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次の講座に関しては、国際交流戦が終わってから――と、魔力循環の講座が終わった日に皆で決めて、さっさと告知まで出してしまった。
だから今の私の仕事はひとつ。拠点の安全を確保するために、ひたすらダンジョンを潰すこと。
やることは単純だ。
ゲートを見つける、入る、ボスを斬る、出る。
その繰り返しを、ハイペースでこなしていく。
順当に三日間かけて、周辺のダンジョンを淡々と制覇していった。
特に危険もなく、想定外もなく、私にとっては「作業」と呼んでも差し支えない難度。
……で、そういう「慣れ」が出てきたあたりで、それは起きた。
「ここを潰せば残り三つか……あと少しだ」
ひとつ深呼吸をして、目の前のゲートに手を伸ばす。
指先が光の膜に触れた、その瞬間――。
ゲートの色が、どす黒く変色した。
「――嘘でしょ!?」
白から黒へ、という単純な変化じゃない。
インクをぶちまけたみたいに、じわじわと黒が広がって、ゲート全体を塗り潰していく。
そして次の瞬間には、まるで風船みたいに、異様なサイズまで膨れ上がった。
引きつるように、思わず手を引っ込めようとする。
けれど、もう遅い。
視界がぐにゃりと歪んだ。
足元から上半身にかけて、重力がおかしくなったみたいに身体が前に引っ張られる。
掃除機が布を吸い込むみたいに、私の全身がゲートの中へと呑み込まれていく。
(まずい――)
状況を拠点に知らせるため、肺いっぱいに空気を吸い込む。
魔力を声帯に乗せて、喉が裂けそうなほどの大声で叫んだ。
「カレン!!!! 『ミミックゲート』!!!」
拠点からはおよそ三十キロ。
けれど、魔力に敏感なカレンなら、この声の振動を拾ってくれるはずだ。
そう信じたところで、私の身体は完全に闇へと飲み込まれた。
◆
ダンジョンの中へ投げ出された瞬間。
得体の知れない気持ち悪さが、内臓に手を突っ込まれたみたいに一気に襲ってきた。
「……うぇ」
思わず、その場に膝をついて吐いた。
何も食べていないわけじゃないのに、胃の中身より先に胃液が逆流してくる。
口の中に残る酸っぱさをごまかすように、心の中で盛大に舌打ちをする。
(――この気持ち悪さは……かなり、まずい)
ダンジョンでは、稀に「地球と時間の流れが違う場所」に繋がっていることがある。
地球より時間の流れが遅いダンジョンは、身体がふわっと浮くような、重力が軽くなったような感覚。
逆に、地球より時間の流れが速いダンジョンは――今のような、内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような不快感。
回帰前、四十五年間のうちに、一度だけ今回と同じ「時間が速い側」のダンジョンに入ったことがある。
その時の症状だって、決して軽くはなかった。
それでも、今と比べればまだマシだったと言い切れる程度には、今の気持ち悪さは桁違いだった。
あのときはダンジョン内で十日かけて攻略し、外に出たら一日しか経っていなかった。
それでこのレベルの違和感だった。
(今回は――下手すれば、百日で一日とか、その次元かもしれないね……)
それだけじゃない。
極めつけは、さっき叫んだ『ミミックゲート』という単語だ。
宝箱に擬態するモンスター――ミミックにちなんで名付けられた、それは。
ゲート自体の大きさや性質を偽装する、極めて悪質なタイプのゲートを指す。
回帰前、四十五年間の中で確認された事例は、たったの三件。
いずれも、中に入った人間は誰一人戻ってこなかった。
さらに厄介な特徴として。一度誰かが中に入ると、そのゲートは他の者を一切受け付けなくなる。
外側から触れれば、柔らかい膜に押し返されるだけで、中に入ることすら叶わない――そんな報告を、回帰前に何度か読んだことがある。
つまり、ここは。
ダンジョンの構造すら分からず、帰還者もいない、ほぼ未知の領域ということだ。
カレンには、魔界に居た五年の間に、回帰前の情報をかなり細かく話してある。
もちろん『ミミックゲート』についても説明した。
そのとき、カレンは「ん、聞いたことない」と首を傾げていた。
「ゲートは魔族が開いているって聞いてたけど……もしかすると、このゲートは違うのか……?」
『核心を突く貴女の発言に叡智の神が拍手をしています』
『全能の神が頷いています』
――ははっ。
状況だけ見れば、笑えないどころか頭を抱える案件だ。
けれど、いつもの調子でこちらを観察している神々のコメントを見て、ふ、と肩から力が抜けた。
「……あれこれうだうだ考えるのは、私らしくないよね」
ぱちん、と両頬を軽く叩いて、気持ちを切り替える。
まずは現状把握だ。
くるりとその場で一周して、周囲の景色を見渡す。
振り返れば、背後には天を突き刺すみたいな巨大な崖――いや、ほとんど壁と言っていい岩盤がそびえている。
表面はつるりとしていて、足場になりそうな突起もほとんどない。
……あれを登るのは、さすがに現状では無理だろう。
足元は、膝下あたりまで伸びた草が一面に生えている。
少し先――十メートルほど行ったところから、木々が密集し、深い森が口を開けていた。
(とりあえず、あの森に入るのが正解、かな)
そう結論づけつつ、念のため装備状況を確認するために腰へ手を伸ばす――が。
「――あれっ? もしかして、拠点に置いてきた……?」
そこにあるはずのアイテム袋が、影も形もなかった。
確かに、今朝――いや、こっちに来る前――持ってきた覚えがない。
完全に、私の慢心だ。
頭をぐしゃぐしゃと掻き回し、ひとつ深呼吸をしてから現実を飲み込む。
(ま、ないものは仕方ない。食料は現地調達で何とかするしかないか)
地面に突き刺しておいた剣を抜き、森の方へ歩き出す。
最初の木の幹の横を通り過ぎた、その瞬間だった。
目の前に、見慣れたようでいて、見慣れない――“赤い”ウィンドウが突如として浮かび上がった。
そこには、簡潔な文章が表示されていた。
『チュートリアル:始まりの森林へようこそ! 全プレイヤーの公平化のためレベルとステータス、スキルと装備は統一されます』
「――は?」
読み終わるのとほぼ同時に、違和感が全身を駆け巡る。
着ていた服が、一瞬ふわりと軽くなったかと思えば、そのまま霧のように消え失せた。
次に意識を戻したときには、粗い麻布で作られた、ボロボロの服を身にまとっていた。
手に握っていた剣も、見慣れたものではない。
無駄に重く、やたらゴツゴツした鉄製のロングソード。
身体そのものも、鉛を詰め込まれたみたいにずしりと重い。
試しに、そのロングソードで近くの木を斬りつけてみる。
いつも通りの感覚で斬撃を放ったというのに――木は断ち切れず、刀身が半分ほど食い込んだところで止まった。
「……嘘でしょ?」
背筋に冷たいものが走る。
嫌な予感を確かめるため、ずっと見ないようにしていたステータス画面を――念じて、呼び出した。
そこに表示された数値に、私は言葉を失った。
個体:橘アキラ Lv.1
種族:人族?
性別:女
【能力値】
攻撃力:40
素早さ:40
防御力:120
所有スキル
【全知】【器】
最後に確認したときの記憶と照らし合わせる。
二千を超えていた攻撃力も、千を超えていた素早さも、きれいさっぱり消し飛んでいる。
唯一、防御力だけが以前と変わらず高いままだ。
これは、『竜体』『竜骨』『竜の心臓』――竜関係のスキルが私の身体そのものと一体化しているからだろう。
しかし、そこにあるべきスキルが見当たらない。
(【剣術】が、ない……)
ウィンドウには「統一する」と書かれていた。
なるほど、戦闘系スキルは全プレイヤー共通の状態にリセットされたのだろう。
(でも――何で【全知】は残ってるんだ? それに【器】も)
疑問に思った瞬間、頭の中に、久しぶりの機械的な声が響いた。
『回答します。スキル名:全知は神の分身に等しいスキルのため、統一化の権限では無効化されませんでした。また、スキル名:器も同様です』
まるでナビゲーションシステムのような、冷静で感情のない声。
魔界に居たとき、「頼りすぎるのは良くない」と意図的に問いかけるのをやめていたから、聞くのは五年ぶりだ。
「またよろしく頼むね。早速だけど、ここはいったい何なの?」
『回答します。現在地は■■■界の■■■■■■■です。脱出方法は、地下三百二十階層にいるボスを撃破することです』
途中で、ノイズが入ったみたいに、肝心な固有名詞が聞き取れなかった。
(……あれ? 前にも一度、同じことがあったような)
回帰前、神々に質問を投げかけたとき――確か、似たような現象が起こった記憶がある。
ただ、あのときは「音声だけ」が遮断されていた。
今回は、もっと根本的な場所で干渉されているような感覚がある。
『当世界の■■■よりスキルへの妨害を確認。一時的に当スキルは機能を失います』
当世界――。
あの時は運営者からの干渉だったって事がわかっていた。
妨害してきた者の正体すら掴めていない今回は、もしかすると……運営者より上位の存在かもしれないのか?
「……」
問いかけても、もう返事は返ってこない。
本当に、『全知』が機能を停止したようだ。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「とりあえず、帰る方法は分かった。……また、一から始めるかぁ」
ちょっとばかり――いや、かなり「最初期」よりはステータスが高いけれど。
そう心の中で自分にツッコミを入れながら、私はロングソードを肩に担ぎ、森の奥へと足を踏み入れた。