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課題曲を間違えながらも実技試験に合格した私は、クラッセル子爵と別れる。
「ロ……、マリアンヌ、近況をたまにでもいいから手紙で書いてほしい」
「はい、お義父さま。来年お会いしましょう」
「ああ。元気で」
次にクラッセル子爵に会うのは、最後の試験、進級試験の合否が出た後になる。
今までは、家族に内緒でトルメン大学校にいたから、私の秘密をクラッセル子爵が知っているのは心強い。けれど、今回の試験のような助けを期待していてはいけない。あれは偶然が重なって起こったものだと心に留めておこう。
「やあ、マリアンヌ!」
「チャールズさま」
クラッセル子爵と別れた後、マジル国の第二王子チャールズが私に声をかけてきた。
チャールズは笑みを浮かべており、その美貌で近くにいる女生徒が彼を見て惚れ惚れとしている。
「試験お疲れ様! 結果はーー、おお、合格だね! おめでとう!!」
「ありがとうございます」
「この後予定はあるかい? なければ合格祝いをしよう!」
「では、お言葉に甘えて」
チャールズは試験の合否発表の紙から私の名前を見つけて、喜んでくれた。
誰かに『おめでとう』と言ってもらえるのは嬉しい。私もつられて微笑む。
私はチャールズからの誘いを受けた。
「チャールズさま!」
「ああ、お前か」
私とチャールズの間に、またリリアンが割り込んできた。
きっと、リリアンはチャールズの行動を何かしらの手段で把握しているのだろう。でなければ、タイミングよく現れるわけがない。
リリアンをよく思っていないチャールズは、彼女が現れると声のトーンが下がり、露骨に嫌な顔をする。
リリアンとチャールズは婚約者同士ではあるが、片や婚約者なのだから他の女生徒と仲良くするな、片や親が決めた制度だから何をしても関係ないだろという認識の違いがある。
そこに、池に落ちて溺れたチャールズを助けたマリアンヌ、現在の私が板挟みになっている状態だ。
「わたくしも試験に合格いたしました!」
「そうみたいだな」
「そい―ー、マリアンヌさんよりも上位ですわ。二位ですのよ!!」
「ああ」
「どうしてわたくしには祝いの言葉は無いのです? 私たちは婚約者でしょう!?」
始まった。
婚約者なのだからという発言から始まる、リリアンとチャールズの喧嘩が。
ただ、私の事を『そいつ』と言わなかったところは成長した。
(チャールズさまの機嫌が悪くなってる。どう切り返すんだろう)
私は黙って、二人のやり取りを見守ることにした。
「タッカード家の令嬢だから、こんな試験受かって当然だろ」
「えっ……」
「幼いころから音楽の英才教育を受けてきたんだ。受かって当然の試験になぜ俺が”おめでとう”なんて言わないといけないんだ?」
「それなら、マリアンヌも私と同じ年ごろからピアノに触れていますわ! その理論でしたら、マリアンヌも合格して当然ではなくって?」
チャールズの罵倒に負けじとリリアンも言い返してきた。
前回は一度の罵倒でボロ泣きだったのに、言い返すまでに成長するとは。
嫌いな相手だけど、そこだけは感心してしまう。
リリアンは言い返せたと胸を張って、どや顔をしている。チャールズを言い負かしたと言わんばかりの表情だ。
対してチャールズはリリアンを見下している。
「お前はヴァイオリンだろ?」
「それがーー」
「メヘロディではピアノ奏者のほうが希少だと言われている。それなのに、お前はなぜヴァイオリンで二位を取って満足しているんだ?」
「……」
「それに一位のグレンっていうピアノ奏者は、メヘロディ王国民ではない留学生だと聞く」
「あいつは関係ないでしょう!!」
「俺の婚約者が二位で満足する女だとはな。恥ずかしいことだ」
「……っ!!」
ああ、リリアンの頬から涙が流れている。
リリアンは涙をハンカチで拭きとり、私たちに背を向けた。
「そこまで、わたくしにお祝いの言葉を言いたくないのですね」
「当たり前のことに浮かれるんじゃない」
「ううっ……」
リリアンは、泣き顔を隠しながらこの場から去っていった。
私はその後姿を見守る。
「さあ、マリアンヌ。行こうか」
「はい……」
二度目となると、嫌いな相手だとしてもリリアンのことを可哀そうだと思ってしまう。
三度目が起こりませんように。
私はそう願いながら、チャールズの手を取った。