澪蔦は昨夜、紘貴が部屋への侵入者を撃退する夢を見た気がした。一昨日のあの出来事で怯えることになった存在だと言うのに、こんな夢を見てしまうのは自身の幻想が夢に現れてしまったのだろうか。いや、違う。あの光景は夢ではなく、確かに現実に起こったことだ。外でうたた寝をしている桂丸の姿があるので、きっと昨夜に何かが起こったに違いないと確信していた。
しばらくするといつも通り紘貴が障子を開け、起こしにきた。しかし何故だか澪蔦は昨日の怯えた気持ちがなくなり、今日は少しだけ微笑んで「おはようございます」と挨拶をすることができた。紘貴は今日も澪蔦に怯えられると思い、その覚悟で部屋へ来たのだが予想外の反応に言葉を失った。
少しの沈黙の後、紘貴が口を開く。
「昨日はあんなに怯えた様子だったと思ったんだが。一日で普段通りの澪蔦に戻るとはな」
と、一見平然と言ったように思えるが澪蔦は、紘貴が涙を堪えて震えている様子がわかっていた。その姿にふふと澪蔦は微笑んで
「昨夜は私のことを心配してくれていたたのですか?」と問う。
「俺は仕事をしただけだ」
と返答した後、続けて
「それにしても、あのように酷くしたというのに何故普通に接してくれるのだ」と質問した。
澪蔦は穏やかに、あの日の紘貴は行為が終わった時にどこか悲しげな顔をしていたことや、昨朝に起こしにきた時の悲しげな顔のこと、昨夜の夜盗のことを挙げ、あの言葉は紘貴の本心ではないと見抜いていたのである。だが、紘貴の表情は厳しくなる。
「澪蔦。俺は澪蔦のことが好きだ。だが、俺は武士で澪蔦は貴族という身分の差があり、俺達が恋人になることは許されない。」
そう告げると澪蔦も先ほどの穏やかな表情とは打って変わって悲しさを浮かべた。
「そう…ですよね。身分の差はわかってはいました。紘貴と両思いなことを知ることができ、とても嬉しかったです。」お互いに気持ちを伝え合い、二人はいつも通りの生活へ戻っていった。
澪蔦と篁は今では共に詩を詠む仲となっており、澪蔦は篁のことをとても信用しているようだった。だが実は篁は澪蔦の敵となる右大臣側の人間であり、詩人と偽って澪蔦と接触していたのである。しかしここのところ、澪蔦美しい容姿や、繊細な詩に興味を持ち、やや執着的になっていた。一方で澪蔦の方も篁へ、同じ詩人としての共感や、紘貴との失恋を経験したことによる喪失感で少し心を許しかけていた。そして今日、二人の関係に進展があった。
「澪蔦様、あなたは本当に美しい…」
篁はそう言って澪蔦の頬に手を添えてきたので、いきなりの接近に澪蔦はぎょっとして後ずさる。
「い…いきなりどうしたのですか..?」
怪訝そうな顔をして澪蔦が問うと
「失礼しました。今のはどうか忘れてください。それでは」
と篁はそのまま部屋を後にしていった。澪蔦への想いが抑えきれなくなったのだろう。
翌朝。 澪蔦の元に篁から手紙が届いていた。その手紙には香袋が添えられており、恋の気持ちの証であるのは間違いないようだった。澪蔦はこれからどう頑張ったとしても、紘貴との恋が実らない現実に少し篁へ心が揺らぐ。
しかし紘貴と出会い、共に過ごしてきた時に感じたと胸のきめきで想いをどうしても諦めることができずにいた。すると障子が開き、そこに立っているのは篁だった。
「手紙読んでくださいましたか?今日は澪蔦様からのお答えを聞きにまいりました。」
だが、澪蔦はその問いに承諾するのではなく断ってしまった。身分差で結ばれぬとしても、澪蔦は紘貴だけを愛すことを決めたのだった。
その返答に篁は眉を顰めたと思ったがすぐ普段通りに戻り、挨拶だけしてその場を去った。
コメント
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え、うわぁ篁の告白断ったりして紘貴に一途なのすごい可愛いですね、!! 続き楽しみです!💕