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※花野井彩花視点。
「今度の休日、俺とデートしない?」
須藤くんがまっすぐ私を見つめる。
一瞬頭が真っ白になった。
「で、デート?」
「うん、デート」
「あ、それって宮子ちゃんとか弥生ちゃんとか含めてってことだよね! こないだも勉強会しようって言ってたし……」
「違うよ。二人っきりでって意味さ」
須藤くんが少し強めに言う。
どういうこと?
私とデートってそんな……。
違和感しかない。
そして今の須藤くんの雰囲気が、全然いつもと違う。
「困惑するよね、そりゃ」
「えっと……」
「正直、リレーで九条に負けちゃって恥ずかしいし、あれだけ大口叩いといて……って自分でも思うんだけど」
「あはは……」
「だから気分転換に出かけたいなってさ。それに……俺、もっと彩花と話してみたいんだ」
須藤くんが微笑む。
いつもの爽やかな微笑みが、私にはどこか黒ずんで見えた。
「彩花のこと、もっと知りたい。学校だけじゃ知れないことも、色々」
須藤くんが一歩私の方に踏み出す。
背筋がぞくっと震える。
なに、これ。
「もちろん彩花がいいならっていう話なんだけど」
またさらに一歩近づいてくる。
そして手を伸ばせば届く距離にまで来ると、私の方に手を差し出して言った。
「俺と、デートしてくれない?」
須藤くんが笑みを浮かべながら私を見つめる。
どう答えるべきか、少し迷った。
それでも私の気持ちは決まっていて。
考えた結果、私はストレートに答えた。
「……ご、ごめん。デートとかそういうのは……」
苦笑いを浮かべながら、必死に空気が悪くならないように取り繕う。
そしてちらりと須藤くんを見ると、信じられないと言った表情で固まっていた。
「……嘘、だろ。俺、断られた?」
「須藤、くん?」
様子がおかしい。
いつもの爽やかさやにじみ出た自信、優しさはどこにもない。
顔に影が落ち、口角は下がりきっている。
私が知ってる須藤くんじゃない。
怖い。こんな人、私は知らない。
私が好きだった須藤くんじゃない。
「冗談だよね? 俺とデート行くよね?」
「えっと……ごめん」
「え、え? どういうこと? 俺とデートに行きたくないってこと?」
「行きたくないっていうか……」
何かこの空気を変えないと。
必死に和むような話題を探す。
「そ、そう! 宮子ちゃんと弥生ちゃんもいるでしょ? だから二人っきりっていうのはなんか……」
「別にいいでしょ。だって出かけるだけだよ? それだけじゃん」
「そうだけど……」
やっぱり様子がおかしい。
誰? 私の目の前にいる人は一体誰なの?
「彩花、俺はお前とデートに行きたいんだよ。な? 彩花も行きたいだろ?」
口調が違う。
それにこんな怖い顔してなかった。
ぎこちない。
爽やかな表情が歪み、おぞましい何かが顔をのぞかせている。
怖い、怖い……。
「ご、ごめん」
「……おいおいおいおい。何言ってんだよ。俺がデート行きたいって言ってんだぞ? なら普通来るだろ。だって俺だぞ? なァ?」
「す、須藤くん?」
須藤がさらに一歩踏み出し、私の肩を右手で摑んだ。
「きゃっ!!!」
咄嗟に須藤くんの手を払う。
すると須藤くんはぎこちなさを完全に消し、見たこともないような恐ろしい顔になった。
「……ふざけんなよ。彩花も九条のことが好きなのか?」
「な、何言ってるの?」
「…………そうかよ。ったく、“女”って生き物はつくづくアホだなァ」
「っ!!!」
目の前にいる人は須藤くんじゃない。
私の知ってる須藤北斗くんじゃない。
……いや、もしかしてこれが須藤くんなの?
私が知らなかっただけで、これが須藤くんの“裏”の顔なの?
「お前みたいな奴はさァ、男に股開いとけばいいんだよ。な? だから大人しく俺の言うこと聞けよ」
「わた、しは……」
「俺のこと好きだよな? ならいいじゃねぇか。デートしようぜ。なァ?」
「ッ!!!!!」
本能が身の危険を訴えている。
これはマズい。逃げないと……!
それか誰かを呼ばないと……!!!
「彩花、これまで特別扱いしてやれなくてごめんな? でもこれからはたっぷり可愛がってやるよ。――たくさんいる特別の中で、だけどなァ?」
須藤くんが再び私の肩を掴む。
強い。痛い、痛い……。
誰か、助けて……!
九条くんッ……!!!!!
♦ ♦ ♦
※須藤北斗視点
頭がカチンときていた。
ありえねぇ……ありえねぇ!
俺様のデートの誘いを断るなんて!!!
当然これまで、女を誘って断られたことなんてほとんどない。
女は俺に服従する。
すべては俺の思いのまま。
なのに……こいつッ!!!!
また九条だ!
きっと彩花の奴、九条に落ちやがった!!!
最悪の事態だ。
これを食い止めるために、こっちはデートに誘ったって言うのに……!
こんな屈辱的なことはない。
ただでさえこっちは全校生徒の前で負かされて、恥をかいたって言うのにィ!!!
雫に続いて、彩花まで取られるわけにはいかない。
絶対にだ。
許すわけにはいかない。俺を“拒絶する”なんてことはッ……!!!!
「彩花、これまで特別扱いしてやれなくてごめんな? でもこれからはたっぷり可愛がってやるよ。――たくさんいる特別の中で、だけどなァ?」
彩花にわからせてやる。
俺という人間のすごさを。
あんなつまらない、ゴミみたいな人間より“俺”の方が好きになる価値があるってことをよォ……!!!