――月が赤い。
不吉な色を帯びた月光の下、廃墟となった街に三つの影が対峙していた。
「……やっとここまで来たか、吉田。」 雨宮は微笑む。
その表情は柔らかいが、目は冷たい。
彼の周囲には無数の“人形”が立ち並んでいた。いや、それは人形というにはあまりに異質だった。
顔がない。手足がひび割れ、関節は不自然に曲がっている。それでも、ひとつひとつに生命を感じさせる動きがあった。
「悪趣味だな、雨宮。」
吉田は肩をすくめる。
「まだこんなことやってるのかよ。」
「悪趣味? これは芸術だよ。」
雨宮はくすりと笑う。
「“異能”を誇る人間を、僕は観察してきた。けれどね、人ほど不確かで脆いものはない。だったら――操ってしまえばいい。」
「あー、やっぱりお前、気持ち悪ぃわ。」 日哉が前に出る。肩にかけた大剣を軽く回しながら、睨みつける。
「さっさとぶっ潰すぞ、吉田。」 吉田は小さく笑った。「そうだな。」
「……行け、僕の人形たち。」 雨宮の指が動くと同時に、無数の人形が音もなく駆け出した。
「来るぞ!」 日哉が一閃。
大剣が唸りを上げ、前方の人形たちを薙ぎ払う。
しかし―― 「……ちっ。」 切り裂かれたはずの人形が、音もなく立ち上がる。
まるで糸で操られているかのように、関節がぎこちなく動き、再び襲いかかる。
「こいつら……倒しても倒してもキリがねぇのかよ!」
「その通りさ。」 雨宮は悠然と佇む。
「君たちは舞台の上の役者だ。だけど、この舞台では――僕が演出家だ。」 吉田は静かに構えを取る。
「……じゃあ、演出家を潰せば終わりだな。」
「簡単に言うね。でも――」 突然、吉田の背後に一体の人形が現れる。
「――甘いよ。」
その瞬間―― 吉田が囁く。 雨宮の目が見開かれる。吉田の傘が瞬時に広がり、人形のに絡みついた。
次の瞬間、人形の動きは完全に止まる。 「……へえ。」 雨宮は微笑む。
「なかなかやるね。」 「ここからだろ。」 吉田は目を細める。「日哉、行け!」
「おう!」 日哉が突っ込む。剣が雷を帯び、轟音とともに振り下ろされた。
だが―― 「――“傀儡転生”。」 雨宮が囁く。 「なっ……!?」 日哉の剣が止まる。いや、日哉自身の動きが止まっていた。
「やっぱり君は単純で助かるよ。」 雨宮は愉快そうに笑う。
赤い月が鈍く輝き、廃墟の影を奇妙に歪めていた。
「……“壱式”。」
雨宮の口から静かにその言葉が漏れると、場の空気が変わった。
人形たちの動きが一斉に止まり、次の瞬間には一体一体の形が変化し始める。
黒い糸が絡み合い、甲冑を纏った兵士のような姿へと変貌する。
「……なんだよ、こいつら……!」 日哉は歯を食いしばった。
「壱式――戦型傀儡。これまでとは違うよ。」 雨宮は冷たく微笑む。「この子たちはね、戦いのために特化した“芸術作品”さ。」
「ちっ……!」 吉田は影を操る構えを崩さない。
戦型傀儡の一体が音もなく間合いを詰め、刃を振り下ろす。吉田は瞬時に後ろへ跳ぶが、別の傀儡が背後に現れた。
「くそっ、速え!」
だが、その刃が届く瞬間――
「雷閃――“破城槌”!!」
日哉の大剣が轟音とともに振り下ろされ、雷の奔流が戦型傀儡を一刀両断する。黒い糸が焼け焦げ、崩れ落ちた。
「まだまだだぜ……!」 日哉が不敵に笑う。
「へえ……やるね。」 雨宮は余裕の微笑を崩さない。「じゃあ、これはどうかな?」
雨宮が指を一本動かす。
「“弐式”――殺戮人形。」
音もなく、崩れた瓦礫の間から新たな傀儡が現れる。今度は細身の女のような姿をしていた。
しかし、その顔には表情がなく、全身から禍々しい気配が滲み出ている。
「……あれはヤバいな。」 吉田が低く呟く。
「ああ、感じるぜ……こいつは――本物だ!」 日哉は興奮を隠せない。
殺戮人形が一瞬で姿を消した。
「消え――」 吉田の言葉が終わる前に、殺戮人形は日哉の目の前に現れた。
「……!」
日哉が剣を振るうより速く、殺戮人形の爪が日哉の胸を抉る。血飛沫が舞い、日哉は吹き飛ばされた。
「日哉!!」 吉田が叫ぶ。
「はは……最高だな……!」 日哉は血を拭いながら立ち上がる。「だが、まだ負けねえ……!」
「……“参式”を出さなくちゃいけないかな?」 雨宮が楽しそうに呟く。
その言葉に、吉田と日哉は身構えた。赤い月は、ますますその色を濃くしていった――。