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一目惚れ
母親と手を繋いで行った神社。
そこで会った、ちょっと強引な男の子。
彼岸花が咲く季節の、淡い思い出の話。
その日は七五三で、神社にはたくさんの人がいた。主にいたのは着物を着た親子連れで、写真を撮ったり本堂で祈祷を受けていたりしている。
五歳になった太輔も、母親と一緒に神社に来ていた。普段着ている服よりは他所行きの綺麗な服を来て、辺りをキョロキョロと見ている。母親が動けば一緒についていき、真似をして同じように手を合わせた。
「たいちゃん、千歳飴も買っていこうね」
「うん!」
参拝を済ませ、社務所で売っている千歳飴を買う。長い飴の袋を太輔は嬉しそうにもらい、写真でも撮ろうかと場所を探している時に。
「あの子がいいー!」
大きな声がした。太輔がそっちを見ると、走ってきた着物の男の子が太輔の手を握った。
「!?」
突然の事に、太輔はただ固まっている。男の子は後から駆けてきた両親に、ぷうっと頬を膨らませた。
「この子と一緒に撮る!」
「ダメでしょ、たかちゃん。手を離して、ほら」
母親の声にも、その『たかちゃん』は首を振る。
「……すみません、うちの子が」
太輔の母に頭を下げたたかちゃんの母は、急に猫撫で声で太輔を撫でた。
「あの、うちの子と一緒に写真に写ってくれませんか? 写真はそちらにも贈りますし、着物も用意しますので」
「え、そんな……悪いですし」
「そんな事おっしゃらず、お願いします」
太輔の母は断ろうとするが、たかちゃんの母も引かない。たかちゃんは太輔の手を握ったまま、ニコッと笑った。
「えへへ」
その笑顔に、人見知りの太輔はちょっとだけ笑う。たかちゃんはそれを見て、得意げな顔になった。
「やっぱり可愛い!」
「……え?」
そうしている間に母親同士の話は終わったようで、今度はたかちゃんが母親と話をする。ようやく手が自由になった太輔は、母親の元に駆け寄った。
「ねえ、あの子、変な事言うんだけど」
「ふふ、あの子、太輔の事好きみたいよ」
えー、と太輔はたかちゃんを見る。何度か頷いたたかちゃんは、両親と一緒に写真を撮った。そして、太輔に手を振る。
「こっち来てー」
思わず母親の後ろに隠れた太輔だが、母親はそっちに向かう。母親と二人、一眼レフが向けられ、何枚か写真を撮られた。
「じゃ、行きましょうか」
たかちゃんの母親が言い、大きな車に乗る。太輔は何が何だか分からずに、とにかく母親についていく。
車は静かに発車し、隣のたかちゃんが太輔に箱を差し出した。
「ほら、食べていいぞ」
中にはクッキーや飴が入っていて、太輔は一つだけそれを摘む。赤い小さなキャンディー。
道には彼岸花が揺れている。車はやがて大きな建物に入り、止まる。降りると、そこは広い撮影スタジオだった。
「これは小山様、どうぞ」
中から出てきたスタッフに連れられ、スタジオに入る。太輔がキョロキョロしていると、女性スタッフがその手を引いた。
「お着替えしますね」
「え、え」
逃げようとしたけれど、母親も一緒にやってくる。小さな部屋に入ると、スタッフは太輔の服を脱がし、着物を持ってきた。
「きっとお似合いですよー」
「……やだ!」
それは女の子用の着物で、太輔は着せられてなるものかと首を振る。しかし、母親は困ったように太輔に言った。
「たいちゃん、一回だけ着てあげて。その後、男の子用の着物も貸してくださるそうだから」
近所の人が、「七五三、太輔くんはどんな着物を着るの?」と母親に言っていたのは知っている。父親がいなくなってから、新しい服もあまり買わないようにしている事も。だから、ちょっとだけ我慢したら、着物の写真を撮ってもらえるのなら。
「……分かった」
大人しくなった太輔に、スタッフは手慣れた様子で着物を着せ付ける。華やかなデザインの着物を着て少しだけ化粧をした太輔は、まるで女の子のようで。仕上げに赤い花の飾りを髪に付けられる。彼岸花を模した、赤い花。
「あら、可愛いですー。お姫様みたい」
スタッフの賛辞もとにかく恥ずかしい。そのままスタッフの案内で進むと、着物を直していたたかちゃんがいた。
「わあ、可愛い!」
「あら、ほんと」
たかちゃんが太輔の手を取る。二人で一段高いステージに立つと、カメラマンが手を振った。
「おや、可愛いカップルだね! こっち見てみようかあ」
カップルってなんだろう。太輔が思っているうちに、フラッシュが焚かれる。パシャ、パシャとシャッターが下り、撮影が始まる。
「ほら、手を繋いで」
そう言われ、たかちゃんが太輔の手を握る。驚いて目を丸くしたところをまた一枚。
「もっと近づいてみて」
カメラマンが楽しげにそう言う。どうしよう、と太輔が思っているうちに、たかちゃんが「ほら、こっち」と手を引いた。
「わあっ」
履き慣れない草履でつまずき、太輔はたかちゃんの方に倒れ込む。たかちゃんはそれを支えようとして……
むにゅっ
「……」
「……」
パシャ。シャッターの音。
唇と唇が合わさったまま、二人は固まっている。ゆっくり離れると、たかちゃんの唇に太輔が塗られた口紅が付いていて。
「あ、口が赤くなってる」
「えー!! お母さーん」
そんなハプニングに、撮影は終了したのだった。
「懐かしいなあ」
母親の遺品を片付けていたちょんまげは、丁寧に保管されていた写真を見て、そんな事を思い出していた。
写真には、母親と着物を着た小さなちょんまげが写っている。あの時は誰だか分からないあの男の子に振り回されたが、今となってはこんな写真を残せたのは彼のおかげだ。今でも七五三といえば、千歳飴よりも赤いキャンディーの甘さを思い出す。
いい思い出だ、と締めくくろうとしたちょんまげだったが、その写真と共に挟まれていた小さな写真を見て固まった。
(うわ、これ……黒歴史にも程があるやつ!)
とにかく隠してしまおう。片付けを手伝ってくれている恋人に見つかる前に。
そう思って隠し場所を探しているうちに、恋人のターボーはちょんまげの手から写真を取った。
「なんだよ、七五三の写真?」
「あ、ターボー、これは……」
はらりと落ちた、小さな写真。ターボーはそれを拾い上げ、「おおっ」と声を上げる。
「懐かしいなあ! 俺のアルバムにもあるぜ!」
「……え?」
着物の小さなカップルの、たまたま撮られたキスシーン。
「あれ? 何でちょんまげの家にもこれがあるんだ?」
ターボーが幼い日の一目惚れを思い出すまで、あと少し。
彼岸花の花言葉──再会、思うはあなた一人