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「知っとるか悟。呪霊はリンゴを食うんじゃ」
宿儺と散々悪態をぶつけ合った日の夜、傷人は口を開くなりそう呟いた。まるで独り言のように声量を絞り、ほとんど聴かせる気もないような囁きだった。
───傷人は時々、訳のわからないことを言う。それは彼が呪物になる前の記憶なのか、遠い昔を懐かしむようにしみじみと、寂寥の籠った声色で徐に始まる。
彼の虚言癖や普段の態度から全てを信用することはできないが、この表情の時の傷人には、茶化しや冗談を許さない張り詰めた雰囲気があった。
「をりはリンゴが好きじゃった」
今日は昔の友人の話らしかった。
「……リンゴって平安時代にあったの?」
「あった。墓や、仏壇に供えるやつで、小さかった」
和りんごとか呼ばれる品種で、ほぼ野生種に近いものが当時既にあったらしい。
「をりは人間の母親が好きじゃった。人間の子供になりたいと言って、女の腹に入りたがった」
「をり、ってのは。人間?」
呪霊だとわかっているが一応尋ねる。をりとやらも傷人のように穏やかな性質ではなさそうだ。
「いいや、呪霊じゃ。痩せた子供で、自我も子供のままじゃった」
おそらく近い年に流行った、実話が元になった捨て子の怪談かなにかだという。白髪でツギハギの見た目の子供が、夜な夜な自分を捨てた母親を求め彷徨うとか、まあ、よくありそう怪談話。
「をりはよく、女の腹に無理やり入ろうとして内側から女を裂いていた。入るわけがないからな。当然じゃ」
「死んでんじゃん。止めろよ」
「わしが純粋な呪霊だった時期じゃ。女の5、6人死んでも何も思わんかったわ」
阿呆か。とまで言われ、一瞬シバくか考えたが、ごく稀に口に登る傷人の友人、過去の情報、そしてとっくの昔に時効の平安期……話の希少さから、無言で先を促す。
「……ふん。わしはその頃生まれたばかりでな、近くで女を殺していたをりを子分にしてやろうと近付いたのよ。じゃがな…」
傷人曰く、をりは殺した女に抱きついて泣きじゃくっていたらしい。何度か呼びかけたがそのまま泣き続けていたそうだ。散々泣いて、傷人の声も無視していた子供が、不意に正気に戻ったように落ち着いた声で言ったそうだ。
────ああ、この人はわたしのおかあさんじゃなかったんだ。
「ホラーじゃん」
「ホラーじゃ。ガキん頃とはいえよく会話する気になったもんじゃ」
やれやれ、と傷人は肩を竦める。
「元の怪談から何も進化しておらん、自我もほぼあったもんじゃないその弱々雑魚呪霊のをりをな、わしは適当に口車に乗せて子分にしてやったというわけじゃ!」
話し切ったぞとばかりに鼻を鳴らす傷人に、僕はオイオイとツッコむ。
「リンゴの話はどこに行ったんだよ」
「は?そんな話してな───しとったな。だから、仏壇やら墓やらに供えられてるリンゴをな、をりが勝手に食うとったのよ」
なんでだよ。呪霊は食糧など要らないのに、なぜをりというジャック・ザ・リッパーもどきはリンゴを食うのだ、という話だろうが。
「そんなのわしが知るわけ無いじゃろ!あいつが昔リンゴ食っとったなあ〜、っていう思い出話じゃ」
「なんだそれ!1000年前の重要な話だと思ったんだよ僕は!」
おそらく日本で一番自由時間がない特級呪術師の貴重な時間を、友人の好物がリンゴだったとかいう本当にどうでもいい話に使ってしまったという徒労感で声が荒ぶる。やっぱり一発殴っとけばよかった。
「だから、心臓に似てるからだと思うんじゃ」
「はあ!?」
「あのリンゴ、子供の心臓くらいの大きさだったんじゃ」
をりの心臓もあのくらいじゃった、と傷人が続けて言う。
「え、傷人。それって」
「ああ。両面宿儺にをりが殺された時じゃ」
傷人は淡々と、友人が死んだ時の状況を語った。
をりが、何を思ったのか遠目で見た両面宿儺に近寄ったこと。宿儺が嫌悪に近い表情でをりを両断したこと。消える前のをりの心臓を食べたこと。
語り終わると、傷人はこちらを睨み宣言した。
「わしの子分を殺した宿儺は許さん。絶対じゃ」
「……うん。あ、悠仁に当たるのはやめてね」
「指全部飲んで宿儺だったらわしが殺すぞ」
「ま、それは良いけど」
「いいのか!?」
宿儺に変わった時に抑え込める人間は多い方が良い。いずれは恵たちにもこのくらい強くなってほしいものである。
宿儺の計るような態度とか傷人が呪物になった経緯とか、気になることは色々あるけれど、どうせ聞いたことにはまともに答えやしないのだ。
「今回はこれくらいでいいかな!明日から傷人には1年の引率してほしいし。僕は僕で忙しいし〜?」
「インソツぅ!?ゲぇ、面倒じゃ〜〜〜!!嫌じゃ〜〜〜!!」
雑魚の面倒は雑魚が見ればいいんじゃあ!と喚く傷人を、今度こそ心置きなく殴り、明日の予定をしっかりと言いつけた。