真夜中の時刻、ほんのりと冷たい空気の部屋で僕らは熱を放つ。
何度もぶつかり合い、愛を交し、熱で浮かされた思考を込めて彼の中へと一方的に注入する。
薬のおかげか、少し休んでからまた思いが湧き上がり、何度もお互いを確かめることができる。
互いの息を絡め合って、体に溜まった熱を共有する。
時に優しく、時に激しく、時に狂い乱れて、部屋の中に雲ができるぐらいにぶつかり合った。
「ふぁ…んっ、はぅ…んん……ッ!」
また、彼の中へと思いが吐き出される。敏感になった体を反らせて、限界に達した彼はそのまま眠りに落ちてしまった。
制御の効かない乱暴な情欲と満たされない満足感が相対し、そのモヤモヤとした気持ちを残したまま終わってしまった。
今日も眠れない夜を過ごす。不眠症を拗らせてからは短時間睡眠薬を服用して眠る。
シワだらけのベットで乱れた彼を綺麗にし、風邪をひかないように毛布をかけてあげる。
「・・・・・・」
布を身につけ、ベランダに出てタバコをふかす。
煙に含まれた成分を取り込み、興奮したままの脳を落ち着かせる。
雲ひとつない宙を見上げると三日月が1つ。今までにない輝きで夜の町中を照らしている。
ベランダへと逃げる部屋の冷気を感じながら、心に穴が空いているような感覚に嫌悪する。
瞼の裏に思い出したくもない記憶が深く焼き付いている。
誰かは人でなしと蔑んで嬲り、また誰かは死を持って役に立てと刃物を向け、そしてまた誰かは僕の人生をどうだのとうわ言を唱えた。
それ経て、危うく命を奪われかけたことが何度あったことか…。
もういい。過ぎたことをいちいち気にしていたら、僕はより狂ってしまうだろうから。
辛い出来事を死ぬまで覚えているやつなんてほぼほぼいないだろう。
逃げたっていいんだ。逃げる方向さえ間違えていなければ、だけど……。
「・・・今日も月は、汚ぇな」
捨て台詞のように吐き捨てて、部屋の中へ戻って行く。
月は表情色を一切変えず、暗い闇の町に光を照らしていた。
月が落ちて、日が昇った朝の町。
雀が夜明けを告げて空を元気に飛び回る。少し霧がかった空の下で、黒い道を重い足で歩きながら目指す。
「よっ洋也(ヒロヤ)!おはよ!」
肩をぽんと叩かれ、進路を阻まんと前に立ち止まる黒い影。
僕の友達と自称する男、政之(マサノブ)はいつも絡んでくる。
2年に上がった時にクラス替えで一緒になって、最初は何の関わりもなかったのに、急に向こうから急に寄ってきたような感じ。
休み時間、授業中、登下校など、どんな時であっても僕に喋りかけてくる厄介なやつだ。
正直友達になる気もないし、話したいとも思わないから1回も喋ったことはない。
「なあなあ、今日の放課後合コンあるんだけど、一緒に行かない?」
「・・・・・・」
「あっあとあと、今日から売店で夏限定のもの売り始めるらしいから一緒に買おうよ!」
「・・・・・・・・」
「俺から漏れ出る輝きが眩しくて視線も交わせないか…いやぁ〜、照れるねぇ!」
…と、自惚れた独り言を始める政之。
うざい。とにかくうざい。興味無い。
イライラが限度に達する前にと、僕はそんな政之を置いて学校へ速足で歩いた。
もうすぐ学校に着く。今日の帰りも気をつけないと…。
───PM12:00、お昼休憩。
今日もいつものように便所の中で弁当を食う。幸いにもきちんと清掃されているから、アンモニア臭が漂ってるということは無い。
だから弁当を美味しく食べられる。もし綺麗じゃなかったら外で食べるつもりだったけども。
綺麗に平らげてなくなった弁当に箸を置き、静かに手を合わせる。
ごちそうさま。その言葉と同時に、頭上からから短い滝が流れ落ちた。
「・・・・・・!!」
バシャッと水を被り、夏の熱気で乾いていたシャツと学生ズボンが水を吸ってしまった。
ドアの向こうでガシャンと鉄バケツが落ちる音とギャハハハと悪魔のように声を上げて逃げてく音が響いた。
ああ、いつもの事だ。今に始まったことじゃない。
こんな古典的なやり方をほぼ毎日受けているせいで、かわいいことするじゃんと思うぐらいに慣れてしまった。
前までは何回も場所を変えていたけど、移動するのがめんどくさくなってきたから、それからはいつもここで昼食を済ませている。
いつか細工を施して、まるでここに居るかのように思わせて騙してやる。
先生に怒られるのも覚悟の上だ。
何はともあれ、弁当が早く食べ終わっててよかった。危うく弁当までダメになってしまうところだったからな。
そろそろ授業だが、こんなびしょびしょな服ではまともに受けられないだろう。
ずぶ濡れのまま着いた場所は保健室。
こういう時はいつも保健室に行って、休ませてもらっている。
これで何回目かは忘れたけど、とりあえず休もう。授業?そんなもんクソくらえだ。
僕は保健室の引き戸をノックし、中に入る。
「はーい・・・ああ、洋也さんか」
「・・・ども」
と、慣れたように対応してくれる保健室の先生。
保健室の先生もとい、”新原涼輔(あらわら-リョウスケ)“先生は、学校内では美人で優しいプリティーアイドルと呼ばれている人間の先生で、よく告白されるんだとか。
「また”気分悪くて水を被った”のか?」
「まあ、そんな感じっす」
ここでは”そういうこと”にしている。
いじめられてるだなんて尚更言えないし、仮に言ったとしても他の教師みたいな人かもしれない。
もう分かってるだろうけど、僕は”いじめられている”。さっき水をかけられたのも、まあそういう事。
過去にいじめの被害を何度も訴えたが、いつも有耶無耶にされたり「いじめられる君にも非があるんじゃない?」と言われる始末。
たとえ優しい保健室の先生とは言えども、化けの皮を被っているかもしれない。
不信になってしまっていると言えばその通りだが、”綺麗な薔薇には棘がある”とも言うだろう。
簡単に心を許してはいけない。信じられると感じるその時まで警戒を解くわけにはいかない…。
「また廊下を濡らしちゃって…とりあえず、はいこれ」
と綺麗に畳まれたシャツとズボンと下着を差し出す。
前に来た時に濡れた服を乾かしてもらっているのだ。
水で濡れた程度だから乾かすだけでいいはずだけど、先生はいつも洗濯してから干す。微かにお日様の匂いが香るのそのせい。
実はこういうことのために先生にお願いして保健室に替えの服を置かせてもらっている。
他の教師にはバラさないという約束もね。
僕はカーテン付きベッドに入り、中濡れた服を脱いでタオルで全身を拭く。
乾かしてもらった服に着替えた後、用意されていたカゴに濡れた服を放り込む。
着替えたことを先生に伝えると、濡れた廊下を拭き終えた先生がカゴを持って洗濯機へ向かう。
「今日もベッドで休む感じかい?」
聞こえるようにと声を張り上げて問いかける先生。僕はベッドに横たわりながら、相手に聞こえることの無い声で「はい」と返答した。
洗濯機の音が室内に響く。僕は次の授業になるまでここでゴロゴロするつもりだ。
ここは誰にも害されない唯一の安地だ。僕にとっちゃ”安らぎの楽園”そのもの。
たまに誰かが怪我や体調不良で入ってくるぐらいの息苦しくないホーリースポット。
「・・・・・・」
天井を見ながら自分の人生を振り返ってみる。思い出したくないものばかりだけれど、たまにこういうことがしたくなる。
──幼い頃に両親が交通事故で死んだ。
親戚も祖父母も近親が誰もおらず、身寄りのない僕は孤児院に引き取られて育った。
昔から人見知りの中々友達が作れず、中学校に上がってもずっと独りだった。
そんな僕も高校に上がってからは初めての友達がてきた。いわゆる”オタク”というやつだけども、好きなものが偶然同じだったというただそれだけの仲。
あんまり会話には混ざらず、聞かれたら答えるだけで終わる程度の会話。
話そうにも「迷惑をかけてしまう」という変な枷が僕を引き止めてしまうからだ。
そんな関係を続けて今まで至るが、相手が僕を友達と思っているのかどうかなんてもうどうでよくなってきている。
そりゃそうだ、今やこんな有様だ。近寄ろうともしてこないだろう。
いや、それでいい。もう僕とは関わらない方が身のためだろう。
僕はいずれ死ぬんだから。病気なり自殺なり、この際どちらでも構わない。
その時が来たら僕は、次の世界に向けて飛び立つのだ。この世界に永遠のサヨナラを告げて。
「────!」
保健室のスピーカーから鳴り響くチャイムの音。どうやら眠ってしまっていたようだ。
僕が起きたと同時にカーテンから先生がこちらを覗きに来た。
「おっ、やっと起きたね。もう午後の授業終わっちゃったよ?」
「・・・そっすか」
一講分休むつもりが、ちょうど授業終わりまで寝てしまった。
まあしょうがない。今日はお客が来る予定だし、足速に帰るとしよう。
「ありがとうございました」
ドアの前で先生に一礼して後にする。
廊下を歩きながら眠る前に考えてたことを思い出す。
自分の人生に価値はあるのだろうか───。
僕はなぜこうやって生きているのか───。
なぜ世の中に馴染められないのか───。
そして、なぜ僕は生きることを諦めないのだろうか───。
そう考え事に耽っていると、目の前にいた気づかずぶつかり尻もちをついた。
「あっ・・・・・・」
「・・・・・・」
顔を上げると、強面のガタイのしっかりしたな学生が僕を見下ろしていた。
見上げてわかるほどのデカい図体をしている。
ああ、やってしまった。僕はここで死ぬんだろう。
とそう思っていたが、不意に体が浮いたと思ったらいつの間にか立っていた。
目の前の漢が僕の瞳を覗くようにこちらを伺う。
うまく状況を呑み込められなかった僕は、すみませんと礼をし、足速に教室へと向かった。
「・・・・・・」
漢はそんな足速に去っていく男の子の背中を、姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。
教室に荷物を取りに行って、いじめっ子たちにバレないように学校を抜け出した僕は、夕日に染った帰り道を歩いていた。
オレンジ色の空に響くカラスの声が、僕を嘲笑っているかのように聞こえてくる。
これは勝手な被害妄想にすぎないが、今日は一段と酷いみたいだ。
僕は夕日が嫌いだ。
見てると心がキュッと締めつけられてだんだん息苦しくなってくる。
地面の上に立っている自分に異常な嫌悪感を抱いてしまう。
目の前が歪んで、幻聴が聞こえてくる……。
そんなどこからともなくやってきたドス黒い感情が思考を支配しようとしてくる感覚を覚える。
僕は家まで走り出した。
まるで追ってくる化け物から逃げるように、脂肪だらけの体を無理やり動かして走った。
汗をダラダラと流し、体中の筋肉が悲鳴をあげても僕はただひたすら走り続けた。
気づいた時には、ソファで座り込んでいた。呼吸が荒く、目の前が霞んで見える。
危険だと感じた僕は、重い体に鞭を打つように無理やり立たせて、蛇口から流れる水にかぶりつくように飲む。
ゴクゴクと喉を鳴らし、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
だんだん鼓動が緩やかになり、視界も良好になってきたところで再びソファへと座り込む。
「はぁ・・・・・・」
ズキズキと痛む頭を抱えて、目に滲んだ水を床に垂らす。
何故かわからないが、今日みたいに夕日に限って、脳が異常な幻覚を起こす。
いったいいつから起きたのか、それすら忘れてしまってしまい余計に分からない。
こんな症状、消えて無くなってしまえばいいのに……。
そう思っていると、スマホをから通知音が鳴る。
通知を見ると、招待したお客さんからだった。
『もうすぐ着きます』
と、その一言だけ。
「・・・部屋、綺麗にしないと」
>>>>>>>>>>後話へ続く
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