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ぽん
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とうめい
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ルシアンと二人きりで練習を重ねて、早くも一ヶ月が過ぎた。
あの日、地下014号室で教わった「相手のフェロモンを吸うこと」。私はそれを実習のたびに必死に実践しているけれど、現実はそう甘くない。何度か実習をこなすうちに、パニックで気絶するようなことは少なくなった。意識は保てるが、それだけ。相手と呼吸を合わせる技術も、相手を満足させる余裕も私にはないのだ。
実習室の重苦しい空気の中で、必死に相手のフェロモンを吸い込もうとする私の姿は、周囲からはどう見えているんだろう。
結局のところ、私が絶頂して動けなくなってしまう事実は変わらず、実習が終われば「期待外れ」「やっぱ下手だね」という冷たい視線が待っている。
謝ることしかできない。実習中に何度も絶頂して腰が抜け、ペアの生徒を辟易させてしまう。それでも以前のように「何もわからず意識を飛ばして終わり」ではなくなった分、自分の不出来さがより鮮明に、突き刺さるように分かるようになっていた。
そんな私でも、ルシアンは時間を作っては練習に付き合ってくれる。ひっそりと地下区画へ向かい、指定された実習室にはいつもルシアンが待っていた。
シンプルな添い寝やキス、絶頂をコントロールするための指先や尻尾を使った指導。最初は心臓が喉まで飛び出しそうだったけれど、だんだんと、その時間だけは心から安らげるようになっていた。
他愛もないお喋り。ふと零れる笑い。
まるで友達ができたみたいで、少しだけ嬉しい。でも、それ以上にルシアンの「凄さ」を、私は日々思い知らされる。
サキュバスとして圧倒的な能力を持ち、誰からも愛される王子様のような気品と、どこか大人びた余裕。そんな雲の上の存在が、私なんかにここまで時間を割いてくれている。
(かっこいい……)
ただの憧れだけじゃない。少しでもルシアンの期待に応えたい。あんなふうに涼しい顔で、完璧に実習をこなす姿を見せたい。上手になって、ルシアンを驚かせたい。喜んでほしい。
恩返し、なんて言ったら重いかもしれないけれど、せめてあの日ペアになって良かったと思ってもらえるくらいにはなりたい。
その夜、私はクローゼットの奥から、2Qの時に使っていた分厚い教科書を引っ張り出した。
埃を被った表紙を開くと、懐かしくて、少しだけ胸が痛くなる匂いがした。今の私には恥ずかしいほど初歩的な内容だけれど、これをもう一度学び直そうと思える今の自分が少しだけ誇らしくもあった。
ページをめくっていくと、かつての私が必死に理解しようとした跡がそこにはあった。
搾精、交尾、フェロモン……。付箋が何枚も貼られ、赤線が引かれ、書き込みがぎっしり詰まったページ。
同学年の子たちに比べて孵出が遅かった私。その生殖能力の発現は中でも特に遅かった。
みんなが実習に参加し、実戦的な技術を身につけていく中で、私だけが取り残されていた。先生たちは優しかったけれど、その優しさはいつも「あなたはまだ待っていれば大丈夫よ」という、どこか遠巻きにされているような響きを持っていて、それがまだ幼かった私の心を傷つけていた。
実習室に行けない間、私はひとりぼっちでこの教科書と睨めっこをしていた。いつか来る「その日」のために。でも、結局何にも活かせなかった、あの頃の私がそこにいた。
さらにページをめくり、Φの項目に差し掛かる。
何度も、何度も読んだページだ。
『Φ(ファイ)、淫魔たちの約2割を占める性別。Χと比較すると雄性としての役割を果たせない分不利な場面が多いが――』
何度も何度も読んだ、Φとしての能力が記されたページ。
Φとして、雌性として戦うしかない私に、その才能がないことはすぐ自覚できた。あの頃、頑張って腐らないようにしていたけれど、現実は残酷で、ページに落ちた涙の跡は、当時の私が抱えていた絶望の重さを今も伝えている。
その涙の跡を、震える指でそっとなぞる。
あの頃の私は、泣きながらこの文字を読んでいたんだろう。
あの時はただ絶望していただけだったけれど、今の私には、助けてくれる人がいる。たった一人でも、私に手を差し伸べてくれた人がいる。
私は小さく息を吸い込み、決意を込めて、次のページを捲った。
ルシアンとの時間は、私にとって甘くて、怖い、秘密の練習だ。
でも、それだけじゃない。今の私には、過去の自分を少しずつ塗り替えていくための、静かな闘いの日々が始まっているのだと感じていた。
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