今日は天気雨。 狐の嫁入り。
昨夜の宴会が尾を引いて、宮のあちこちに、酔いつぶれた人たちが死屍累累。
いや、死屍累累は縁起が悪い。
いや、破茶滅茶に縁起のいい世なら、それも有り体に罷り通る。
ジョークは好きだ。
「あれ?」
すこし外の空気を吸いに出たところ、珍しいお客さんがいた。
堂々と入ってくればいいのに、律儀に門の辺りでゆらゆらと止まっている。
「お話しする?」
「是非とも」
彼にとっては何かと息苦しい浄域を離れ、下界を望む花の岸辺に落ち着いたわたし達は、そこで色んな話をした。
今までのこと。 これからのこと。
「罪を憎んで人を憎まず……。いや、あるいはその罪すらも」
“笑えるね?”とわたしが応じると、彼は真摯に首を振った。
「悪いのは自分。 人に罪は無い」
「でも、実際に悪いことをしたりするのって、そのヒト自身だよ?」
「自分が居なければ、それも無かったかと」
まったく頑ななヒトだと思う。
「あなたは、天の邪鬼?」
わたしが何気なく問うと、彼は珍しく憤慨した。
「とんでもない! あんなチンピラと一緒にされては困る」
「悪にも矜持がある」
わたしが呟(つぶや)くと、彼は「ぬ……」と言葉を詰まらせた。
「最古の悪業って、何だっけ?」
「それは……、殺しかね? やっぱり」
「相手は動物?」
「動物。 そうそう」
意地の悪い質問が元で、彼の地がわずかに垣間見えた。
「動物を殺して食べる。 でもそれって、生きるためでしょ?」
「そう、だな?」
「それは、あなたの親心?」
思い切って核心に触れると、彼は見事にずっこけた。
まるで年季の入った芸人さんだ。
「姉上が探してたよ?」
「………………」
「“あなたが居ないと締まらない。 っていうか、仕事が捗らない”って」
「は……ッ」
花畑に身を投げた彼は、雨降る晴天を眺めつつ、ぶっきらぼうに言った。
「今さらお前、どの面さげて会えってんだ?」
余人の心底に蔓延る悪を見抜くには、浄玻璃とは別に、同じ悪の眼をもって当たるのが一番はやい。
「“あなたの眼が欲しい”って」
「こわ……ッ? なにそれ、怖っ!?」
大袈裟な彼に、「そういう意味じゃないよ」と真面目に言う。
息を吐いた彼は、ふと居住まいを正し、穏やかに舌先を振るった。
「お前たちの周り、悪党がうろちょろしてたらマズいだろ?」
本当に頑固者だ。
頑固“オヤジ”という言葉が、驚くほどピタリと合う。
「昔々……、最初の悪事はあなたの所為」
「そう……」
「でも後は……、後に続く犯罪は」
「それもオレの」
「狐や狸の所為かも知れない」
「あん?」
折りしも、今日の空模様は狐雨だ。
これは、打ってつけの好材料。
もちろん、九尾を持つ友達に皺寄せる気は毛頭ない。
あの娘は本当にいい娘。 大の仲良し。
さておき、事実これまでの世の中には、狐か狸の仕業かと勘繰るような悪罪が、たくさんあった。
「狐も狸も浮かばれねぇやな。 罪を擦りつけられちゃ」
彼は、何が何でも“悪いのは自分だ”と言い張る。
自分の心根が悪を生み、地獄を産んだのだと。
でもそれは、ひとえに彼の“親心”だった事を、わたしは知っている。
先述の通り、なにを犠牲にしようとも、我が子らを生かすため。
同じく、母の親心から生じた天国が言うのだから、間違いない。
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