テラーノベル
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その日、俺は人生で一番どうでもいい理由で走っていた。
コンビニのからあげクンが、期間限定で「にんにく地獄味」だったからだ。
深夜1時。雨上がり。アスファルトは黒く光っていて、やたら「転びやすいですよ」って顔をしていた。
それなのに俺は、サンダル。
完全に油断していた。
角を曲がった瞬間だった。
ズルッ。
あ、これ転ぶやつだ、と思った次の瞬間、世界がスローモーションになった。
人は本当に転ぶとき、どうでもいいことを考えるらしい。
「明日、洗濯しよ…」
ドンッ!!!
視界が真っ白になり、次に来たのは――
痛み。
いや、痛いとかいうレベルじゃない。
痛みが「意識」を持って殴ってくる感じ。
右ひざ、左ひじ、そしてなぜか尾てい骨。
三方向同時多発テロ。
俺はアスファルトにうつ伏せのまま、動けなかった。
「……い、たい……」
声に出したら、さらに痛くなった。
なぜなら地面が冷たくて、痛みが反射してくるからだ。
痛みがエコーかかってる。
そのときだった。
「……やっぱ、来たか」
誰かの声がした。
え?
俺は顔だけ動かして、周囲を見た。
誰もいない。深夜の住宅街。街灯がジジ…と鳴っているだけ。
「空耳か……」
そう思った瞬間、ひざがズキッとした。
いや、ズキッじゃない。
ズ……キィ……って、引っ張られる感じ。
「うわっ!?」
思わず声を上げると、また声がした。
「だから言ったろ。転ぶと、持ってかれるって」
街灯の下に、影があった。
俺の影じゃない。
人の形だけど、平べったくて、妙に長い。
「だ、誰……?」
影が、にやっと笑った気がした。
「俺は“痛み回収係”。
転倒、打撲、強打。条件クリアだ」
意味がわからない。
でもひざが、さっきより重い。
「ちょ、ちょっと待って。
転んだだけだぞ!?骨も折れてないし!」
「関係ないね」
影が指を鳴らすと、尾てい骨が**ビキィッ!!**と悲鳴を上げた。
「あ゛っ!!???」
「ほら。今の痛み、いいだろ。
これ、持ってく」
「持ってくって何を!?」
「“後で来る痛み”」
ぞっとした。
「普通はな、転んだ直後より、
次の日の朝が一番効く」
影が俺のひざに手を伸ばす。
触れてないのに、皮膚の奥が疼く。
「階段で『あっ』ってなるやつ」
「しゃがんだ瞬間に来るやつ」
「油断して笑ったらズキッてなるやつ」
全部、思い当たる。
全部、想像できる。
「それをな、先にもらってく」
「いやいやいや!それないと困るんだけど!?」
影は肩をすくめた。
「安心しろ。代わりに“今”をやる」
次の瞬間。
ズドォォォン!!!!
全身に、今まで感じたことのない痛みが一気に来た。
過去・現在・未来の打撲が、時空を超えて合体した感じ。
俺は悲鳴すら出なかった。
口を開けたまま、白目をむいていたと思う。
どれくらい経ったかわからない。
気づくと、俺は自分の部屋の床に寝ていた。
服も汚れてない。サンダルもきれい。
夢?
でも、ひざに手を当てると――
全然痛くない。
拍子抜けするほど、無。
次の日の朝も、普通。
階段も平気。しゃがめる。走れる。
「なんだよ、夢か……」
そう思って安心した、その瞬間。
スマホに通知が来た。
《未回収分があります》
《次の転倒をお待ちください》
画面の端に、
あの影が、にやっと笑っていた。
俺はそれ以来、雨の日に走らない。
サンダルも履かない。
でも正直――
次に転んだら、
どれだけ痛いのが来るのか、
ちょっとだけ、気になっている。
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うんち