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#婚約破棄
#ハッピーエンド
千椛
私が十歳の頃に巻き戻る前──第二王子アイヴァン殿下は、謀反人として拘束された。
とはいえ、彼が実際に罪を冒したかは、定かではない。
彼は第一王子とも後継者争いに敗北し、謀反人となったのだ。
彼が政争に敗れたのは──これまで中立を貫いていたウィズダム家が、叔父様の公爵就任を機に第一王子派へと傾いたからだ。
それによって貴族間のバランスが大きく崩れ、第二王子を支持する貴族達は、少しずつ彼から離れていった。
その象徴が、第一王子エルトン殿下の婚約者となった、この私。
彼がもし以前の記憶を覚えていたなら、私に恨み言の一つでも言いたくなるのだろうか。
記憶している私としては、僅かばかりの申し訳なさがあったりもするのだけれど……。
──いや、待って。
私だって、彼に巻き込まれる形で冤罪を着せられて処刑されたのだ。
おあいこどころか、むしろ私の方が立場は悪いのかもしれない。
こう考えると、彼とは奇妙な因縁があるものだ。
が、思えば第二王子殿下とまともに話したことは、今まで無かった。
一度目のループでは、彼がウィズダム家を訪れることは無かったし……私が王城に行ってからは、こちらは政敵である第一王子の婚約者だったものね。
パーティーに居合わせたり、王族が揃う場で顔を合わせることはあっても、ただそれだけ。
個人的な会話など、一度も交わしたことは無い。
……だと言うのに。
「どうした、令嬢はいただかないのか?」
「い、いただきます……」
どうして、私がアイヴァン殿下と向かい合って、のんびりお茶をしているのだろう。
細く揺れる湯気が、緊張でこわばった指先に触れては消えていく。
この距離の近さに、どうにも慣れそうにない。
ウィズダム公爵家の客間。
使者として当家に滞在する殿下のおもてなしをするのは、当然家人の務めなのだけれど……まさか、こんな風に私が相手をすることになるとは思わなかった。
そりゃ、お父様もお兄様も政務でお忙しい身。
私が一番暇人なのは分かってはいるけれど……この気まずさを、どう表現したものだろうか。
「……そんなに嫌そうな顔をするな。どうせ数日もすれば、ここを発つ」
「別に嫌な訳ではありません」
そう。
過去に色々な因縁はあったが、私個人としては、アイヴァン殿下に思うところはない。
彼よりも、私を裏切り冤罪で処刑したエルトン殿下とその恋人セシリア・エフィンジャー侯爵令嬢に対する恨みの方が、ずっと強い。
ただ、彼とどう接したら良いかが分からないのだ。
あれだけの因縁がありながら、今まで一度もまともに話したことのない人だから……。
「……殿下が、王妃陛下の遣いとして来られるとは、思ってもみませんでした」
「一応は、俺も王族の一員だからな」
私の言葉に、アイヴァン殿下は事も無げに答える。
王妃陛下の命令に従うつもりも無いくせに、どうしてこの地にやってきたのだろう。
やはり、彼の考えは、よく分からない。
あるいは、彼にとっては、戦場を渡り歩く間の休憩みたいなものだろうか。
きっと、使者としての任を終えて王都に戻ったら……またどこかの前線へと向かうことになるのだろう。
「戦場に立つのは、お辛くはありませんか?」
私の言葉に、殿下のティーカップを持つ手が止まる。
琥珀色の瞳は、揺らぐ水面に注がれたままだ。
「そのために、生かされた身だと──そう言われて育ったんだ」
「そんな……」
彼が戦場に立ち始めたのは、今よりもっと幼い頃だ。
そんな子供に、なんて非道な言葉を掛けるのだろう。
「勝って勢力を拡大出来れば良し、負けても全て俺のせいに出来る。俺が戦場で死んでも、万々歳というところだろう」
殿下は自嘲気味に笑うが、こちらは笑うどころではない。
「俺のことは、別にいい。ただ、一緒に戦わされる奴等のことが、不憫でな……」
たった十四歳の子供が、どうしてここまで達観出来るのだろう。
子供らしからぬ彼の視線に、胸が痛む。
私はどうして彼を政敵だと決め付け、嫌っていたのか。
何も見ようとしなかった。
哀れな私。
誰が正義で、誰が悪なのか……己が目で確かめることさえ怠っていた。
こんな馬鹿な女……騙されて、当然だったのかもしれない。
「ダメだな、つい口が軽くなりすぎてしまったようだ」
「……そうですね。私も、聞かなかったことにしておきます」
アイヴァン殿下の言葉に頷き、紅茶に口を付ける。
いつも通りに砂糖とミルクを入れたはずが、今日はやけに苦く感じられた。
「……知っているか。俺と君とは、実は親戚同士なんだ」
突然の、アイヴァン殿下の言葉。
そういえば、聞いたことがある。
アイヴァン殿下のお母上は、お母様の従姉妹なのだと。
「お母様から聞いたことがあります」
アイヴァン殿下のお母様は、聖女と呼ばれた御方だ。
国王陛下に望まれて、側室になった。
一方、聖力を持たぬお母様は、お父様と出会って恋に落ち、ウィズダム公爵夫人となった。
とはいえ、ここは政略結婚が蔓延る貴族社会。
結婚による各家の結びつきは、それほど珍しいことではない。
「君は……」
じっとこちらを見つめる殿下の瞳には、それ以上の意味が込められている気がして……どうも落ち着かずに、逸る鼓動を必死に押さえていた。
「……いや、何でもない。変なことを聞いてしまった」
「いえ……」
私が困惑しているのを察してか、殿下が視線を逸らす。
一体、彼は何を言いたかったのか……アイヴァン殿下の考えることは、よく分からない。
「君とは、出会い方が違っていれば……きっと、違った付き合い方が出来ただろうな」
目を逸らしたままの声。
その横顔が、どこか遠くを見ているようで──胸が少しだけ痛んだ。
出会い方が違っていれば……そう言われて、不意に一度目のループを思い出す。
あの時は、敵同士だった。
今も彼が王妃陛下の遣いと考えれば、味方とは言い難いが……少なくとも、私達を敵視している訳では無さそうだ。
そもそも、アイヴァン殿下が一度目のことを覚えている訳がない。
頭を振って、雑念を払う。
「殿下は、王妃陛下には何と報告なさるおつもりですか?」
「君の叔父が公爵一家暗殺を企てていたようだと、正直に言うさ。王妃陛下が望んだ結果では無いだろうがね」
肩を竦めるアイヴァン殿下。
やはり、彼は私達の敵ではないようだ──少なくとも、今は。
その言葉が嘘ではないことは、他ならぬ王妃陛下が一番良く知っている。
血塗れ王子の異名を持つ第二王子を派遣したのは、ウィズダム公爵家への脅しの為か。
きっと殿下にはろくでもない指示が出ていたに違いない。
それらを全て無視して、ウィズダム公爵邸でのんびりとした一時を過ごすアイヴァン殿下。
彼は一体何を考えているのだろう。
……今の私には、とても推し量ることは出来ない。
王都に戻ったアイヴァン殿下は、王妃陛下の不興を買ったかのように、すぐさま次の戦場に送られた。
彼は、我がウィズダム家を守ってくれたのだろうか……?
様々な歯車が、複雑に噛み合う。
その一つ一つが、一度目の人生とは違う軌跡を描き始めている気がした。
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