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昼休みの教室は、ざわめきと笑い声で満ちていた。 蒼は窓際の席で、ペンを指先で回していた。
視線の先――。
笑っている光希。
その笑顔は自然で、柔らかくて、見ているだけで心が落ち着く。
けれど、それと同時に、どうしても拭えない“違和感”があった。
(あの子……どこか、懐かしい)
声の抑揚、話すときの目の動き、ちょっと照れるときの癖。
全部、“どこかで見たような”感じがしていた。
昼休みのあと、掃除当番を終えた蒼は教室に戻る途中で、偶然光希と鉢合わせた。
「あ、蒼くん」
「……ああ」
彼女は両手でほうきを抱えながら、少しだけ微笑んだ。
その仕草に、また胸の奥がざわつく。
「今日、カフェ行ったって聞いた」
「うん。里奈たちと」
「楽しそうだったな」
「……うん、楽しかった、と思う」
「“と思う”?」
「うん。なんか、慣れない感じで」
光希は少し笑って、すぐに目を伏せた。
その瞬間、蒼は確信した。
(やっぱり、何か隠してる)
放課後。
廊下の窓から見える夕焼けが、淡い金色を帯びていた。
蒼は校門の外で、白川――莉月を見つけた。
光希が駆け寄り、並んで歩いていく。
その距離感は、ただの“いとこ”のそれじゃなかった。
(……あれが本当の関係じゃない)
蒼の中に、妙な感情が芽生えた。
それは嫉妬のようでもあり、焦りのようでもあった。
彼自身も、それが何なのか分からなかった。
一方その頃。
帰り道を歩く光希は、どこか落ち着かない様子でいた。
「どうした?」
「ん……なんか、蒼くんが最近、ちょっと怖い」
「怖い?」
「うん。見られてる気がするの」
「そりゃ、可愛いからじゃねぇの?」
「……からかわないでよ」
笑ってごまかしたものの、心の奥はざわざわしていた。
蒼のまっすぐな目に見つめられるたび、
“優希”だった頃の自分を見透かされそうな気がする。
その夜。
光希は机に突っ伏して、スマホをぼんやり眺めていた。
SNSの画面には、クラスメイトたちの写真が並ぶ。
笑顔、制服、ピースサイン。
その中にいる自分は――確かに“女の子”だった。
背後からノックの音がする。
「起きてるか?」
「うん、入っていいよ」
莉月が入ってきて、マグカップを差し出した。
「ホットミルク。眠れない顔してる」
「ありがと」
カップから立ちのぼる湯気を見つめながら、光希はぽつりと呟く。
「もしさ……誰かに全部知られたら、どうしよう」
「そいつが何言おうと、俺は信じる」
「そんな簡単に言わないでよ」
「簡単に言ってるんじゃねぇ。お前が泣くとこなんて、もう見たくねぇんだ」
光希は目を瞬かせた。
莉月の声は穏やかだったけれど、どこか必死にも聞こえた。
その優しさが、心の奥に痛いほど響いた。
翌朝。
教室に入ると、蒼が光希を見て笑った。
「おはよう、光希」
「あ、おはよう」
それだけの会話なのに、胸の奥が波立つ。
その笑顔の奥に、“何かを知っている”ような気配が見えた。
(このままじゃ……いずれバレる)
光希は静かに息を吸い込む。
けれど、その不安の向こうで、莉月の言葉が微かに灯っていた。
(俺が信じる、って言ってくれた……)
だから、今日も笑える。
たとえ心の奥で何かが揺れていたとしても。