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王太子殿下は、あまりにも社交界に顔を出さないアルメリアに忠告したのだろう。アルメリアはそう思った。
「はい、以後気を付けます」
ムスカリは満足そうに頷くと、なにかを思い出したかのようにいった。
「そういえば、今度王室主催のお茶会があるのだが、良い機会だ。君にも出席してもらおう」
ムスカリが執事に目配せすると、執事は招待状を取り出しムスカリに渡し下がって言った。
「君の出席を楽しみにしている」
アルメリアはムスカリから招待状を受け取る。
「ご招待いただき、光栄でございます。必ず出席いたします」
その返事を聞くと、ムスカリは立ち上がったのでアルメリアは慌てた。お茶を飲みに来ているはずなのにムスカリはまだお茶を飲んでいなかった。自分がムスカリのお茶の時間を邪魔をしてしまったのではないかと心配した。
「殿下、今日の茶葉は希少なファーストフラッシュです。殿下はまだこちらにいらしてから、お茶を楽しまれていらっしゃらないですわ。私がお邪魔なら退散いたしますので、どうかこちらでごゆっくりお過ごしください」
そう言って立ち上がろうとするアルメリアをムスカリは制した。
「いや、実は今日、私には時間があまりない」
「そうなのですか? それなのにお邪魔してしまい本当に申し訳ありませんでした」
「かまわない、楽しい時間だった」
そう言うと少し考えてから続ける。
「それに、気まぐれで寄ったから毒味係も連れていないのだ。だがファーストフラッシュは私がもっとも好きな紅茶でもある。ひとくちだけでもいただこう」
アルメリアがお茶の手配をしてもらうため、メイドに声をかけようとしたその瞬間、ムスカリはアルメリアの手元にあるティーカップに手を伸ばし、アルメリアの飲みかけの紅茶をひとくち口に含む。
「冷めてはいるが、やはり美味しい。では、後日お茶会で」
微笑んでティーカップをアルメリアの前に戻すと、ムスカリはメイドたちと共に部屋を去っていった。
その背中を見送っていると、慌ててペルシックがやってきてアルメリアのティーカップを下げようとした。
「まだ入ってますわ」
アルメリアがそう言うと、ペルシックは無表情で答える。
「お嬢様にこんなものを差し上げるわけにはまいりません。直ちに下げさせていただきます」
明らかに怒っているようだった。
「私は気にしていませんわ。それに、希少なお茶ですし。殿下も毒味係がいなかったのだからしかたありませんわ。でも令嬢が飲み残しをいただくなんて端ないですわね」
すると、ペルシックはしばらくじっとアルメリアを見つめ、その後一息大きく息を吐くと言った。
「お嬢様、そういうことではごさいません。王太子殿下には専属のメイドと執事がおります。必要とあらば彼らが毒味役をすることでしょう」
そう言って、招待状を手に取りティーカップを下げていった。
アルメリアは、下げられていくティーカップを目で追いながら、ペルシックの言っていたことを考えた。まさかわざと殿下が自分の飲み残しを飲んだということなのだろうか? だが、ムスカリがそんなことをする理由も思い当たらず、にわかには信じられなかった。結局ペルシックが心配しすぎなのだろうという考えに至った。
そうしてぼんやりしていると、リアムたちや他の貴族たちが戻ってきて各々席に着いた。
「アルメリア、殿下になにか言われたのですか?」
心配そうな顔でリアムが言ったので、アルメリアは笑顔で答える。
「殿下は気が向いてこちらに立ち寄られたそうですわ。私に久しぶりに会ったので、驚いたようです。もう少し社交界に顔を出しなさいと忠告してくださいました」
「それだけですか?」
「えぇ、それだけですわ」
そして招待状のことを思い出し、付け加える。
「そういえば、王室主催のお茶会の招待状をいただきましたわ」
リアムは不安そうな顔をした。
「殿下直々にですか? では、今日こちらに殿下がみえた目的はそれだったのですね」
アルメリアはペルシックに続いてリアムもかと思い、笑いながら答える。
「まさか、そんなはずありませんわ。こちらにいらしたのは気が向いたからとのことでしたし、私も急に決めたことですもの、殿下は私がここにいると知り得ないはずですわ」
すると、リアムが困ったように微笑んだ。そして小声で話し始める。
「君を不安にさせまいと黙っていようかとも思ったのですが、話しておいた方が良さそうですね。先ほど部屋から廊下へ出た際に、こちらのドローイング・ルームの警護に当たっていた城内統括に会ったのです。その際に聞いた話では、殿下がこちらに来られる予定は昼頃に決定したそうです。そして城内統括が呼ばれたそうなのですが、その時点でアルメリアがこちらを利用することを、殿下はご存じだったそうです」
アルメリアは驚いたが、誰がその情報を宮廷に流したのかは直ぐにわかった。リアムとほぼ同時に、アルメリアはリカオンの顔を見る。リカオンは澄まし顔でお茶を楽しんでいた。
リアムはアルメリアが、自分と同様にリカオンを見ているのに気づき驚く。
そして、リカオンに聞こえないように、より一層小声でアルメリアに問いかける。
「御存じでしたか?」
アルメリアは頷き苦笑する。
「なんとなくですけれど。でもこういった情報の使われ方をするとは思っても見ませんでしたわ。見張りに徹するのだろうと思っていたものですから」
「流石ですね、最初から?」
「最初からですわ」
リアムも苦笑する。
「まさか、殿下もアルメリアに知られてしまったとは、思いもよらないでしょうね。ところで殿下に執着される理由に心当たりは?」
「クンシラン家という家名目的だと思いますわ」
「殿下に好意を持たれているということはありませんか?」
それは絶対にないだろうとアルメリアは思った。リアムはこの先の未来を知らないので、こういったムスカリの行動を、アルメリアに好意を寄せている上での行動と思うかもしれない。だが、アルメリアは知っていた、国王陛下がクンシラン家という家名を取り入れたいがために、アルメリアとムスカリを婚約させようとしていることを。