「では、コユキ殿、かぎ棒を、ふむふむ、少々拝借…… これは、どこで手に入れたものでござるか?」
「それは…… 子供の頃に、高校くらいかな? ツミコのおばさんがプレゼントしてくれたんだったかな?」
善悪は右手でかぎ棒を二本掴み、左手は顎の下に置きながら二、三度深呼吸をした。
「……ふむふむ、やはりな、某が推察するにこれは“神聖銀”で出来ているのでござる、ニオイもぬるっとした質感も…… 流石コユキ殿の神具でござる(適当)」
コユキは善悪の言葉に一部引っかかるところもあったが聞かなかったことにした。
が、善悪の得意気な顔はやはりイライラする。
男前、いや、カワイイ系の草食男子だったら許せたかもしれないが、ブサイクのドヤ顔ほどムカつくものはない。
早く話を終わらせて、早く何か、何でも良いから胃袋に入れたかった。
座卓の上の菓子器はとっくに空だった。
「ツミコ殿はバフォメットに少しは抵抗していたのであろ?」
「う、うん。 結局やられちゃったんだけど……」
「我輩が推察するに、ツミコ殿は先代の聖女、当代の聖女がコユキ殿でござる(うろおぼえ)」
「えっ!」
びっくり仰天である。
あの嫁ず後家(いかずごけ)が聖女とは、いやはやなんともである。
それになんて、あたしも聖女ってか?
「僕ちんのお寺は、代々聖女をお助けする役割を担って(になって)いるのである…… とかって昔お爺ちゃんが言っていたような…… あれれ、その時一緒に聞いてなかったでござるか? ほら、リエちゃんやリョウコちゃんとかも一緒にさっ! 覚えていないのでござるか? 」
「ええー、そうだっけ? 全く記憶に無いんだけど?」
「そうなのでござるか? まあ拙者も今の話を聞くまで完全に忘れていたのでござるが…… 聖女か…… むむっ? コユキ殿が聖女、ということは…… 三十九歳の処じょ…… ぉっゴハッ!」
コユキの平手が再び善悪の顎に打ち込まれた。
我慢の限界だった。
「ああぁ…… また、ゴメン。 善悪。 ダイジョウブダッタ?」
「くうぅ、効いたでござる」
「もう…… あたしは安売りはしないんだよっ! それと! 某か我輩か僕チンか拙者、どれか一つにして! ……お腹すいた! ごはん!」
「はううぅぅぅん…… ありがとうございます、少々お待ちあれ~」
恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべながら顎を両手で押さえつつ、ヨロヨロと台所へ向かう善悪であった。
暫(しばら)くして、オリーブオイルとニンニクに火が入った、すばらしく芳ばしい香りが寺の庫裏(くり)全体に充満してくる。
空きっ腹のコユキにはかなりキツイ拷問だ。
「ごめん、善悪…… こんな時にお腹空いちゃって…… ほんとゴメン」
「は~い、ただいま~」
と台所から声がする。
先程から腹がグオオォグオォォと凄まじい音、まるで魔獣の雄叫びの様な音を発している。
もうお腹が空き過ぎて怒る気力も無い。
もう何も考えられない。
このままではせっかくのセクシーダイナマイトバディーが台無し、お腹と背中がくっついてやせ細ってガリガリの鶏ガラ状態になってしまう。
「はいはい、お待たせね~」
エプロンの裾をヒラヒラさせながら、善悪がほかほかと湯気の立つアーリオオーリオぺペロンチーノ山盛りを運んでくる。
大皿にササッと手際よく取り分けて、
「はい、召し上がれ~」
とコユキの目の前に山盛りのぺペロンチーノを置く。
「いただきますっ!」
両手を顔の前でパンッ! と合わせた。
瞬間、コユキは、シュバッッ! とタバスコを手にし、目にも留まらぬ速さで適量を見事にパスタに振り掛ける。
その勢いのまま素早くフォークを構えたと思ったら、猛烈な勢いでぺペロンチーノを吸い込んでいく。
力強い吸引力だ。
ダイ○ンの技術をもってしてもコユキの吸引力には敵わないであろう。
元気を取り戻したようなコユキの様子を見て善悪は、
「おかわりあるからね~」
と満足気な笑みを浮かべていた。
「ふぅぃ~っ…… ゲェップ」
豪快にゲップをし、やっと心も胃袋も落ち着いたコユキであった。
善悪は三キロのパスタを準備し、その内およそ二キロ(一人前二百グラムとして)十人前をペロリと平らげたコユキだった。
もちろん善悪も一緒に食事をしたので残り少ないペペロンチーノを見て、
「我ながらいい読みであった」
と自分を誉めるとともに、ほっと安堵(あんど)した善悪だった。
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