約束の日、オリバーはメイドと使用人を広間に集め、三日後に戦場へ出兵することを私たちに告げる。
荷物を三日以内にまとめること、家のことはスティナに任せるため、金銭管理を徹底することを私たちに命じる。
「じゃあ、皆、仕事に戻って」
オリバーはすべてを伝えると、それぞれの仕事へ戻るよう命じた。
「エレノア、話がある」
皆が散り散りになるなか、オリバーが私を呼ぶ。
私は立ち止まり、オリバーの方を向いた。
二人きりになったところで、オリバーは口を開く。
「太陽の英雄は太陽を落としーー」
「ーー月の光が時を戻す」
これが、前のオリバーが決めた”合言葉”。
私がこれを答えれば、オリバーは戦場で二つの秘術を放つことになっている。
「……長い時間の旅だったね」
「はい。これで終わります」
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ。オリバーさま」
私はオリバーに出立の言葉を送り、仕事へ戻った。
これが、オリバーに会った最後の日になるなど、私は思ってもみなかった。
☆
オリバーは予定通り、屋敷から出立してから四日が経った。
オリバーが戦場に到着した頃だろうか。
私はオリバーが生きて屋敷に帰還すると信じ、屋敷内の掃除に精を出していた。
「エレノア、調子がいいわね」
「メイド長! お疲れ様です」
「あの、ちょっとお願いがあるのだけど、いいかしら?」
「……なんでしょうか?」
仕事中にメイド長が私に声をかけてきた。
メイド長がマジルの工作員と分かってからは、最低限の交流だけになるよう努めていた。彼女は私を父の元へ戻そうとしているからだ。
その目的を【時戻り】で知ったため、目の前にいるメイド長は正体を隠した状態だ。
けれど、メイド長に掃除以外の仕事を頼まれるのは初めてだ。彼女は私になんと命じるのだろう。
私は笑顔を顔に張りつかせ、緊張を隠した。
「宿舎の地下に資料室があるわよね。そこで資料の整理を手伝ってほしいの」
「資料の整理……、ですか?」
メイド長は、資料室で古い書類を筆記帳に書き写す作業をしている。気が遠くなる作業だが、三百年の歴史の保全のためには誰かがやらないといけない仕事である。
今回の私は資料室を出入りしていない。
資料室の整理の手伝いを私に頼むなんて不自然だ。
(戦場のオリバーさまの情報が、メイド長に漏れている?)
メイド長の行動が前の【時戻り】から変わったのは、遠くにいるオリバーの行動を把握できるからだろう。マジルの魔導具を使えば、それが可能だ。
対話先はスティナの愛人であるグエルに違いない。
「……」
「掃除は別の子に任せるわ。私が他の子に変更を伝えるから」
「分かりました」
私が沈黙すると、メイド長は私がやっている仕事を他のメイドにあてると提案してきた。
どうしてもメイド長は私に地下室の資料整理をさせたいらしい。
なにを言っても時間稼ぎなだけ。
向こうの思惑が見えないが、私はメイド長の提案を受け入れた。
「じゃあ、早速ーー」
メイド長が私の手を引いたその時。
轟音が聞こえ、直後、屋敷内が激しく揺れた。
「きゃっ」
突然の揺れに耐えられず、私はその場に倒れ込んだ。
これは一体ーー。
「戦場の方角から巨大な火球を確認した!!」
「オリバーさまが秘術を放ったんだ!!」
「これでカルスーン王国の勝利よ!」
「戦争が……、終わる!」
少しして、庭師と草むしりをしていた使用人とメイドが屋敷の中へ入ってきた。
彼らは皆、興奮しており、外で起こったことを叫びながら私たちに報告して回る。
それを聞いた従者たちは自国の勝利を確信する。待ち望んでいた終戦が訪れるのだと喜んでいた。
(オリバーさまが二つの秘術を戦場に放った)
皆が喜ぶ中、私はオリバーに与えられた役目を果たすため、立ち上がり、隠し部屋を目指して足を動かした。
「エレノア、待ちなさい!!」
メイド長は駆ける私を追いかけ、私の腕を掴んだ。
強く掴まれ、私の足は止まる。
私はメイド長のほうを見た。彼女は荒い呼吸をしながら必死な形相で私をみつめている。
いつも感情を顔に出さない彼女がそのような表情になる理由は一つだけ。
「エレノア・ヘップ・アリアネ”さま”! お待ち下さい」
「……メイド長?」
「驚かせて申し訳ございません。突然のことで信じられないかもしれませんが、私はマジル王国の手の者でございます」
ここでメイド長が私に正体を明かした。
オリバーが秘術を放ったタイミングで。
「お願いします。私と共に資料室へ来てください」
メイド長が私に懇願する。
だが、オリバーの頼みを聞かないまま資料室へはいけない。
「……ごめんなさい。私はやらなきゃいけないことがあるの」
私はメイド長の手を振り払い、隠し部屋へと向かうため、メイド長に背を向け、身体を広間の方へ向けた。
「ソルテラ伯爵の攻撃を合図に、マジル王国がカルスーン王国へ総攻撃をかけます!!」
(なんですって!?)
メイド長は逃げる私に、マジル王国の作戦を告げた。
ここには私とメイド長しかいない。
いたとしても、周りは終戦で浮かれているし、私たちの会話など気にもかけないだろう。
私はメイド長の発言に歩を止めた。彼女は畳み掛けるように、危機が迫っていることを私に告げる。
「この屋敷も対象なのです! まもなく遠隔兵器がここへ落下します!!」
「私に構わないで、あなたはそこに避難して」
「いけません! 私はエレノアさま、貴方をーー」
「いいから! 私も用事を終えたら行くから!!」
それでも私は隠し部屋へ、オリバーとの約束を果たさないといけない。
私はメイド長の引き留めを無視し、この場から逃げた。
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