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「そうですね…あと、5日後にはすべて忘れてしまうでしょう。」
「は…?」
医者が言った言葉が信じられない。
「暇さんの病気は記憶喪失のなかでの最難易度クラスの“愛忘症”です。暇さんの症状は極めて進行が早く、危険な状況でしょう。紫苑さんのことを忘れてしまうのはそう早くない未来で起こりうる話です。」
愛忘症。症例僅かな難病。前向健忘や逆行健忘のように起きた出来事“すべて”を忘れてしまうのではない。名前の通り、“愛を忘れて”しまうのだ。それも、最愛の人だけを。
恋人、または親兄弟、友達…相手は人によって様々だが、最愛の人の“すべて”を忘れてしまうところは一致している。
原因は不明。アルツハイマー認知症の異種と言っている専門家もいるが、記憶喪失の異種とも言ってる専門家もいる。
国内でも稀な症例。縁遠い話だと思っていたのに。
俺の恋人がその病気にかかるとは夢にも思わなかった。
おかしいなと思い始めたのは今から一週間前のこと。
「あれ?この花丸の日ってなんだっけ?」
「え?5周年記念日の印だろ?お前が自分でつけてたじゃん」
「あれ…そうだっけな…」
「…」
「えっと…いるまの苗字ってなんだっけ?」
「は?紫苑だけど」
「あー!そうだった。ありがとう」
「あの日楽しかったよなー。遊園地に行った時。」
「え?行ったけ?」
「は?覚えてないの?」
「う、うん…ご、ごめん…」
おかしいと思った。なつが忘れるわけない。
しまいには、
「デート行くよ」
「え?約束したっけ?」
「は?お前最近おかしいよ?」
「え…そんなことないけど」
「なつ…病院行くぞ」
「大丈夫だよ」
「いいから」
「…うん…」
昨日したデートの約束まで忘れていた。
そして、病院に行って詳しく検査してもらった。
診断結果は愛忘症。
「本当に、忘れてしまうんですか?」
「はい。脳の記憶を保管しておく場所が次第に、紫苑さんと過ごした記憶はいらない記憶と“決めつけて捨ててしまうのです。”ただ、本人が悪いわけではありません。まだ、よくわかってないことが多いんで、詳しくは伝えられませんが」
「俺はどうすればいいんですか?」
「愛忘症になった人には詳しく状況を伝えるという法律があるので、紫苑さんを忘れてしまうということはつたえます。そのあとどうするかはお二人次第です。」
「…」
「悲しいのなら離れてもよし。居たいなら居てもよし。ただし、暇さんのことを思って離れたとしても、暇さんには“何かを忘れた”と言う記憶は残ってしまいます。それが何かはわからないのに。ただ、何かが足りない、と。もしかしたら、記憶がもどるかも知れません。実際に1人だけ、思い出したケースもあります。」
「…なつと話して決めます。」
「えぇ。わかりました。では、暇さんの病室は702です。」
「はい。ありがとうございました。」
「どうしたん?死んだ目して?笑」
この声もこの表情も、もう見れないかもしれない。
「なつさ、」
「なーによ、深刻そうな顔して?どうせなんもなかったんでしょ?」
無理してるのが丸見えだ。いつもより声が少し高くなっている。
「お前、病気だって」
「…は?」
「愛忘症。知ってるよな?最近話題の」
「うん…じゃあさ、俺、」
「うん」
「いるまのこと…っ忘れるの…っ?」
「…(頷」
「嘘、でしょ?」
「本当。またあとで、お医者さんが説明してくれると思う」
「いるまは平気なの?俺が、お前のこと忘れてもいいの…?」
「嫌に決まってんだろ」
診断結果を聞いた時から、“なんでお前なんだよ”ってずっと思ってた。
2人で、楽しく生きていけると思ったのに。
「…」
「…今後のこと、話し合おう」
「…うん」
「俺は、お前と一緒にいたい。」
「いいや、俺はいるまとはいれない。」
「は、なんでだよ?」
「だって、俺はいるまのこと、忘れるんだろ?
“ここに行った”なんて言われても知らない。ずっといるまのことを苦しめる。」
「そんなこと…」
「“ない”なんて言えねぇだろ。」
「…っ」
なつの言ってることは正しい。
あと5日後に、“なつはなつじゃなくなるんだ”
そんなの耐えられない。俺に初めましてを言って。恋人だと知ったら、驚いて。
そんな姿…見たくない。
「だから、俺は1人で生きるから。いるま“も”俺のこと忘れていいよ。」
「…なつのこと忘れられない」
「…でもさ、そっちの方が良くない?いるまとの思い出を知らない俺と過ごすか、俺のことは覚えてるけど、他のやつと幸せになるか。
答えは後者に決まってるじゃん。」
「…嫌だ」
「は?」
「俺は、なつの隣に居れない方が無理」
「…っ、なんで、」
「確かに、なつが覚えてないのも辛い。その隣に居続けてもきっといつか限界が来る。
でもそれより、なつのそばにいれない方がもっと辛い。」
「…っ」
「だから、俺をそばにいさせてください。」
「…俺も…っ、」
「うん。」
「お前と…っ、居たい…っ」
「うん。(抱締」
「…っ…っ…っ(泣」
それから、今後の方針が決まった。
先生も途中から来て、泣いてる俺たちに驚いてたけど、
“いい判断ができたようでよかったです。”と、笑って言ってくれた。
そして、改めて現実を突きつけられる。
なつが俺のことを忘れるのはあと5日後。
それまでは入院をしてもらうそうだ。
検査が色々あるから、と先生は苦笑い。
6日目の朝もまた検査があり、7日目には異常がなかったら帰れるそうだ。
俺のことを忘れているだけで、日常の生活のことや、世界のことは覚えている。だから平気だろうとのこと。
なつは真剣に頷きながら、話を聞いていた。
そして、
“一緒にいるのなら、覚悟はしてくださいね。お互いに。もしかしたら、6日目になっても覚えてるかもしれませんが。”
と念を告げ、先生は病室を出て行った。
「本当に無理してないよな」
「あたりまえ。」
「ありがとう」
「なんだよ急に」
「もう、言えないかもだから」
そう、なつは悲しそうに笑った。
次の日。2日目。
刻一刻と病はなつを侵食して行った。
「おはよ」
「あ、いるま、おはよう」
「今日はどう?」
「あー…先生が進行してるって。嫌になっちゃうね(笑」
「そっか」
進行してないことを望んでも、神は叶えてなんてくれない。
それから、思い出話に花を咲かせる。
遊園地デートで絶叫アトラクションに沢山乗ったこと。怖がってる俺を見て笑うなつが可愛かったこと。
水族館デートでは、お揃いのキーホルダーを買ったってこと。ペンギンに餌をあげたこと。
イルミネーションも綺麗だったねってこと。
まぁ、それよりなつのほうがきれいだったけど。
こんなふうにただ、変哲のない話も、あと、3日後には出来なくなる。
なつの記憶からは、この思い出が消えて。
でも、俺の中には残る。
誰にも言えない、知らない記憶が残ってしまう。
「…もうこんな話をしたことも愛しい思い出も、消えちゃうんだね」
諦めたかのように苦笑いをするなつ。
やめて。やめてよ。そんな表情なんて見たくない。
「楽しい思い出も、甘酸っぱい出来事も。」
「そうだな…」
「でもさ、いるまは覚えてる。だから、記憶をなくした俺にも沢山話して欲しいな。2人の思い出なんだし…思い…出すかもだし…っさ?」
「うん。もちろん」
「でも、無理はすんなよ」
「うん」
その後も面会時間終了まで目一杯話した。
なつの笑顔も姿も写真に撮ったら、
「何してんだよ、恥ずい(照」
って、照れのも可愛かったから、つい沢山撮っちゃった。
『ただいまより、面会時間を終了させて頂きます。お見舞いにお越しくださった方は速やかにお帰り下さい。繰り返します。_____…』
「あ、なっちゃった。またね。いるま」
「うん。また明日な、なつ。」
「大好きだよ」
「俺も。大好き」
そしてまた、地獄のカウントダウンが、1、下がる。
3日目。外出許可が降り、今日は2人で“最後”のデートをする。
病室に着いて、扉を開けた時は驚いた。
可愛く、おしゃれしたなつが
「デート行こっ」
って、言ってきたから。
「どこ行くの?」
「んーとね、あんまり遠くには行かないようにって言われたから…〇〇水族館行こ」
〇〇水族館…初デートの場所。
「…いいよ」
「やった!じゃあ、早く行こ」
「わー!変わってないね」
電車で揺られること30分。歩くこと10分。
ようやく着いたところは五年前と変わらない姿の〇〇水族館だった。
「だな」
「えっーと、チケットを購入しなきゃだよな」
「あゝ。確かこっちに…」
「あ、あった。って、あんま並んでないな」
「まぁ、平日だし?」
「それもそっか。」
チケットを買って、ゲートを潜った。
ここからは神秘的な海の世界だ。
「行こっか。なつ。(手出」
「…っ!うんっ!(繋」
「わぁ〜、でっか」
「…うまそ」
「おい、」
「しゃーねだろ。寿司にしか見えねぇ」
「雰囲気壊すな」
「いや、これはもう切り身が泳いでるって」
「さいあく…それにしか見えなくなった」
「だろっ?(笑」
なんて話しながら、水族館を巡って。
「あ、イルカショーやってるって」
「マジ?観に行く?」
「…もちろん」
少し歩いたところに見えたのはイルカショーの会場。
確か、初デートのときも、イルカショー観に行ったな…なんてことを考えていたら、
「それでは、イルカたち、呼んでいきまショー!」
イルカショーが始まった。
「すげぇ…(✨」
隣のなつはイルカショーに夢中だ。
そんな横顔すら…
「かわい」
っと思ってしまう。
「初デートもイルカショーみたよな」
「ね。めっちゃ水かかって、最悪だった。冬だったし」
「そうだったな(笑」
「忘れたく…ないな」
…この言葉に、聞こえないふりをした。
その後、また、ペンギンに餌をあげた。
「わ、すごいよ!すごいっ!」
テンション満点のなつの姿を写真に撮る。
「は?また撮るの?」
「いいじゃん。かわいかったし」
「黙れ(照」
そして、帰路に着く。
「なつ、病室まで送るよ」
「いや、いい。大丈夫だよ」
「いや、でも…」
「そんな遠くないし、大丈夫。」
「そう?」
「うん」
「じゃ、また明日」
「うん。また明日。」
そしてまた、地獄のカウントダウンが1、下がる。
4日目。なつと入れる最終日。
なつの病室に行く前に担当医に話しかけられる。
「紫苑さん、すみれません。」
「あ、はい」
「少し、お話よろしいでしょうか?」
「え、えぇ」
「現在、暇さんのメンタルは良い状態ではありません。明日が予定の日で情緒が不安定になっています。」
「そうですか…」
それは俺も同じだった。
隠して入るつもりだけど、いま、世界を終わらせられるボタンがあれば即刻押しているだろう。
「はい。なので、しっかりと、紫苑さんの想いを口にして欲しいです。」
「わかりました」
「そして、やはり、病の状態も良いとは言い切れません。当初の予定通り、忘れてしまう可能性の方が高いでしょう。ただし、それが100%というわけではありませんので…」
「はい…」
「将来、治る薬ができるかもしれませんし…あまり気を病まないでください。私が言っても変わらないと思いますが…では、行ってらっしゃいませ」
「はい。ありがとうございました。」
702。
病室に入ると、なつの目元は赤くなっていた。
それでも、笑って、
「やっほ、いるま」
なんて言うもんだから、心が、胸が、痛くなる。
「今日が最後なんだな」
知りたくない事実。けど、これが覆される事は無い。
「だな。」
「やだなぁ…いるまのこと忘れたくないなぁ」
「俺もお前には忘れて欲しくない」
「ねぇ、いるま」
「何?」
「今から録音してくれない?」
「は、いいけど…」
『ピッ、』
録音開始ボタンを押す。
なつが話し始める。
「俺は記憶がなくなっても、絶対、一生、いるまのことを愛してるからな」
「…っ」
なつの目に促され、録音をやめる。
「今言ったことは本当だから。忘れても愛してるから」
「俺もだよ。なつが忘れても“大好き”って毎日いい続けるから…」
「約束だよ。破ったら許さないから」
「あゝ…」
その日は、病院側が一緒に寝ることを承諾してくれた。
俺たちは抱き合って眠った。
地獄のカウントダウンはついに、ゼロになった。
5日目。
なつより少し早く起きて、医師の話を聞く。
「起きたら、ナースコールを押してくださいね」
そう念押しして、医師は帰って行った。
なつの記憶には、もう、俺がいないのかな。
なつの瞼がぴくっと動く。
でも、もしかしたら、覚えてるかも。
奇跡が起こるかも。
柄にもなく、そんなことを思った。
でも、キミは
「誰…ですか?」
そう、困ったように笑った。
~end~