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その日、魔獣界では緊急の重役会議が開かれた。
そしてアディは魔獣界を結界で封鎖した事を伝えた。
「そ、そんな……」
「魔獣界は大丈夫なのでしょうか……?」
重役たちは戸惑いこそするが、誰一人として反論する者はいない。
アディに逆らえばどうなるか、それは誰もが承知している。しかも封鎖された魔獣界では、アディから逃げも隠れもできない。
そしてエメラも、アディの席の隣で黙って会議を見守るしかなかった。
(このままでは、いつかアディ様が孤立してしまいますわ……)
アディの独裁は確実に国民不信・政治不信に繋がる。
ふと離れた席に座るクルスの姿が目に入ったが、普段通りで澄ました顔をしている。
エメラの不安をよそに、アディは席を立って堂々と発言する。
「みんな、心配はいらないよ。結界は一時的な処置だ」
とは言うものの、封鎖の理由も期間も、肝心なところは何も語らない。
エメラは自身が『懐妊するまで』が期間である事をアディの口から言われないかと冷や汗をかく。
言われてしまえば、周囲がどんな目でエメラを見るか……考えただけでも居心地が悪い。
会議が終了すると、アディは足早に会議室を出る。
会議室に残された重役たちがそれぞれ疑問や不安を口にしている中、エメラはクルスの席に向かった。
「そういう事になりましたわ。クルスさんにもご迷惑おかけして申し訳ありません」
クルスはテーブルの上の手帳と筆記具を片付けながら、キョトンと金色の瞳を丸くしてエメラを見返した。
「あ、僕は大丈夫ですよ。元々、魔獣界の住民なので問題ないです。まぁ外交の仕事ができなくなるくらいですね」
淡々と語るクルスの考えは、あまりにもドライすぎる。
確かに魔獣界を一時的に封鎖したところで、一般市民に大きな問題はないのだろう。
希少種の魔獣のみが住む魔獣界では、密猟者などを恐れて異世界に行く者は多くないからだ。
そして夜になれば、エメラは以前にも増してアディからの激しい愛を受ける事になる。
狂気という名の狂愛は日々エスカレートしていき、とどまる所を知らない。
「ねぇ、エメ姉。禁断の魔法って主に3つあったよね。何だっけ?」
就寝前のベッドの上でアディは突然、それまでの会話とは何の脈略もない質問をしてきた。
「魅了、結界、封印、ですわ」
その3つは禁断の魔法とは言われているが、魔獣界での使用は合法とされている。
「そっか。残り1つ、エメ姉にかけてみようか」
「え……?」
アディは魅了と結界の魔法は習得している。
現に毎晩エメラに魅了を使用しているし、結界魔法で魔獣界を封鎖している。
しかし、封印魔法をエメラに使うとは、どういう意味なのだろうか。
アディはエメラの体を優しく押し倒すと上から覆い被さる形で互いの唇の距離を縮める。
いつものように魅了の魔法をかけられるのだろうと、エメラは瞳を閉じて受け入れようとする。
「ねぇ、エメ姉、知ってる? 封印の魔法のもう1つの使い道」
「……! え……?」
アディの言葉から、とある可能性に気付いたエメラは目を見開く。
封印の魔法とは、人や物を物理的に封印するだけではない。
「アディ様、まさか……」
「うん。『記憶』も封印できるんだよね」
アディが封印したいエメラの記憶。それは1つしか考えられない。
エメラは迫るアディの肩を両腕で押し返そうとするが、力では勝てない。
「アディ様、それだけは……いけません、おやめ下さい……!!」
エメラはこの時、初めてアディに抵抗した。
どんな愛でも受け入れると決めたのに、ただ1つだけエメラが受け入れられない行為。
「父さんの事は忘れなよ」
それはエメラの中にある、ディアの記憶を封印すること。
かつて愛した記憶も、今も残る未練も、全て封印してしまえばエメラの心は自由になる。アディをディアと重ねて見る事もなくなる。
アディにとって、これは罪の行為ではなく善意のつもりなのだ。
「そうすれば、もっと僕を愛せるでしょ?」
アディの言葉が、心を誘導する呪文のように耳に届く。
抵抗しても、心のどこかではアディに全てを委ねたいと思ってしまう。
魔法のせいにして、本当は自由になりたい。過去の未練と罪の意識から逃れたい。
結局それはアディに罪を被せる事と同じなのに。
迷う時間をアディは与えてくれない。
「さぁ、おいで。そして僕を愛して」
言葉のままに、導かれるままに、アディの狂愛のままに……エメラはアディの口付けを受け入れた。
唇から流し込まれる愛と魔力が熱い。
今までにない熱さなのは、『魅了』と共に『封印』の魔力も注がれているせいだ。
アディは口付けと共に、2つの魔法を同時にエメラにかけようとしている。
……わたくしは本当に、これでいいのでしょうか?
結婚を急ぎ、懐妊を目的として注がれる愛は、本当に愛と呼べるのだろうか。
最後の迷いが熱によって燃え尽きた瞬間に呼吸が解放された。
意識が朦朧として身体が熱い。魅了の魔法が、いつもよりも強く身体を反応させている。
「エメ姉……」
目の前で名前を呼ぶ彼が、ただ愛しい。魅了の効果だとは分かっていても、耐え難い身体の熱がアディを求めてやまない。
エメラは手を伸ばしてアディの首を両腕で抱いて再び温もりを求める。
「アディ様……」
「ねぇ、エメ姉。ディアって誰だか知ってる?」
アディは封印の魔法が成功したかを試した。
エメラは朦朧……いや、恍惚として蕩けそうな金の瞳で物欲しそうにアディを抱きしめる。
「……存じ上げません……」
エメラの記憶の中には『ディア』という名前の存在すらも消えていた。
ふっとアディは口の端を上げて笑う。
「それでいい。エメ姉は僕だけを愛せばいいんだ」
「……はい。アディ様、愛しています。もっと、もっと愛して……」
ディアという未練が消えたエメラには、もう迷いがない。
ただひたすらにアディの名を呼びながら愛し求める。
それは、まさに理性を失くした魔獣が本能のままに重なる繁殖行為。
やがて二人の力が尽き果てると長い夜が終わり、ようやく身を沈めて安らかな眠りにつく。
幸せな夢は一晩で終わるという現実を、未だ夢の中で寄り添う二人はまだ知らない。
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