「無理無理無理!無理!絶対無理だ!どうして俺が鬼龍院の敵対候補にならなきゃいけないんだ 」
北斗がみんなに向かって叫ぶ
その時テレビのニュースサイトで、一週間の世論調査の結果が流れる、全員が一斉にテレビの画面を見つめた
その画面には佐原議長が記者団に、囲まれているシーンが映っていた
大勢の記者にマイクを向けられているが、顔を背け車に乗り込んでく所が移されていた、議長はノーコメントを貫く姿勢らしい
「今置かれている状況を進撃に考えて見ろ!たとえ立候補したとしても、鬼龍院がフェアに戦うとは思わないし、第一俺になんか票は集まるわけがないよ! 」
北斗がパニックの発作をおこす寸前の人のように叫ぶ
「だからこそ、それ相応の準備が必要なのよ!私は経験があるわ!お祖父様の親友を地方選挙で勝利させたことがあるの!あれはすごかったわ、まさに血みどろの戦いが行われたのよ!でもお祖父様もお祖父様の親友の元春おじ様も、とても勇敢だった・・・それは見事な勝ち方だったわ、私は元春おじさまの選挙管理チームとして傍でずっとサポートしてたの」
アリスが食い下がる、直哉がうんうんと頷く
「そうだよな・・・・・鬼龍院は今の所よそ者だ、アイツはこの地元で支持率が取れるヤツが、対戦候補で出てきたらきっと票は取れないぞ 」
「だから俺が出ても支持率は取れないってっっ!」
北斗がまた吠えてテーブルを叩いた
「そんなことやってみなきゃわからないわ!」
「吃音症で人前に出たらどもる候補者がどこにいるっっ」
最後の方は北斗の声が妙に裏返っていた、それから口をぎゅっと一文字に結び、石のように不動となった
心臓がドキドキして、久しぶりに明らかに動揺している、途端に群集の前で一言も発せない自分の姿を想像する、恐怖が襲ってくる
言いたい事が頭の中では全て揃っているのに、口からまったく出てくれないあの痛み、その時に感じた怒り、もどかしさ・・・
しかし北斗の動揺もよそにアリスが話す
「それは私も考えたわ、でも大丈夫!人前でスピーチをする時には、必ず原稿というものを読むのよ、前もって用意した原稿を読めばどもらないわ!それは全て私が考えてあげる!」
「うん・・・それならいけるんじゃないか?」
「ナオ?お前まで・・・」
北斗の言葉は尻すぼみになり、額には汗をかき始めている
「有権者の前に出るときはアリスの言う通り、キチンと準備をすればいいんだよ、余計な事をペラペラしゃべるよりずっと誠実に見えるさ!」
どう反論しても自分の意見など無視されている、北斗がイライラし出す
直哉が棚のドアを開けて、ウィスキーの瓶を取り出そうとした時お、福の一瞥に合い、コホンッとひとつ咳をして棚の扉を閉め肩をすくめた
「問題は」
和也がゆっくりハッキリと話す
「本当に鬼龍院がこの牧場を手に入れるために、町議会議員長になるとしたら・・・その後のこの町がどうなるかだ・・・ 」
「あいつがどういうやり方をするか兄貴ならわかるだろ?俺達の牧場を取り上げるだけじゃない、この町を乗っ取るんだ。そして鬼龍院の息がかかったヤツらが、この町に乗り込んできて町の魂が吸い取られる、きっと何もかも滅茶苦茶にされるんだ 」
直哉の言葉に北斗は返事をしなかったが、体がピクリとしたのは同意の表明だろう
「子供たちの未来はどうなるんだ?」
和也が低い声で北斗に詰め寄った、和也はやたらと親戚の多い家族思いの男で、妻や子供・・・兄弟姉妹や、いとこ達と自分の教会の信者を第一に考える。友人の生き方に北斗はかねてから感心していた
「俺も・・・嫌な予感がする、鬼龍院が議長になったら、この町はとても恐ろしいことになると思うんだ 」
和也の週末に予定の無い日など一日もない、この5つ子の父でもある親友の牧師も目を伏せて言った
「もし・・・お前が立候補して、鬼龍院と戦ってくれるなら・・・俺は全力でお前を支える!」
「お‥俺も!」
和也の後にジンが続いた、全員が北斗を見つめる
「鬼龍院を絶対当選させちゃダメだ!」
直哉が兄の方に一歩踏み出した
こうしてみるとこの兄弟はよく似ている、どちらもハンサムだが直哉は細身で、北斗の方が威厳が有りいかにも兄貴だとわかる
お願い・・・北斗さん・・・
アリスも祈るような気持ちで、両手を前に組み北斗を見つめた
北斗は俯き頑なに沈黙を守っていたが、心は怒りに身もだえているようだった
「俺は・・・今までこの吃音症のおかげで・・・なるべく目立たないように生きて来た 」
「兄貴っっ!」
直哉がもどかしそうに怒鳴る、北斗がさっと手を上げて直哉を黙らせた
しばらく間をおいてから、北斗の顔がゆっくりとあがった
「ここは静かな町だ・・・・都会で起こっているような派手な事や騒がしい事を、誰も望んじゃいないよ・・・みんな仲良く暮らして行けるように、それぞれが懸命に努力して生きているんだ・・・それでも人間だから・・・時には誰かの気に障ることをしてしまう 」
北斗が言う
「俺は・・・今自分が得ているもので十分なんだよ、俺にはそれ以上のものは必要ない、俺はこれからも死ぬまでずっと静かな生活を送る、似合わないことは無理をしたくないんだ 」
「この町を鬼龍院が、滅茶苦茶にしてもいいのかよ?」
和也が言った、横で直哉もうんうんと頷いている、北斗が両手を広げた
「アイツもそこまではしないだろうさ、佐原議長に電話してこのまま牧場を経営させてもらえるように、鬼龍院に頼んでもらうよ・・・悪く思わないで欲しいがこれが俺の生き方で、それで俺は幸せなんだ・・・ 」
そう言い残して北斗は去って行った
直哉が俺ならどうだ?と言うと、みんなから若すぎるし、元アル中はイメージが悪いと責められて小さくなっていた
みんなの言う通りだ、今まで堅実に牧場経営を愚直にしてきた、北斗の人間性は町の人ならみんな知っている、彼だからこそ説得力があることもあるのに
かといって佐原議長が鬼龍院に、うまく交渉してくれるのだろうか・・・・
アリスは北斗が出て行った、入口をいつまでも見送った
..:。:.::.*゜:.
佐原町会議長が再選を狙わないという、サプライズ引退発言によって、突然周防町の政治から身を引いてから数日
三十年近く上院町会議員長として町民に、貢献した彼は79歳の今もその切れ味は健在だ、死ぬまで現職で戦い続けるだろうというのが北斗も含めて地元の人々の予想だったが
「担架に運ばれながら議会に出席するつもりない」
と北斗が尊敬するこの老人は、次のように発言して、淡路のみならず兵庫県議会にまで激震を走らせたのだ
「周防町選挙 推薦鬼龍院忠彦(無所属)』
地元テレビや淡路のニュースサイトは、佐原議長が発表したサプライズの引退宣言一色で、それに従って候補者の鬼龍院が当選した時の、町への影響などを取り上げていた
「でも鬼龍院はここの住民ではないわ、何がわかるって言うのよ」
「三か月そこに住民票を移せば、議員に立候補できるんだよ」
「じゃぁ・・・少なくともアイツは、三か月前から準備してたってこと?」
「そうなるな・・・・・」
「いったい何を考えているのでしょうね、鬼龍院は・・・ 」
お福が頬に手を当てる
「北斗さんは?」
アリスが直哉に聞く
「ダメダメ!なんとかなるだろうの一点張りさ!」
直哉の普段陽気なハンサムの顔は、心なしか疲れて見えていた、それにちょっぴり悲しそうだった
「これからの周防町の選挙ニュースは、わたくし公職選挙委員報道アナウンサー(報道田法堂ほうどうだほうどうがお送りいたします」
リビングの壁掛けテレビでは紺色のスーツの若い、アナウンサーがテレビに向かって一生懸命話していた
「鬼龍院さん!鬼龍院さん!」
報道田が黒いセダンから降りて来て、兵庫行政評価事務所に入って行こうとしている所を、突撃インタビューされる
薄暗くなりかけていた辺りが、鬼龍院を移すカメラのフラッシュで明るくなる
「鬼龍院さん小さな周防町の町議会委員長に、なぜそのようなお若いお年で立候補されたんですか?」
大勢のテレビ報道者やまた政治オタク向けのブロガー達が、こぞって集音マイクを突き出し、鬼龍院の言葉を待っている
「または町議会委員長として今度大きな開発計画なども、試みていらっしゃるんですか?それに対して何かコメントは?」
報道陣の真ん中で鬼龍院は足を止め、たっぷり3分質問に答えようという態度をしめした
「そうですね・・・実は・・・」
ファサッと髪を横に振り、どのカメラ目線?と報道陣に聞く
「うわっ出た! 」
ありすが「うぇ~~~」と舌をだす
テレビの中の鬼龍院はすべては政治討論会で、私の政策はお話しますよと、カメラにウィンクして去って行った、事務所の担当者達が鬼龍院を守るようにして囲みながら去って行く
完全に彼は後ろ姿も撮られているのを意識して、踊るように歩いて行く、報道田はたった今出会った鬼龍院の、見た目や雰囲気を声高らかに褒めていた
「腹立つわぁ~~~!」
「あ~~~もうっ!」
「撃ち殺してやりたいですねっ」
過激な発言にアリスと直哉が一斉にお福を見た
「あ・・あらっ・・いやだ、私としたことが・・・ 」
ホホホとお福が笑う、はぁ~とアリスがため息をつく
「私もお福さんと同じだけど・・・・それは無理ね・・・この瞬間から鬼龍院はガードマンが付くわ、選挙が終わるまでね・・・ 」
それでもここにいる三人の鬼龍院の、撃ち殺してやれるならぜひそうしたいという気持ちは同じだった
鬼龍院忠彦がここの町の議長になるというのは、あらゆる意味合いにおいて間違っている
考え出したらら吐き気がしそうだ
ただ候補者がいない今は彼が下半身にまつわる、スキャンダルが表ざたになるとか、不本意な事をしゃべり過ぎないかぎりは、おそらくこの男が議長になるだろう・・・
祖父の親友の元春おじさまは頭が良く、信念を貫くためなら対決も恐れなかった、だからこそお祖父様も親友のおじ様を支持したのだ
二人は伝統的な価値観を大切にしながら、寛大な心で人の意見にも耳を傾けた
特に環境保護には真剣に取りくんでいた、自分の私欲を肥やすために特定の企業や、団体の為に便宜を図ろうとする政治家とは徹底的に戦った
そこでアリスは北斗を思った
北斗さんとお祖父様は性格が似ている所がある、これまでそんな可能性は考えてもみなかった、北斗と祖父は対極にある男性だと思っていた
祖父は贅沢な暮らしが好きだった、常に高級スーツを着て、高価な靴を履き質の高いものを好んだ
一方北斗さんはだいたいがジーンズと、Tシャツ姿で通している、もちろん特別よそ行きの服装をする時は、高価なスーツに身を包むが
普段は足元もナイキのスニーカーに、散髪に5千円も使わない
しかし彼は本音しか語らず、口にしたことは必ず実行し、くだらない社交辞令も言わない、ここが祖父とそっくりだ
「うぇぇ~~たとえばさ!こいつがボディガードから離れた瞬間に、その時を狙って俺が撃つってのはどうだ?ゴルゴ13みたいにさっ」
直哉の考えにアリスが微笑んだ
「素晴らしいわ」
「何か考えがないのか?その小さな頭で複雑なことを考え出して見てくれよ!姉義さん」
直哉の真剣な問いかけにも、アリスは苦笑いで返すのが精一杯だった
「私も鬼龍院を撃ち殺す以外は・・・・こればっかりは何も思いつかないわ 」
これから私達はどうなるんだろう・・・・
アリスは手元のタブレッドの公職選挙委員会の、サイトの画面をじっと見つめた
「町議会委員議長立候補者締め切りまであと3日」
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