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<守る価値のある場所>
2025-03-23
「…ん……」
目を開くと、真っ先に飛び込んでくるのは禍々しい程の紫色の空。黒雲が浮かぶその空が見えるということは。
「…っ、…アイル…!!」
必死に手を伸ばして、まだぼやける頭を無理やり起こして、彼を探す。
段々と視界も思考もクリアになってくる。ここは何処だ、学校の敷地内か。それとも、吹っ飛ばされてどこか別の場所へ来てしまったのか。いやそれはない、視界の端に学校らしきものが映っている。ならここは───。
「…アイル!」
視界の中に、ボロボロになった誰かが居る。
見覚えのある紫に、急いで足を動かす。
「………」
「…、嘘、だよね、…?」
近づいてみれば、”それ”はピクリとも動いていなかった。まるで、死んでしまったかのように。
「あ…あ……嫌、やだ、あいる、…、?」
あの日の記憶が再起される。
師匠が死んでしまったあの日の、もう思い出したくない記憶がフラッシュバックする。
「や、…っ、…やだ、!!嫌だっ、待って、置いて行かないで、アイル…!!」
“それ”に縋るように叫んだ。君まで置いていくのかと、心が黒く染まっていくのを感じた。
「死んでないよ。」
その時、ひんやりとした感覚が背中に走った。
「…つ、らら…?」
その声はツララの声。落ち着くような、低い声。
「…ちゃんと呼吸してる。ただ気絶してるだけだよ。」
「早とちりもいい所です。ここに来た時と言い、なんで貴方は勝手に人を殺すんですか?」
後ろにはオーターもいて、その呆れた声は自分の耳にはっきりと聞こえてくる。
「アイルは、死んでない?」
「えぇ、呼吸も安定してますし、あと数分もすれば起きるんじゃないですか。」
「…よかった、…」
安心したからなのか、体の力が抜ける。その湿った冷たい地面に体を預けた。
「…私とツララは破損した校舎を直してきます。その間に済ませるように。」
そう言って、段々と視界から2人がフェードアウトしていった。
「…、!…うん、ありがと。」
聞こえないだろうけど。
やっぱり彼は優しい人だな、とクリアになった頭の中で思う。
出会った時も、この前も…そして今も。オーターは多分、誰よりも不器用で誰よりも心配してくれる人だ。だから、いつも遠回しながらも自分のことを考えた言葉をくれる。 それが嬉しい。
少なくとも、その言葉をずっと覚えていたいなと言うくらいには嬉しい。
「…なんで本気出さなかったの」
小さな声が隣から微かに聞こえた。
「アイル…起きてたんだ」
「砂の神杖様が勝手に人を殺すなって言ったところからね。…それで、なんで?」
「随分前から起きてたんだ。…なんで、って、何が?」
「…風の神覚者であるキミが、なんであの程度の出力で収めたのかって聞いてる。キミなら、この学校…いや、この世界くらい今にでも壊せるでしょ。なんであんなしょぼい威力で留めたの。」
流石にそれは誇張しすぎだと思ったが、それよりも私には気になることがあった。
「…その称号名、いつ誰から聞いたの?」
「は?今はそんなの関係な…」
「いいから。私が答えるのはそのあとだよ。」
「…セルくん。」
少しの沈黙のあと、アイルの口から紡ぎ出された声は予想外のものだった。
「…え?」
「…セルくんから教えてもらった。魔法局の中に、幽閉されてた神覚者がいるって。」
その人はなかなかの情報通なのかな、と思いながらアイルの口から出た言葉を反芻する。
「…待って、アイル。セルくんって、…」
それを正しく理解した瞬間、私の脳は思考を誤るな、冷静になれと信号を出した。
「、そいつは今、どこにいるの?」
深呼吸を一回して、そう聞く。
「さぁ。わかんないなぁ、僕も最後にあったのは1週間以上前だし。彼奴は確かに、世間話とかはしてくれるけど、自分の目的を態々赤裸々に話すほど馬鹿じゃないからなぁ。わかんない。」
もしかして私のこと皮肉ってる?とは思ったが、それをわざわざ指摘したところで謝ってくるような人じゃないことは理解しきっている。
私は、
「……わかった。」
そう言ってその場から立ち去ろうとした。
「待って。まだ話は終わってないよ。」
でもその声で、その場に固定されたように止まる。
「…なに?」
「…僕の質問。なんで本気出さなかったのかって質問に答えて。それ話すまで僕仲直りなんてしないよ。」
「…それはずるいよ、アイル」
「ずるいのはライラでしょ。僕に答えさせて、流れでそのまま帰ろうとするなんて。」
「あはは、痛いところつくな…」
「それで、なんで?」
「………君とぶつかる時は、同等の力でぶつかりたかったんだよ。」
少し考えてから出した答えは、多分アイルにとっては憐れみにしか感じられないだろう。
「……はっ、なにそれ、同情のつもり?」
ほらね。
「ううん、違うよ。…あの時、私が本気を出してこの世界を壊しちゃえば、きっとアイルは私と仲直りしてくれないだろうなって思ったんだ。…だから真正面から行こうと思った。……だってアイルは、この世界が好きだから、…そうでしょ?」
見ればすぐに分かる。学園から生徒が誰一人としていなかったのも、アイルが身を隠してたのも。
全部全部、この場所を壊したくないから。大切な人達がいて、大切な物があって…アイルにとって、それは守る価値のある場所だから。
そう考えたら、全て納得がいく。
「……それが分かってるなら、なんで…」
呆気にとられたような顔をして、彼は私を見る。
まるで意味が分からないとでも言いたげな、そんな表情だった。そんなアイルに、私は言う。
「私達は相棒だから。」
「は…」
アイルの目が、さらに見開かれたのが分かった。
「私達は、幼馴染で親友で、相棒!相棒なんだから、そんな考えも全部お見通し!何故なら唯一無二の最強タッグだから!そうでしょ?アイル。」
手を差し伸べて、手を握られるなんて思ってなんて居ない。だって私は加害者だから。だって君は被害者だから。加害者の手を握る権利はあっても、義務なんて無いから。
「……っは、…ライラらしいね。」
「私は私、それは今も昔も、そして未来も変わらないことだからね!」
笑いながら胸を張る。その元気さが私らしいものだと、改めてそう思う。
「…それと。」
少し息を整えて、私は言う。
「?」
「アイル、あの時目で助けてって言ってたでしょ?」
「…気づいてたんだ?」
少し驚いた、けれど少し当然だと思っているような表情だった。
「もちろん。昔決めた暗号だっけ、あれでSOSって出してたでしょ。」
私が魔法界に帰される瞬間、ほんの数秒間。目を閉じて目を開いてを繰り返してたから何かと思ったけれど、よく良く考えれば昔2人で決めた暗号だ。モールス信号だと知ってる人が多いから、自分たちだけが分かる暗号を決めておこうと、幼い頃に秘密裏に決めていた。随分と懐かしいものを持ってきたな、と少し驚いた。
「昔っからライラの動体視力には関心を寄せてたけど…もうそこまで来ると実験対象にしたいくらいだなぁ…」
真剣に考え込みながらアイルは言う。
「、……あはは、絶対やめてよ?私実験なら何回も受けてるんだからさー」
そのアイルの言葉を、私は笑って誤魔化した。
「冗談だよ。流石の僕だって神覚者を無理やり実験対象にするなんてことしないよ。」
「…でも無理やりじゃなかったらやるんだ?」
「…まぁ、僕は腐っても研究者だからね。興味はあるよ。」
研究者として、興味を持たないほうがおかしいよ。と、少しいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「あははっ、結構怖いなぁ、生粋の研究者に研究しようかなって言われるの!」
あまりにも真剣なアイルが面白くて、思わず吹き出してしまう。その様が、まるで俳優のようで。
「…!…ははっ、そうだね。」
2人とも不意に笑ってしまった。それはアイルと私、どちらもがそれを冗談として受け止めているからなんだと思う。
「じゃあ、帰ろっか。」
少し笑いながら、昔のように。
「…うん。」
昔のように、仲良く手を繋ぐことが許されなかったとしても。
せめて、近くにいるだけなら許してほしい。
「…おかえり、アイル。」
「……、ただいま、ライラ。」
そう言って、二人で笑った。
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