コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
すいません。
前の続き投稿しようと思ったんですが、なんか筆が乗らないので、ちょっと変えたバージョンを乗せます。
※モブ女注意
舞台端に設置されたこぢんまりとした更衣室。
ドアの外から漏れる観客の声が室内の温度を上げる。
そんな中、自分のパフォーマンスを終えた天堂は余韻に浸るでもなく、着々とステージ衣装を脱衣していた。
丁度私服のベルトを着け終えた時、後ろから声がかかった。
「天彦」
「これは、お久しぶりです。着替え中に乱入なんて。やはりあなたはセクシーですね。」
「貴方本当に五月蠅いわね。」
化粧を厚く塗り、何とも言えない覇気を漂わせる女性。
何を隠そうここのショーのオーナーである。
口元に微笑みを載せ、アイラインで強調された釣り目を細める。
「ショーはどうだった?お客様には好評みたいだけど。天彦は楽しめた?」
「えぇ、おかげさまで。今日も最高にセクシーな時間を皆さんと共にできたこと。この天彦大変嬉しく思っています。」
「そう。私も天彦のパフォーマンスを見られて良かったわ。」
妖美な雰囲気とは反対に、子供らしく無邪気に笑う彼女に胸の奥がきゅっと締まる。
「天彦、?」
「ぁ、はい、?」
「大丈夫?すごく眉間にしわを寄せて黙っちゃうんだもの。」
「はは、いえ。ちょっと考え事を。」
「きっと疲れてるのよ…もう少しゆっくりしてから帰ったら?そうそう。今新人の子が来ていてね。粗削りだけどいい線いっているのよ。様子見ていかない?」
「実にセクシーなお誘いですが、今日は早く帰ると言ってしまいましたので。」
「…シェアハウスの方達に?」
「ええ。今日は焼肉らしいんです。」
皆と一緒に焼き肉なんていつぶりだろうか。
昨日テラさんに(無理やり)買い物に連れていかれた猿川君が福引で当てたらしい。
家柄のせいなのか焼肉=ただ肉や野菜を焼くだけの手抜き料理だと思っていた渕があった天堂だが。
焼肉と聞いた時の住人の異常な盛り上がりと、初めて住人と囲んで食べたあの味を覚えてしまうと、次からは焼肉に声援を送る一人になっていた。
見ていて気持ちよくなる程の米の減りの速さ、子供のように肉を奪い合う住人、必然的に上がっていくボルテージ。
その場を想像しただけで頬が上がってくる。
その様子をぽかんとした表情で見るオーナー。
しまった。いつの間にか自分だけの世界に入っていたらしい。
「すいません。貴女といるにも拘らず自分の話ばかりでしたね。天彦反省です。」
「ふふ、いいのよ。天彦が楽しそうだから。」
困ったように眉を寄せて笑うオーナーに申し訳なく思いながらも、頭には夕食のことばかり。
食にはそこまで拘りはないタイプのはずなのだが。
今、天堂は大分と浮かれているのだろう。
「でもそうね。少し寂しいかもね。」
「…え、?」
寂しい?何が。急に何を言い出すんだ。
予想していなかった会話の切り替えに間抜けな声が漏れる。
元々彼女を見ていた目をさらに見開けた。
「少しは近づけていると思っていたのだけど。意外とハッキリ言わないと貴方には伝わらないみたいね。」
「それは、どういう…」
意味ですか?そう問う前に自身のドレスシャツの襟を強くひかれた。
頬に暖かい感触がじわじわと伝わる。
「ふふ、同意なしで唇にするのは性に合わないから。今日はココで我慢するわ。」
けらけらと悪戯に笑うオーナー。
「そんなッ。なんてセクシーなんだ。これは何でしょうか。どんなプレイでしょう??」
いつもなら。いつもの天彦ならそう言っていただろう。
WSAとしてセクシーを追求し、興奮気味に問いただした結果、よくても相手に苦笑されるのが通常だ。
だが違った。天彦はその“いつも”ができなかった。
今何が起こったのか、そして何を思ったのか。嬉しさも悲しさも怒りすらも感じない。
いや、分からない。
天彦自身でも自分の心緒の分析ができなかった。
「…今度会う時までに返事を考えておいて。」
その言葉を最後に更衣室から出ていくオーナー。
その姿を天彦は黙って見ることしかできなかった。
結局天彦が劇場を出たのは三時間後だった。
「ただいま戻りました。」
暗闇に包まれる玄関にぼそっと帰宅を示す言葉を落とす。
返事は帰ってこない。
それもそうだ。今は深夜の一時半。
結局帰ると言っていた時間から五時間半も過ぎている。
ましてや住人の中には秩序の権威を持つ者もいる。
彼がいる以上、強制的に九時以降のリビングの使用は禁じられるのだ。
息を吸うと煙と油の残り香が鼻腔をくすぐった。
あぁ。あんなに楽しみにしていたのに。
約束を破った上に、寂しいなんて。
虫が良すぎるとは思わないのか。
だが本心には抗えず、感傷に浸ってしまう。
子供じみているだろうか。
「オーナーに行ったら笑われてしまうな。」
無意識に出した言葉が広いリビングに広がる。
ぶわっと頬が最熱した。
何をしているんだ。さっきから。
自分で思い出しておいて、何を照れている。
「…照れている?」
自分が思う全てがおかしくて、変で、居た堪れない。
支離滅裂な感情をどうにかしようと、その場にしゃがみ、息を落ち着かせる。
「僕は変人、なのだろうか。」
「なんだ今更。」
急な返答にバランスを崩し、前方へ雪崩のように転げる。
「おい、ダイジョーブかよ。」
「あ、ハイ。ダイジョーブです。」
正直顔は周りが暗すぎて見えないが。
口調、そしてこの声で誰かくらいは分かる。
我が同居人の〝暴れ番長〟だ。
瞬間、光がともり目の前が白くなった。
目が慣れてないからか。
眉間に皺をよせ、少しずつ慣らせていく。
「おい。」
やっと馴染んだころ、目の前に猿川君が。
少し拗ねた様子で見つめられる。
「こんばんは、猿川君。その顔もセクシーです。こんな遅い時間にどうされましたか?」
朝になるまで会えないと思っていた同居人を一目見ることができた天彦は、自然と顔を綻ばせる。
それに反して、慧の表情は変わらない。
「おい、コラ。天彦ォ…ッ」
どんどん慧の顔に怒りが帯びてくる。
「お前が遅かったせいで、今日の焼肉なしになったじゃねェか‼」
「え、?」
そんなはずない。だって煙がまだ残っているし。脂の匂いだって…
「ケッ。まぁ依央利は喜んでたけどな。」
「なくなってですか?」
「焼肉は負荷が小さいんだとよ。喜んで鉄板片付けて、料理してたわ。」
何処までも嬉しかったのだろう。出てきたコース料理なるものに何人かの同居人は生唾を飲んだらしい。
「まぁ、燻製ってのは上手かったな。」
「あぁ。道理で…」
よく考えてみたら、焼肉の煙がここまで癖のある匂いなわけがない。
真実が分かると、さっきまで落ち込んでいた自分が、些細なことですぐ拗ねる子供のように思えて、むず痒い気持ちになった。
僕はここまで幼稚だっただろうか
「ん。」
唐突に慧が右手を突き出す。
「詫び。」
「あぁ。では…こちらでどうにかなりますか?」
そう言って見せたのはビール缶。そこそこ良い所のものだ。同居人は一人を除き、ほぼ全員成人しているのだが、酒を嗜む人となると、限られてくる。
色々と悩んだ結果、己の欲には勝てず買ってきてしまった。
「(今日、いや昨日は自分を恥じる行動しかしていませんね…)」
心の中で反省をしつつ、慧の顔色をうかがう。
当の本人は力強い釣り目を大きく見開き、黙ったままだ。
まさか本当に用意してあるなんて思っていなかったのだろう。
「お、おぉ。まぁ、いいぞ。」
やっと落ち着いたのか、弾んだような口調で許しの言葉を放った。
「ありがとうございます。では明日…」
テラさんと三人で飲みましょう。
天彦の言葉が続く前に、慧は即座に動き出した。
食器棚からグラスを出し、冷蔵庫をあさる。
「あ、グラス出したら依央利にバレるか…まぁいいわ。」
開き直ったのか、目の前の酒しか見えていない慧はあっと言う間に、晩酌の準備を終えた。
「お前も飲むだろ。さっさと酒もってこい。」
「…はい。」
この状況で誰がNOと言えようか。
子供のように無邪気に笑う慧を見て、天彦は無意識に頬を染めた。
「燻製、!」
「晩飯の残り。」
「猿川君のお勧めですね。」
「おー」
生返事をしながら、天彦が買ってきたビールを注ぐ。
「燻製とアルコールは合いますからね。しかも依央利さんお手製ときました。」
「想像するより食べた方が早いぞ。…ン、お前の分。」
「これはどうも。」
「じゃ、
「乾杯」」
合図とともに、グラスを傾ける。深い麦の香りと心地よいアルコールがいつの間にか乾いていたのどを潤す。
やはりおいしい。自分のセンスの良さを少し自慢気に思いつつ、正面に座る慧を見る。
CMの俳優の様に喉音を鳴らし、声を漏らす。
お気に召したようだ。あの時、自分の欲に負けてよかった。
「(ここまでお酒好きだったとは…また買って来よう。)」
こっちが気持ちよくなるような飲みっぷりを横目に、燻製を口に入れた。
「(美味しい。)」
「で。何で遅くなったんだよ。」
「ンッ!…ゴホ、ゴホゴホ」
「あ?」
そんなに変な質問だったか?と小首を傾げる慧。
普段の天彦なら何てこともない。日常会話の一コマ。
だが、今だけは違う。
慧の素朴な疑問は、天彦の頭を再び悩ませるのには十分なものだった。
後編はまたいつか。
次はちゃんと出せるように頑張ります。