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※花野井彩花視点
看板が倒れて先輩が怪我してしまった時、自分の責任だと思った。
だから私は、わざとだと千葉さんたちに言われたとき強く否定できなかった。
わざとじゃないけど、私の責任では間違いなくあるから。
……でも。
私はわざと怪我させたなんて、そんなことしてない。
なのに周りから向けられる、蔑むような視線。
怖かった。
このまま私は犯人扱いされて、この視線に常にさらされて毎日を過ごさなきゃいけないのかと絶望した。
……けど宮子ちゃんが、弥生ちゃんが否定してくれた。
ホッとした。私は一人じゃないんだって。
それでも千葉さんたちは食い下がって、すごく不安になった。
私はそんなことしてないのに、どうして……!
そんなとき、一ノ瀬さんが千葉さんたちに言い返してくれた。
さらに九条くんが、私をフォローしてくれた。
しかも代走まで引き受けてくれて……。
「任せろ」
彼は私を安心させるように、そう言ってくれた。
胸がときめいた。心が揺れた。
そして九条くんは、私の心配なんていらないくらいに強くて、あの須藤くんに勝った。
大幅リードをされながらも、大逆転してみせた。
あのとき、九条くんがゴールテープを切ったとき。
まるでスローモーションみたいに、時間がゆっくりと流れた。
私は九条くんから目が離せなかった。
……あぁ、この人はなんてカッコいい人なんだろう。
きっと不安でいっぱいな顔をしてしまっていただろう私を安心させて、さらには勝ってしまうなんて。
カッコよすぎる。そりゃ、一ノ瀬さんも好きになるよね。
「すごいよ九条くん!!!」
私は思わず興奮して、九条くんの下に駆け寄っていた。
「私、私……!」
どんな言葉を尽くせばいいかわからない。
けど、この言葉にならない感情をどうにか伝えたかった。
そんなもどかしい私を見て、九条くんは笑って言った。
「あはは、よかった」
「ッ!!!!!!!!!!」
どくん。
胸を強く打たれる。
体の内側がカッと熱くなり、すぐに全身が燃えるように熱くなる。
これに似た感覚を、昨日も感じた。
九条くんのことを考えるだけで体が熱くなる。
不思議と感覚が研ぎ澄まされる。
そして九条くんのことばかり考えてしまうようになる。
それから九条くんは、千葉さんたちの下に行って事実を明らかにし始めた。
びっくりした。
走る前から準備していたなんて。
それに須藤くんに大逆転して優勝しちゃうし、ほんとに……。
また鼓動が速くなる。
この感じ、やっぱり。
「さっきまで花野井は、この視線を浴びてたんだぞ」
九条くんが前に出る。
その後ろ姿は強さを物語っていて、九条くんが大きく見えた。
「いくら花野井に嫉妬してるからって、花野井に罪を擦り付けるのは間違ってる」
……あぁ、そうなんだ。
この熱さが、胸の鼓動が訴えかけている。
私に“想い”を気づかせようとしてくる。
九条くんを見上げる。
九条くんは揺るがない瞳で千葉さんたちを見て、そして言った。
「花野井はそんなひどいことはしない。絶対にな」
――どくん。
また心臓が強く脈打つ。
もうわかってしまった。
こんなのわかるに決まってる。
あぁ、そうか。私――
九条くんのこと、好きなんだ。
「……はぁ」
思わずため息をついてしまう。
その息すらも、“恋”のせいで温かい。
静かな廊下でさえも、私は落ち着いて見られなかった。
世界が一変してしまったようにすら感じる。
「もう好きじゃないんだ」
あれだけ好きだと思っていた須藤くんのことは、もう全然好きじゃない。
ひどいけど、むしろどうして好きだったのかと思ってしまうくらい、今は九条くんに心を奪われていた。
「九条、良介くん」
名前を口にしてみる。
そしてまた、内側に灯る熱を確認する。
間違いない。私は九条くんのことが好きなんだ。
九条くんのことなんてまだまだ全然知らないのに好きなんだ。
知りたいと強く思うほど、惹かれているんだ。
「もうっ……」
顔が熱い。
こんなの誰かに見せられない。
私は顔を手で押さえながら、教室に入った。
「……え」
「お疲れ様、彩花」
教室にいたのは、須藤くんだった。
私の机に寄りかかり、私の方を見ていた。
「どうしてここに? 片づけとかなかったよね?」
「待ってたんだ。――彩花を」
須藤くんが私をまっすぐ見つめる。
前まで好きだったその瞳が、今の私にはなんだか“怖かった”。
「そ、そっか! ごめんね遅くなっちゃって! 一緒に帰るとかそういうのだよね! いやぁ~やっぱり須藤くんは優しいね! 今日の私も色々あったし、気を遣って……」
「違うよ」
須藤くんが真面目な表情で遮る。
「彩花に言いたいことがあって待ってたんだ」
「言いたいことって?」
須藤くんが黙り込む。
どうしてだろう。やっぱり怖い。
それでも視線をそらせば危ない気がして、私は須藤くんの言葉をそらさず待った。
「あのさ、彩花」
須藤くんが私の方に一歩踏み出す。
そして顔に影を落としながら言った。
「今度の休日、俺とデートしない?」