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昼食の準備をあらかた終えると、俺は軽く店内の掃除をしていた。クレハ様がお気に入りの窓際奥の席……この場所は特に念入りに掃除をしてしまう。こういった所に差を付けるべきではないのだけど、多少の贔屓は許して欲しい。そんな事を考えながらテーブルと椅子を磨いていると、背後から僅かに人の気配を感じた。作業をする手を止めて静かに振り返る。
「お待ちしておりました、レオン様」
バックヤードへ繋がる扉の無いアーチ状の入り口……そこにもたれかかるようにして金髪の少年が立っていた。我が主、レオン様だ。
「やあ、セドリック。手紙に書いた俺のお願いは叶えて貰えたのかな?」
レオン様は預けていた体を起こすと、こちらに向かって歩き出す。装飾を抑えたお召物に腰に携えた剣。レオン様が外出する時の基本スタイルだ。供を同行させず、好き勝手に出歩く方なので、その奔放さに周囲は振り回され気味である。
「もちろんです。ルーイ先生はお部屋でお待ちですよ。すぐにお呼び致しましょう」
「先生との生活はどうだ。上手くやれているか?」
「現状、問題無しと言った所でしょうか。先生は我々に対しても気さくに接して下さいますので、必要以上に気負わなくて良いのは非常に助かっております」
今日レオン様がいらしたのは俺達の様子を見にくる為だったのだろうか。一応書面で報告はしていたのだが……今更ではあるけど、俺に丸投げしたことを少しは悪いと思っていらっしゃったのかな。
「あの、レオン様。本日は先生と一緒にお食事をされるそうですが……こちらに何か気がかりなことでも?」
「いや、お前と先生に関しては特に心配していない。報告もきちんと受けていたしな。今日訪れたのは別件だ」
ですよねー……いや、分かってましたけどね。でも、本音としてはもうちょっと気にかけて欲しいんですよ。レオン様のせいで俺は神さまと同居してるんですからね……
「……不満気な顔だな、セドリック」
「いーえ。それで、そのご用件とは? もしかしてクレハ様に何か……」
「違うよ、クレハは元気だ。フィオナ嬢の事も伝えた」
「……とうとう、お話しされたのですね」
「包み隠さずという訳にはいかなかったけどな。聞いた直後は多少取り乱したが、今は落ち着いている。自分なりに姉の状態を分析して納得したようだけど……解決には時間がかかりそうだ」
明後日、クレハ様はご実家へ一時帰宅される。そうなると、もう隠しておくことはできない。フィオナ様がお屋敷に不在の理由くらいは説明しておかないと……レオン様もさぞ苦心なさったことだろう。
「その話はまた後日……ミシェルの報告を受けてからにしよう。そろそろ腹も減ったしな。先生をお呼びして、昼食にしようか」
「はい。では、配膳に取り掛からせて頂きます」
「場所はここでいい。このテーブルに用意してくれ」
「かしこまりました」
場所は応接室を希望されると思っていた。しかし、予想に反してレオン様は店内で食事をすると言う。窓のカーテンは閉められていて、外からは見えないので問題は無いが……
指定された席は『クレハ様のお気に入り』……こんな細かい所でまでクレハ様の存在を感じていたいのだろうか……この方は。
「話し声がすると思ったらレオン来てるじゃん」
レオン様と同じく、バックヤードへ通じる入り口からひょっこりと顔を出したのはルーイ先生。呼びに行く手間が省けたな。
「ご機嫌よう、ルーイ先生。申し訳ありません、突然に……先生っ! その髪……」
先生と顔を合わせたレオン様は、即座に彼の短くなった髪の毛に気が付いた。それなりに驚いたようで、声が幾分か上擦っている。先生は待っていましたとばかりに、散髪の理由を語る。
「似合うでしょ。俺、仕事しようと思ってさ。思い切って短くしたんだ」
「仕事?」
レオン様は先生から俺の方へ視線を移す。その顔には『聞いてないぞ、説明しろ』と書いてある。そんな顔されても……俺だって昨日、いきなり宣言されたんですけどね……
「働くなんておっしゃるから何事かと……うちの店を手伝うという意味だったのですね。分かりました、先生のお好きなようになさって下さい」
「レオン様!?」
「やったー! レオンは話分かるねぇ」
レオン様に促され、おふたりはテーブルに向かい合わせで着席した。その後、詳しく事情を聞いた主の言葉に驚愕する。絶対反対なさると思っていたのに……レオン様は先生が働くことに肯定的なようだ。いいのか、神さまだぞ。
「実は、主だって店を手伝ってくれていた部下を王宮へ……クレハの護衛に配属してしまったんです。その関係で、今までのように気軽にこちらへ来れなくなってしまいました」
「つまり、店は人手不足?」
「ええ。求人をかけても良いのですが、うちの店は少々特殊なので……。内部事情を把握していらっしゃる先生が手伝って下さるのなら、下手に一般人を雇うより安心です。何より、先生はセドリックとも気が合うようですしね」
「セディ、聞いた? お前のご主人様がOKなら問題無いね」
「レオン様、本当によろしいのですか……先生は神なんですよ」
「よろしいも何もその神ご本人がやると言ってるんだぞ。それに、先生は神様休業中だからな。退屈していらっしゃるんだろう」
先生はレオン様の言葉に頷いている。またしても俺に全部押し付ける気ですね。とは言え、店が人員不足なのは事実……そして先生は他の従業員や馴染み客とも交流を深めつつあるし、対人スキルが高い。接客に向いているのではないか? いや、しかしなぁ……
「ですが、先生……恐れながらこれだけは事前に言わせて頂きます。うちの店を本業の片手間にやっている適当なものだと思わないで下さい。決して手を抜かず、店の一員として真摯に仕事に取り組んで頂きたい」
「当然。見ただろ、この髪。気合いとやる気は十分だよ」
短くなった髪の毛を指で摘んで引っ張りながら、先生は不敵に笑う。
「それでしたら、これ以上ローレンス……オーナーとして言うことは何もございません。よろしくお願い致します」
俺の意見は無視され、先生の採用が決定する。俺と先生の関係……『同居人』に更に『仕事仲間』が加わってしまった。
「セドリック、引き続き先生のことは頼んだぞ」
「よろしくねー、セディ」
この感じ……10日前と同じだ。あの時も俺を置き去りにして、先生との同居が決められていたのだった。俺の中で何かが吹っ切れた。
「あー!! もうっ、分かりましたよ。でも、仕事に関しては手加減致しませんからね! 神様であろうがビシビシ指導させて頂きます!!」
「やだ……セディ激しい。俺、体力もつかなぁ」
「手始めに料理の運び方からです。よく見ていて下さいね」
「ふっ、くっ……セドリック、意気込むのはいいが、先生への指導は明日からでいいんじゃないかな。今日は俺との会話に集中して頂きたいからね」
「そ、そうですね! 申し訳ありません。では、先生……明日からよろしくお願い致します」
そう言い残し、俺はおふたりが座る席から離れた。そういえば、まだレオン様がこちらにいらした理由も聞いていなかったな。レオン様は笑っていた。変に先走り、主を呆れさせてしまった……不覚。慣れたと思っていたが、自分はまだまだ先生に翻弄されている。俺は気まずさを振り切るように、早足で厨房に向かうのだった。