幼い頃から兄の影響でベースという楽器を知り音楽の世界にのめり込んだ。
小六で友達と隣のクラスの先生と一緒にバンドを組んで発表した時、自分はこの道に進んでいくんだと幼いながらも将来を決めていた。学校にもあまり行っていなかったし、友達だって少ない人生。このままでも別にいいんだけども。
だけど中学三年生のある日、キラキラしたものが自分に近づいてきたのだ。
「ねぇ!大森ってさ、音楽やってるんでしょ?」
若井滉斗。コイツのことはよく知っている。サッカー部に入ってて女子からモテる、自分とは全く違う世界にいる所謂「陽キャ」とかいうやつ。最近ギターを始めて音楽仲間を探すという目的から僕に話しかけてきたらしい。
「良かったら俺と一緒にスタジオ入らない?」
どうせモテたいからとか中途半端な理由で誘っているのだろう。そんな生半可な気持ちじゃ付き合いきれないし、やる気の差ですぐに離れていく。そうしたら関わらない方がまだマシだ。
「ごめん、僕本気でやってるから」
「え~!お願い!ギター教えてよ!」
「初心者用セットあるでしょ?動画サイトとかさ色々あるんだから使っていきなよ」
「俺は大森に教えてもらいたいの!」
「はぁ?」
全く理解できない。動画を見ろと言っているだろ…
「だってさ、動画の人たち何言ってるか分かんないんだもん」
確かにプロが教えるってなると難しくなってしまい気はする。自分自身も兄にマンツーマンで教えてもらってたから出来たみたいなところあるし。それでも絶対に教えないけどね。こんなキラキラした人と関わりたくない。怖いし、鬱陶しい。ウザイのをあしらって明日からいつも通り……とか思いっていたのだが、次の日もアイツは話しかけてきた
「大森は、なんのバンドが好きとかあるの?」
今日はギターの話ではなく、音楽の話。ギターの件は諦めたのだろうか。それとも僕に近づくための話題作りとか?僕に近づいたところでなにも無いというのに
「大森~、無視しないでよ~」
「はぁ、他にも友達いるでしょ?その人たちと話しなよ。」
「音楽の話は大森としか出来ないもん」
「そんな事ないよ、ほら、行った行った」
「え~……」
どれだけ適当に返しても毎日話しかけてくる。無視したら一人で勝手に喋って、話しかけられたくないからと休めば次の日に何をしていたのかとうるさい。
それから暫くして、若井滉斗への印象が苦手から嫌いに変わった頃、中学生のビッグイベントである修学旅行が迫ってきていた。
四人から七人の行動班、四人部屋。全て自由なのでいつメンで組もうとしたが生憎自分達のグループは三人。最低四人必要なので後一人足りない。どうしようかと悩んでいたら
「ねぇねぇ、俺のグループ上限より多くなっちゃったからさ、入ってもいい?」
と声をかけられた。正直これ以上悩みたくはなかったが、コイツとなると話は別だ。
「えっと……」
「わ、若井……だよね?入ってくれたら俺達も嬉しい!」
「お!?まじ⁉︎」
友達がそう言うなら仕方ない。問題はここからだ。最大七人、つまり三人の入る隙が。そして若井滉斗が入ったと言うことは女子たちが押しかけてくる可能性がある。ほらみろ、こちらをチラチラと見てくる女子グループが複数出てきた。
「若井くん、私たち三人グループなんだけど、入れてもらえたりしない?」
「あぁ、それは、大森たちが……いや、やっぱごめん。他の所に頼んでもらえる?」
「わ、わかった、ごめんね」
「え……」
こちらの様子も伺わずに女子からの誘いを断った。意図が全くつかめない。
「あ、もしかして断らないほうが良かった?」
「いや全然大丈夫だけど、そっちはそれで良かったの?」
「俺は女子よりも大森と喋りたいからね!」
「……あ、そう」
「相変わらず冷てぇ……」
それから何人もの女子に話しかけられたが若井滉斗が全て断ってくれたらしい。理由を聞いても「大森と誰にも邪魔されずに話したいから。」としか答えなかった。
修学旅行の中での自由行動など色々決めることがある日は全て休んだ。理由は若井滉斗と話したくないから。友達にはどこでもいいと伝えたので何とかしてくれているだろう。
そして修学旅行当日。休もうと思ったのだが準備やらなにやら親が終わらせてくれたみたいだし、無理にでも行かなければならなかった。
「大森!今日は来てくれてよかった~」
「本当は休む予定だったんだけどね」
「え、なんで」
「お前がいるからだよ」
「俺!?」
中二生徒全員が揃って新幹線に乗るホームまで一斉に進む。こんなに学生がいて、普通に使う一般人は本当に迷惑だろうな。そういえば自分の席はどこだろう、しおりは貰ったものの集合時間しか確認していない。取り出すのもめんどくさいしメンバーに聞くか。
「そういや、僕の席どこ?」
「元貴は俺に着いてくれば大丈夫だよ」
「え、なんで」
「なんでって、俺の隣だから。あ、ちゃんと窓側にしといたよ!」
別にどっちでもいいんだけど……、なんで窓側の方がいいと思ったのだろうか。
なんかコイツ窓から景色見るために乗り出してきそうだし通路側の方がいいかもしれない。いやでも窓からいい景色を見つけて自分に話しかけてくるかもしれない。どっちがいいんだろう。
「僕寝るだけだし、通路側でいいよ」
「俺も寝るから気にしないで大丈夫だよ」
「え、お前寝るタイプなの」
「昨日楽しみにしすぎて寝られなかったんだよね~」
そう言って少し恥ずかしそうに笑う。一瞬ドキッとしたのはおそらく気のせい。陽キャって前日に寝られなくても騒ぐものだと思ってた。静かにしてくれるならなんでもいいけど、意外だな。
新幹線が来て順番に中に入る。席に座ると隣のヤツがすぐに寝る準備を始めた。ブランケット、アイマスク、耳栓……。昨日眠れても普通に寝るつもりだっただろコイツ
「目的地までどんだけで着く?」
「僕が知るわけないでしょ」
「そりゃそうか、んじゃ、おやすみ~」
新幹線がゆっくりと動き出す。寝るだけと言ったが昨日はぐっすりと眠れてしまったため睡魔が襲ってこない。しおりでも見てこれからの流れを確認しておこう。メンバーにずっと迷惑をかけるわけにも行かない。
一通り頭に入れてしおりから目を離す。ふと景色を見てみると、とっくに東京とは言えない田舎に入っていた。新幹線の中は一般人もいるからかすごく静かで、頭の中がメロディーで溢れる。皆に内緒で持ってきた携帯を取り出して、作曲のアプリで脳内に流れてきた音を落とし込む。
一時間ほど経って隣が大きくガサゴソと動き出した。やばい、携帯を隠さなければ、と思ってた頃には既に遅かったらしい。
「なに、してるの?」
「あ~…、内緒に、してて欲しいんだけど……」
「ん、いいよ。内緒にするから何やってるか教えて?」
「……曲作ってたの」
「え、いいな、聞かせてよ」
「まだ出来てないからダメ、出来たとしても聞かせるわけないでしょ」
「先生に言っちゃうけど」
弱みを握られてしまった自分に拒否権はないらしい。修学旅行中に携帯が使えないのは死活問題だ。けれど未完のものを聴かせたくもない
「……ごめん、未完成だから出来てからでもいい?制作途中のものあんまり聴かせたくない。」
「出来てるものは持ってきてないの?」
「あぁ、うん、持ってきてない」
もちろん嘘だ。携帯にデータはたくさん入っているので、いくらでも聴かせることはできる。
「そっかぁ、残念だな……」
「ドンマイ」
「適当じゃん……。てか、俺どんだけ寝た?」
「一時間半ぐらいじゃない?」
「結構寝たなぁ、もうそろそろ着く?」
「後もう一時間半だね」
「わ、まじ?そんなかかんの?」
「もう一回寝られるよ」
「寝て欲しいだけだろ」
バレたか。今こうしている最中にもメロディーが浮かんできているから早く落とし込みたい。
「作曲してるところ見せてよ」
「集中できないから無理」
「ちぇー、まぁでも、昼ごはんそろそろでしょ?起きとくわ」
「あーそっか、忘れてた」
暫くしてお弁当が運ばれてきたが、箱の見た目でわかる。これ食べられないものが多いやつだ……
箱を開けてみると案の定食べられるものが少ない
「大森?どうした?」
「え、あぁ、食べられるもの、少なくて」
「じゃあ、食べられるヤツだけ教えて?そしたら俺の分もあげるよ」
「え……」
「んで大森の嫌いなものちょうだい、俺は全部食えるから」
「いいの?」
「うん、任せて」
「ありがと」
こういうところがモテるんだろうな。なんかムカつく。しかも女子相手にやるべきであろうことを男相手の僕にしてくるところも余計にムカつく。
「チッ……」
「え、なに、こわっ」
お昼ご飯を食べ終えた後は隣のヤツも寝て、自分は作業を再開した。一時間も経つとそろそろ着くという案内が車内中に流れる。だが起きる気配がない
「起きて、もう着くってよ」
ゆさゆさと体を揺らすとモゾモゾと動きだした
「ん……早くない……?」
「そんなことないから、はやく降りる準備して」
「はーい」
「すっげぇ!東京じゃないみたい!」
「東京じゃないんだよ」
「あ、そっか」
今日は現地に到着したらそのままホテルに行って終了らしい。
部屋班のみんなで夜ご飯を食べに行き班長会議やら風呂やらいろいろ終わらせ、あとは寝るだけ。自分は新幹線の中で寝なかったから眠くなっていて普通に寝ようとしていた。
「大森、大森!」
「なに?僕もう眠いんだけど」
「そんなこと言うなよ~、夜はまだ始まったばっかりじゃん!」
移動中ぐっすりと寝ていたのはコイツだけでなく他のメンバーもだったようで、まだ寝る気はないらしい。
「滉斗ってなんで元貴のことが気になるの?」
もう名前呼びになっているのね
「俺最近ギター始めてさ、大森に教えてもらいたくて!」
「なるほど!元貴も教えてあげればいいじゃん!」
「やだよ、僕コイツのこと嫌いだもん」
「ひどっ!そんなにストレートに言わなくてもいよくない!?」
「言わなくても嫌いって伝わってたでしょ」
「そうだけどさ~」
本格的に寝る支度をしていると、すぐに声が小さくなり僕に話しかけなくなった。それでも会話が聞こえてくるので、ちょっとした睡眠BGMとして盗み聞きをしていた。
「滉斗は何キッカケでギター始めたの?」
「あるバンドのギターが超かっこよくて!俺もその人みたいになりたいな~って思ったんだ」
「へー!なんてバンドなの?」
「あんまり世には出てないんだけど、〇〇って言って……」
「っ!そのバンド好きなの!?」
「うぉっ、びっくりした」
単語が聞こえた瞬間に起き上がったからか皆がビクッと反応する。
「うん、あんまり有名じゃないけど……ギターかっこよくて好きなんだ」
「わかる!ギターロックですごいカッコイイよね!最近出た曲とか、その前のシングルとか……」
「お、大森……?」
「あっ……ごめん……」
まさかこの話が伝わると思っていなかったので、思いっきり語ってしまった。流石のコイツでも引いている
「ううん、全然いいよ。もっと話そ?」
その言葉を機に音楽の話で盛り上がり、就寝時間をすぎてもずっと話していた。
「おはよ、元貴、起きて」
「ん……」
「ほら、早くしないと朝ごはんに遅れちゃう」
「あぃ……」
夜更かししていたからすごく眠い。でも楽しかったからなんでもいいや。
服を着替え、髪をセットし朝ごはんを食べに行く
「元貴これ嫌いだったよね、俺食べるよ」
「え、ありがと」
昨日のお昼ご飯のことを覚えてたらしい。バイキングじゃなかったから凄くありがたい。こういうところがモテるんだろうなを二日連続で味わうとは思ってなかった。
昨夜のことがあってから、若井滉斗との距離がグッと短くなった感じがする。移動最中は相変わらず寝ていたが、夜になると好きなバンドの話をしたり、自分の作った曲を聞かせたり感想を聞いたりでとても楽しかった。でも、そんな修学旅行も今日で最後
「最終日か~、というか最終日なのに新幹線乗るだけで終わりって……」
「楽しかったね」
「まだ終わってないから!」
「はいはい」
帰りの新幹線に乗り、しばらくすると景色が動く
「あれ、今日は寝ないの?」
「最終日だから堪能したくてね。次の学校の時はまたらアイツらと遊んで元貴と話せなくなりそうだし」
「そうだね……」
「寂しい?」
からかうようにして聞いてくる
「寂しくないよ、教室で会えるし」
「それもそうだな!」
「でも、もっと話したいからさ、来週から一緒にスタジオ入らない?」
「え?」
音楽の話をしていくうち、コイツもモテたいからという理由でギターを始めていないことが分かった。純粋に音楽と向き合っているコイツの音を聞きたい。
「嫌だったらいいんだけど」
「絶対行く」
「ん、じゃあ僕がいつも使ってるところ予約しとくから。場所も送っとくよ」
「まじか、嬉しすぎ……」
「これ、連絡先」
「ありがと!絶対連絡する、楽しみ~!」
その後も静かな声で雑談をしているといつの間にか眠くなって意識が遠のいていった
「元貴~、滉斗~、起きて~」
体が誰かにゆらされて目が覚める
「お、元貴起きた?ほんと、この修学旅行で滉斗と仲良くなったよね~」
起きたばかりでボーっとしていたが、何故こう言われたのかすぐに分かった。若井の肩に寄りかかって寝ていたらしい。
「若井、起きて、もうすぐ着くってよ」
「はーい…おはよう、元貴」
「うん、おはよう。早く帰る準備するよ」
「ん、わかった」
新幹線から降りて後は各自で帰宅。一斉に動くから少し経ってから若井と二人で電車に乗って帰った。
家に着いてからは若井とスタジオの約束をしてそのまま眠りについた。
週末を挟んで普段の学校生活に戻る。
「元貴!おはよう!」
「おはよう」
「スタジオは帰る途中で行くの?それとも一旦帰ってから?」
「帰ってからでしょ、楽器持ってないじゃん」
「あ、そっか。どこで集合?」
「現地でいいんじゃない?」
「おけ!楽しみにしてるね!」
これだけ話して若井はいつもの友達の場所へ戻って行った。
つまらない授業ばかりの一日が終わり、いつもより少し早く歩いて家へ楽器を取りに行く。まだ時間はあるが思ったよりも楽しみすぎて落ち着かない。少し早いかもしれないけど家を出てしまおう。
スタジオの少し前に着いたが既に若井がいる。あれ、時間間違えちゃったっけ。メッセージと時計を見比べてもまだ二十分ほど時間がある。もしかしたら若井の方が間違えてたのかな?
「やっほー、若井。早くない?」
「元貴こそ早くない?まだ二十分あるよ」
「え、あ、そうだよね、若井が時間間違えてたのかと思った」
「間違えてないよ、楽しみすぎて早く家出てきちゃった」
若井も同じだったんだなと嬉しく感じる。まだ少し時間があったのでカフェで時間を潰してからスタジオに入った。
やっぱり音楽の趣味が合うやつとやると楽しい。あっという間に時間が過ぎてもう帰る時間
「次はいつ来る?」
「んー、とりあえずまた来週かな。予約するの結構前じゃないといけないから」
「じゃあ、来週だけでもいいからさ、俺が部活ない日全部に予約することって出来る?」
「できるけど、お金かかっちゃうよ?」
「大丈夫!予約だけ頼んでていい?」
「わかった。」
来週だけ若井が部活ない日にスタジオを予約して、再来週からは週に一回はスタジオを予約した。
学校でもよく話すようになったし、校外学習の班には当たり前のように若井がいた。だが中学三年生の二学期に仲良くなったから、あっという間に卒業式。
若井は公立の高校に行って、僕は通信の高校。学校が違くても一緒にスタジオに入ってくれるらしい
「元貴ーーー!!!」
「うぉっ、なんだよ」
卒業式が終わって皆で暫く会えないね~なんて話してると泣きながら抱きついてきた
「暫く会えなくなっちゃう…」
「いや、一緒にスタジオ入るんでしょ?ちゃんと会えるじゃん」
「そうかもしれないけど!学校で会えないじゃん!」
「そんなこと言われても…」
「うん!よし!元貴、バンド組もう」
「急すぎ」
「そしたら、元貴と長い時間一緒に過ごせるし!」
でも、若井とバンドを組んでみたいって最近はずっと思っていたから、いいかもしれないな。
「いいよ、僕も思ってた」
「まじ!?明日スタジオ行く予定だったよね?そこでバンド名とか全部考えよ!」
「う、うん」
勢いが良すぎてついつい頷いてしまった。ちょっと追いつけてないけど、楽しそうだからいっか
卒業式が終わって次の日、若井ともう一人の友達とバントを組んだ。暫くはその三人でバンドを続け、少しするとドラムが入ってきた。同級生が抜けて、新しいベースの人が入る。これからずっとこの五人で楽しくやって行けるんだろうな。とかこの時の僕は呑気に思ってた。
「みんなにご報告がございます!」
五人全員がスタジオに集まって声を上げる若井。
「俺、彼女出来ました!!」
一瞬だけ空気が固まる。でもみんなすぐに理解して、おめでとう、とか、お幸せに、とか色々言っている。そんな中僕一人だけが取り残されていた。
「あれ、元貴?どうかした?」
メンバーの一人が僕にそう話しかける。あ、そっか、今はお祝いしないと
「んーん、なんでも?いやーあの変態な若井が女の子と付き合えるなんてね~」
なんとか笑いながら反応する。大丈夫かな、上手く笑えているかな。
「それは中学の時の話じゃん!」
その後もどんな彼女だとか今度デートするとか色々話していたが何も覚えていない。反応するだけで精一杯だった。なんで?僕と長い時間一緒にいたいとか言ってたじゃん、彼女できるとそっち優先になるんじゃないの?とかいう初めての独占欲が湧き上がってくる
なんで急にこんな気持ちが?と考えてもすぐに思いつくのは、若井のことが好きだったから。というものだけ。いやいや、そんなわけないだろう。ずっと一緒にいたから奪われてしまった気持ちになっただけ。
だけど、若井から毎日のように彼女の惚気話を聞いていると勝手に増えていく嫉妬心。この気持ちが「恋」だと認めるのにそう時間はかからなかった。いつから好きだったのだろう…。とりあえずメンバーに勇気を出して若井のことが好きだと相談してみる。
「え、うん、知ってるけど」
「…?なんで?」
「いや、だって、あれは恋してる顔だったよ」
「い、いつから…?」
「五人揃ってる時にはもう好きだったよね」
「私が入った時も多分好きだったんじゃない?」
「気づいてなかったの元貴と若井だけだよ」
「若井に彼女が出来たって聞いたとき元貴の心配しかできなかったわ」
「ほんとそれ、お祝いしながらも元貴大丈夫かな~?って」
ぼーっとしてる自分を置いて皆が話し始める。暫くして頭の処理がようやく追いつき、自分の世界から抜け出す。
「あ、戻ってきた」
「マジで気づいてなかったんだねー」
「彼女できたって言われた時に気づいた」
「やっぱりショックだった?」
「うん、その時はなんでショックだったか分からなかったけど」
それからも質問攻めが続いて、二十二時に解散。ちなみに若井は彼女とデートに行ってたらしいので今頃家に帰っているだろう。それか…いや、考えるのはよそう。
高校を卒業しても、若井は彼女と付き合っていた。正直、高校生カップルなんてすぐに別れるだろうと思っていたがそんなことは無いらしい。
若井が彼女と付き合って五年。メジャーデビューもして、ツアーも回り、テレビにも沢山出させてもらった。本人に伝えられないからといって、今まで何曲のラブソングを書いてきただろうか。『Just a Friend』とか気づくと思ったんだけどなぁ…。思ったよりも鈍感らしい。
これからも若井を思ってラブソングを書いていくのだろうと考えていたら
「元貴…」
と、とても沈んだ声で話しかけられる。こういう時は大抵彼女と喧嘩した時だ。最近喧嘩が多い気がするな
「また喧嘩?どうせ今回も若井が悪いんでしょ」
「違う、彼女と、別れた」
「え、」
五年間という長さ、しかも二十三になる歳。そろそろ結婚をするのかと思いきや、別れてしまったらしい。確かに最近はバンド活動が忙しくなって喧嘩をしたと聞くことが多くなっていた気がする。嬉しいけど、少しの罪悪感も芽ばえる
「ごめん、バンド忙しくしすぎた」
「大丈夫だよ、確かにバンドが忙しいから会えてなくて別れたけど、そんなんだったらいずれ何しても別れてただろうし」
「そっか」
気まずい雰囲気が流れる。少しすると残りのメンバーが全員スタジオに入ってきた
「え、何この空気」
「お葬式?」
「若井が彼女と別れたんだって」
「えっ!?あんなにラブラブだったのに…って、最近は喧嘩ばかりしてたんだっけ?」
「そう…」
「じゃあ今日は早めにリハ終わらせて呑みに行っちゃおうか」
「最年長が奢ってくれるってよ」
「まじ?」
「言ってない言ってない!いやでも今回ばかりは奢ってあげるよ」
「みんなありがと…」
予告通り早めにリハを終わらせ、若井を慰める会を始める。酒の弱い彼はすぐに酔っ払って泣きながら彼女について語ってた。それを聞いている最年長も酔っ払って泣きながら話を聞いていた。
「元貴、良かったね」
「なんで?」
「若井、今フリーだよ?アタックしちゃいなよ」
「そんなこと言われても、何回ラブソングを書いてもアイツは僕のこと意識しなかったんだよ?」
「そうかもしれないけどさ、行けるかもしんないじゃん。」
「…じゃあ、ちょっとだけ、頑張ってみる」
「うん!応援してるよ!」
その日から僕は今まで以上に若井と一緒にいることにした。ボディータッチも増やして、恋愛曲だっていかにも若井のことだなって曲も増やした。
「最近ラブソング多いね」
「そう?」
「うん、すごい純粋で可愛いと思う」
「えっ」
「ん?どうした?」
「いや、なんでも…」
びっくりした。可愛いなんて言葉を若井から聞くことなんて彼女関連でしか無かったから。アプローチしている身ではあるが、期待をしてしまうのでやめて欲しい。
その事があってから一年後、活動休止を発表しゆっくりとすごしていた。各々海外に行って音楽を学びたいとか、基礎練をしたいとか目標を立てていたのだが、コロナウイルスの関係で全て無しになってしまった。でも、そんなある日若井から連絡が来る
「元貴、俺さ涼ちゃんと高野と三人で同居することにした」
「そうなの?いいと思う」
なんで?二人も僕のこと応援してたじゃん。高め合いたいからという理由だってことも全部わかっているけど、好きな人と一つ屋根の下なんて嫉妬で狂いそうだった。
「ごめんね、元貴。」
「ううん、大丈夫だよ」
「ちゃんと、応援してるからね。近況情報もちゃんと送るよ」
「そんな事しなくても、僕は二人のこと信用してるから」
「…そう?でも、何かあったら連絡するね」
「わかった、同居生活、楽しんで」
好きになったばかりの僕だったら今頃ここで柄にもなく怒鳴っていたかもしれない。そう考えると成長したな。なんて、何を思っているんだろう僕は。色々あって精神をやられているのかもしれないな。その日は何も考えずに寝てしまった。
休止中に俺はソロ活動をはじめて、仕事が入ってくるようになって、そろそろ再開しようかという時にメンバーが二人居なくなった。このまま解散しようと思ったが、脱退する二人がそれを拒み三人でやっていこうという話になり、脱退を発表することになった。
十二月二十九日、ファンにお知らせを届ける前日に若井から呼び出された。脱退をすると言われたと同時に同居も終わったから若井の家に行く。
前に貰った合鍵でドアを開けリビングに行くと何やら神妙な面持ちでソファに座っていた。
「若井?どうしたの?」
「話したいことがあるんだ」
彼女と別れた時よりも重い表情。まさか、脱退するとか言うんじゃないよね?
「若井、僕、若井が脱退したら嫌だよ」
「脱退、うん、そうだね、」
「え、ほんとに脱退しちゃうの?」
嫌な汗が溢れ出る。もしかして僕の気持ちがバレたからバンドに居ずらくなってしまったのか?悪いことばかりが思い浮かんで冷静に物事が判断できない
「脱退、するように、なっちゃうかもしれない。でも聞いて欲しいんだ」
「っ、いやだ、聞きたくない、」
これ以上メンバーを失いたくない。そんな思いで必死に耳を塞ぐ
「もしかしたら、脱退しないで済むかもしれないから聞いて欲しいな?」
僕の気持ちも知らないで圧倒的力の差で耳から両手を外される。
「やだ、ほんとに聞きたくないの、」
涙をボロボロと流していると、若井から息の吸う音が聞こえた。あ、言われてしまう、また、一人、
「元貴のことが、好きです」
……え、今、なんて、
「彼女と別れた理由さ、バンドが忙しいからってのも少しはあったんだけど、大半は俺が元貴のこと好きだったから」
「え、どゆ、こと、ちょっとまって」
「俺も無自覚だったんだけどね、言われて気づいちゃったの。元貴のこと好きなんでしょ?分かるよって」
なんで、たったそれだけで心が変わるものか。あんなに彼女に一途だったじゃないか。
「気づいてないだけで、彼女と居ても元貴について話すことがほとんどだったし、彼女よりも元貴の予定を優先してた」
制止の声も聞かずに話を続けていく。後半の方は何を言っているのか分からなかった。分かったことは彼女に言われて僕への気持ちに気づいたということだけ。
「何言ってるか分からないって顔してるけど、この話だけはちゃんと聞いて欲しい。」
「…なに、?」
「今日、話したことには理由があるの。正直この話を聞いて気持ち悪いって思ったかもしれない、もしかしたらこの人と活動していけないとまで行ってるかもしれない。だから、今日告白して、返事を聞いて脱退するかどうか決めようと思ったんだ」
気持ち悪いなんて思うわけが無い、僕もずっと好きだった。そう言いたいが今の自分からその言葉が出てこなくて焦ってしまう。
「重い決断をさせてごめん。でも、その覚悟を持って今日ちゃんと話してる。ゆっくりでいいから、落ち着いて、まとまってからでいいよ」
そんな言葉も聞こえずに一生懸命に頭を回転させていると、暖かいものに包まれる。その事にも戸惑ってしまい余計に焦ってしまう。
「大丈夫だから、ゆっくり、ゆっくりね」
耳元で好きな人の声が聞こえる。抱きしめられているんだと気付き、それだけで安心して涙がこぼれ落ちた。
「あ、のね、」
「うん」
「僕も、僕もずっと、」
呼吸を整えて、若井に言われた通りゆっくり。抱きしめてくれていた腕を解き、目に溜まった涙を落とし、若井の目をしっかりと見て
「若井のことが、好きでした。」
そう言うと先程よりも強くギュッと抱きしめられる。僕もそれを受け入れるように背中に腕をまわした。
「ほんと?ほんとなの?元貴」
「嘘つくわけないだろバカ」
さっきまであんなに覚悟を持っていた声だったのに、今は涙声なのがとても愛おしい。
二人で顔がぐちゃぐちゃになるまで泣きまくり、落ち着いてからお互いに顔を見てぐちゃぐちゃだねって笑いあった。若井が、暖かいお茶を用意してくれたので、それを飲むと
「元貴、さっきの答えさ、ちゃんと元貴の本心?」
今更何を言っているのだ、さっきまで一緒に泣いていたのに。
「本心だよ、なんで?」
「その、断ると脱退するみたいなこと言ったから、脱退して欲しくないからそう言っただけとか、ないかなって」
「…さっきも言ったけど、僕、ずっと前から若井のこと好きだったんだよ?」
「そう、だね、」
「ほんとにずっと、若井に彼女から出来てから苦しんでたんだから」
「待たせてごめんね」
「ほんとだよ」
両手で持っていたコップを机の上に置き、若井に思いっきり抱きつく。
「わっ、びっくりした」
「若井と付き合えるなんて、夢みたい」
「ほっぺ抓ってあげようか?」
「うん、お願い」
少し痛いかなという強さで頬を抓られる
「どう?痛い?」
「うん、痛かった、現実なんだね」
「俺のも抓ってよ」
「ん、いいよ」
若井に抓られた時より少し強くする
「いたっ!俺の時より強くしたでしょ?」
目は睨んでいるが口元は軽くにやけている、きっと僕と同じで今はずっと嬉しい状態なんだろう。
「バレた?でも、夢じゃなかったでしょ」
「うん、ちゃんと現実だった」
痛みを感じても、まだ夢心地だ。もう一度ギュッと抱きしめ、ずっとこのままで居たいなと思っていたら、上の方から「元貴」と呼ばれた。
体を起こして目を合わせて少しすると、唇に柔らかい感触が走る。驚いて何も反応できなかったが、顔を離された瞬間にキスをされたのだと気づいた。
「ちょっと、僕ファーストキスだったのに」
「え、そうなの?ごめん」
「しょうがないから許してあげる」
そう言って今度は自分から若井に顔を近づけた。
「元貴からしてくれるなんて」
「びっくりした?」
「うん、ビックリした」
そういえば、せっかく付き合ったのに、ちゃんと伝えてないことがあったな。
「若井」
「ん?」
「大好きだよ」
「俺も、大好き」
最後はどちらからともなくキスをした。
久しぶりです。実はリア友のみんなで合同誌を書くために、お休みをさせて頂きました。最後の最後までやらなかったので結局2月に入っても何もできませんでしたw
この話は合同誌で書いたものです。あ、nmmnですので販売はしませんよ。友達内でやっているものなので本としては世に放たれません。
もしPDFで欲しかったらコメントかましゅまろください。PDF用に書いたのでそちらの方が読みやすかったりします。Xもしくはインスタが無いと難しいですが…….
でもこちらとプリ小説の方で読めるのでね、楽しんでください。
これからは普通にアップしていくと思います。これからもよろしくお願いします。
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