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どうやって忍び込んだのか。
出入口のない通路から姿を現したアルージエに、一同は絶句した。
アマリスだけは状況がよくわかっていない様子で。
「え、ユリス様。この人は誰?」
「こ、この人は……ええっと」
──偽物ではないか?
アルージエが国王との会談のために王都を訪れていることを、ユリスは知らなかった。
だからアルージエはルカロにいるはずだと思い込んでいる。
「僕はルカロ教皇、名をアルージエ。実はファーバー国王との対談でヘアルストに来ていたんだ。そこでシャンフレックが誘拐されたことを知り……こうして救出しに来た。シャンフレック、きみは攫われたということで合っているだろうか」
「え、ええ……デュッセル殿下が来ているらしいけれど、それとも関係が?」
「ああ。ここに来る前、デュッセル王子と合流してね。神殿騎士と交えて、地上の陽動は任せておいた。表向きは商談ということになっているが、実情はウンターガング家の制圧だ」
ウンターガング家は教皇領でも有名な大商人の一族。
単身で挑むことは、いくらアルージエでも無理があった。
ゆえに弟を血眼になって探しているデュッセルと連絡を取った次第。
デュッセルとしても、ユリスの居場所が中々つかめなかった状況。
アルージエの奇跡による特定は、願ってもない希望だったのだ。
「さて、ユリス王子。どうする? すでにウンターガング家は王国騎士と神殿騎士に包囲されている。大人しく降伏した方が身のためだと思うが」
現れたアルージエにアマリスは怪訝な視線を向ける。
「教皇……? ねえ、ユリス様。教皇って宗教の偉い人でしょう? いくらなんでも王族に命令する権限はないと思うわ」
「ばっ……!? アマリス、少し黙っていてくれ!」
まさか教皇の権威を知らない貴族がいるとは。
さしものユリスも絶句した。
教皇は数多の国にまたがる信徒の頂点。
下手すれば皇帝よりも上の権力を持つというのに。
「そうだ。僕はあくまで宗教の権威者に過ぎないし、命令はできない。だから尋ねているのだ。ユリス王子、きみは元婚約者を監禁するような真似をして……民に顔が立つと思うのか? いますぐに彼女を解放するべきではないのか……とね」
ユリスは答えあぐねる。
正直、ここまで来たら後には退けない。
冷や汗をかいて立ち尽くすユリスを見て、アルージエはこれはダメだと嘆息した。
「まあ、どちらにせよ。シャンフレックは絶対に助けるが」
アルージエが檻に手をかざすと、眩い燐光が瞬く。
たちまち鉄製の檻が歪曲。人が通れるほどの穴が開く。
シャンフレックは眼前で起こる光景に刮目していた。
「すごい……」
「スルダの福音書、第十章。投獄された聖人アソオスは三日三晩、神に祈り続けた。祈りはやがて天に通じ、一族の無罪を示し牢を開く。フロル教徒ならば誰もが知っている話だろう。それに由来した奇跡だ」
アルージエはシャンフレックに手を差し伸べる。
「立てるか?」
「ええ。ありがとう」
すらりと長く白い手を掴み、シャンフレックは立ち上がった。
少し足元がふらつくが、アルージエが支えてくれる。
「さて、ユリス殿下にアマリス嬢。そこをどいてもらえるかしら?」
***
一方、地上の屋敷では。
シャンフレックが脱走していることも露知らず、ゲリセンがデュッセルを歓待していた。
「いやはや、驚きましたな。まさか殿下がいらっしゃるとは」
「いきなりすまない。急を要する相談があって、公務の帰りに訪問した。そのため大勢の騎士を引き連れており、驚かせてしまっただろう」
「いえいえ。デュッセル殿下はさぞお忙しいでしょうから。多少慌てましたが、お越しいただいて嬉しく思います」
言葉を額面通りに受け取ってはいけない。
それが貴族の鉄則だ。
互いに腹の内を探り合っていた。
ゲリセンは使用人がひそかに送る合図を確認しつつ、話を続ける。
「して、商談とは如何なるものですかな?」
「ウンターガング家の領地は小麦が名産だ。近年、北方の土地で飢饉が続いていることは知っているだろう? 公務の最中、領主に頼まれてどうにか小麦の調達をしようと思ったのだが……好ましい交易相手が見つからなくてな」
「なるほど。つまり、ウンターガング家に北方の飢饉解決の糸口になってほしいと。飢えて困る人がいるのならば、喜んでお受けしましょう。何より殿下の頼みですから」
笑顔を張り付けて、ゲリセンは媚びるように言う。
話を聞く限り筋は通っていそうだ。
だが、わざわざ王族が出向いてする話にしては大袈裟ではないか。
交易ルートの紹介ならば、書面だけで十分だ。
「助かるよ。交渉成立でいいだろうか」
「もちろんでございます! では、仔細の確認を……」
ゲリセンがさらに話を進めようとしたとき、客室の扉がノックされる。
普段ならば王子を前にしているので後回しにするが……
「入りなさい」
「失礼します。地下牢の者が脱走しました」
──やはり。
地下牢の者……と使用人は言葉を濁したが、それは紛れもなくシャンフレックのことだ。
その会話を聞いても、デュッセルは眉ひとつ動かさずに座っている。
まるで鎌をかけているように。
「ゲリセン殿、どうかしたか?」
何か後ろめたいことがあるのかとでも言わんばかりに、デュッセルは泰然自若としている。
その様子がひどくゲリセンには憎たらしかった。
さて、どうしたものか。
間違いなくシャンフレックの脱走にはデュッセルが噛んでいる。
そして地下牢を暴かれたということは、ユリスの所在もバレただろう。
もう、仕方ない。
こうなれば『例の事故』を演出するしかないのだろう。
ここでデュッセルが死んだとて、ゲリセンに損失はほとんどない。
むしろユリスが王位を継ぐというメリットがある。
問題は事の隠蔽だが……大商人の権力を使って、事故に見せかけることも可能ではある。
「……やってくれましたな、殿下」
「なに、商談に見せかけて人を誘拐するのは常套手段だろう? ゲリセン殿がつい最近、シャンフレック嬢を誘拐したようにな」