「……伊織さん?」
伊織の手に自身の手を重ねて目を閉じていた円香は、彼の指が微かに動いた気がして慌てて目を開け名前を呼ぶ。
けれど、やはり気のせいだったのか彼の様子に変わりは無いように見える。
「……気のせい、か……」
そう呟きながら眩しさからカーテンを閉めようと思い窓の方へ視線を移した、その時、
「……まど……か」
すごく小さくて、消え入りそうな声で名前を呼ばれた円香はもう一度伊織に視線を向け直すと、
「……伊織……さん……?」
「まど……か……」
彼の瞳が開き、視線が自分の方へ向けられている事が分かった円香は、
「い……おり、さん……伊織……さんっ」
伊織の名前を繰り返し呼びながら堪え切れずに涙を流すと、緊張の糸が解けたのか、その場に座り込んで泣き出した。
「……っひっく……いおりさん……、いおり、さんっ……」
「円香……、なんで、泣くんだよ?」
「だって……、だって……伊織さん、ずっと、目、覚まさないから……っ」
「悪かったよ……」
「私……本当に、心配で……、不安で……っ何も、出来なくて……」
「もう、大丈夫だから、泣くなよ……」
怪我の痛みがあるものの伊織はゆっくり自身の手を上げると、泣きじゃくる彼女の頭に手を置いて、泣き止ませようと頭を撫でる。
「うぇっ……い、いおりさ……っいおりさぁぁんっ」
けれど、伊織のその行為は今の彼女には逆効果だったのか、彼の優しさに触れた円香は余計に泣き出してしまう。
そんな円香を前にした伊織は、死の淵をさ迷ったものの無事に目を覚ます事が出来、愛しい彼女の元へ戻ってこられた事を実感すると自然に涙が溢れていた。
伊織が目を覚ましてから数日が過ぎたある日、テレビのニュースで榊原がこれまでに行ってきた悪行の数々が公となり、それに関わっていた全ての人間たちが次々と逮捕されるという前代未聞の事態が起こり、世間を騒がせていた。
円香の父も疑いを掛けられたものの、関わっていたというより巻き込まれていただけなので罪に問われる事は無かった。
「あの時、伊織を撃ったのは榊原を慕う秘書の男だったが、奴らも全員逮捕された」
「そうですか。まあ、別に誰にやられたとか、今はどうでもいいっすよ」
「そうか。そういえば、来月には退院出来るんだって?」
「はい。まあ、退院しても暫くは安静ってのが条件なんすけどね」
「お前にはいつも大変な役回りを押し付けてるからな、こういう時くらいゆっくり休んどけ」
「いや、俺としては自ら選んでやってるんで、大変に思った事はないですよ」
「そりゃHUNTERとしては頼もしい限りだな」
「痛みも引いてきてるし、早めに仕事復帰したいっすよ」
「けどなぁ、それは彼女が許さないと思うぞ?」
伊織は身体を起こして忠臣と会話をしていると、
「伊織さん! まだ起き上がっちゃ駄目ですよ! 寝てなきゃ治りませんよ?」
見舞いで貰った花を花瓶に生けて病室へと戻って来た円香は身体を起こしている伊織を見るなり叱りつける。
「これくらい平気だって……」
「駄目です! 無理して傷が開いたらどうするんですか? 言う事聞いてください!」
「……分かったよ」
円香の気迫に押されて渋々ながらも伊織は布団に潜り込むと、その姿を見た円香は満足そうな表情を浮かべていた。
「あっははは、早速尻に敷かれてるなぁ、伊織は」
「いや、笑いごとじゃないんすけど……」
「まあもう暫くゆっくりしてるんだな。円香さん、後は頼むよ」
「はい、任せてください」
二人のやり取りを微笑ましく思いながら、忠臣は円香に伊織を任せて帰って行った。
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退院おめでとう🎉