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ヴァレンシア・ノワール。
黒い石畳がどこまでも続くこの都市は、永遠に夜が終わらないと言われている。
赤黒い月が空に浮かび、霧が路地を這うように流れ、鉄と血の匂いが混じり合った空気が肺に絡みつく。
そんな街の片隅に古びた看板が軋む音だけが響く一軒の建物があった。
“ルクシエル・アンダー”
依頼屋。 表向きは「何でも屋」だけど、裏の顔を知る者だけがそっと口にする名だ。
その中心に立つのは、【アリア】。
長い銀髪が闇に溶け込み、紅い瞳がまるで血の月を映したように輝く。
背中から生えた小さな黒い翼は、普段は服の下に隠されているけれど、感情が高ぶると勝手に震えてしまう。
悪魔と人間のハーフ。
不老不死の呪いを受け継いだ、永遠に少女の姿のままの存在。
今夜も、彼女はカウンターに肘をついて、届いたばかりの依頼書を眺めていた。
「マリオネット……かぁ」
紙には震えるような筆跡でこう書かれていた。
『娘が人形に操られている。助けてください。報酬は望むだけ。どうか……』
アリアの唇が、ゆっくりと弧を描く。
笑みとも嘲りともつかない、危うい表情。
「面白そう」
背後で、黒髪の青年がのっそりと姿を現した。
【ライト】。
化け猫の化身だけど、今は人間の姿。
傷だらけの体に、片耳の欠けた部分を隠すように髪を長めに伸ばしている。
妙に悠然とした雰囲気を崩さない、飄々とした男。
「また面倒なの選んだな、アリア」
「面倒な方が稼げるでしょ?」
「死なねぇのは便利だけど、痛ぇのは嫌なんだよ俺は」
「耐久力自慢のくせに~」
二人がそんなやり取りをしていると、天井からふわっと白い影が落ちてきた。
悪霊【セア】。
半透明の体で、いつも少し寂しげな顔をしている浮遊霊。
「……また、人形の話?」
声は風の音のようにかすれている。
「うん。今回は本物っぽいよ。糸が切れてるのに動いてる、って」
セアの目が、わずかに細くなる。
「それ……危ないかも」
「知ってる。だからこそ、行くの」
そこへ、最後に扉が静かに開いた。
人間の女性、【エルナ】。
黒いコートを羽織り、フードを深く被っている。
元殺し屋という過去を、誰もが一目で察するような静かな殺気。
「遅かった」
アリアがからかうように言うと、エルナは小さく肩をすくめた。
「依頼人の後をつけてた。……かなり怯えてる。本気で怖がってるわ」
「なら、なおさらね」
アリアが立ち上がる。
小さな体躯からは想像もつかないほどの威圧感が、部屋に満ちた。
「行くよ、みんな。この街 の闇に、また一つ、糸が絡まる夜が始まる」
彼女の紅い瞳が、楽しみそうに輝いた。
依頼人の屋敷は、下町の外れにある古い石造りの館だった。
門をくぐった瞬間、空気が重くなった。
中に入ると、廊下の中央に 白いドレスを着た少女の人形が立っていた。
糸は切れている。
なのに、首をカクンと傾げて、こちらを見ている。
唇が、ゆっくりと動いた。
『……おかえり、お母様』
声は少女のものじゃない。
もっと古く、もっと冷たく、もっと深い闇の底から響く声。
アリアは一歩踏み出し、微笑んだ。
「面白い人形さんだね。 誰が君を動かしてるのかな?」
人形の目が、ぎろりとアリアを捉える。
そして、
館全体が、まるで生き物のように震え始めた。