界で人間による悪行を目にするのは、心底気分が悪かった。だがこれで少なくとも救われる者たちがいるはずだと納得する。
「……あ、あれ? 待て、あんたどっかで見たことがあるぞ」
「ギルドですれ違ったとかじゃないのか」
「いや、誰かに似てる。そう、髪の色は違ったが大賢者と──」
男の顔を鷲掴みにしてヒルデガルドは殺意の籠った眼差しで射貫く。
「他人の空似だ。下らん憶測でうわさしたりするなよ、死ぬよりも恐ろしい目に遭いたくはないだろう? 首と胴体を繋げていたいなら二度と口にするな」
本人は今の平穏な時間を邪魔する者が現れでもしたら困ると思い、少し脅したつもりだが彼らにはなにより恐ろしい殺人者にでも見えたのだろう。男たちは真っ青になって何度も頷く。よほど大賢者のことが憎いのかもしれないと口を閉ざした。
「分かればいい。そろそろギルドから応援も到着する頃だろう。せいぜい冷たい牢屋の中で、二度と繰り返さないようにしっかり反省しておくといい」
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