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人の死とは?死んだらどうなるのか?
グラスになみなみと注がれた透明な酒。
感情をアルコールが塗り潰していく。
グラスから酒が零れたとき、きっと何かは変わっているだろうか。
「マスター!」
軽快な声が弾む。地下にある、このタートルマスターでは毎日聞こえる声だった。
「いらっしゃいませー」
グラスを拭く手を止め、入口の方を見た。
音もせず、静かにハシゴを降りてくる。
「今日はなんだか亀縁酒が飲みたい気分なんだ〜」
「へいへーい」
適当な相槌を打って、それでやっと手を動かす。
この店、『タートルマスター』1番の人気メニュー、『亀縁酒(きえんしゅ)』。
作るのがまぁ、程よく面倒くさい。
提供の準備を進めていく。
狐耳で珊瑚色の髪の少女、『瑚鈴(こすず)』はカウンターにすとんと腰掛けた。
「あ、瑚鈴(こすず)ちゃんやん。今日も来てたん?」
関西弁の朗らかな少女、『甘芦(かんろ)』が奥のソファから口を開く。
参考書や教材が並べてあり、勉強中の様であった。
偶に勉強をしにこの店へと足を運んでくれる常連の1人であり、奥のソファは彼女がよく利用しているスペースだ。
「甘芦(かんろ)ちゃん!勉強してるの?偉いね〜。」
「2日後にテストがあって…そないしたら勉強せえへんと駄目なものやんか。うち薬剤師なりたいんよ。一応アマビエの一族やし。」
そう言ってにっこりと笑う。
つられて瑚鈴も微笑んだようだ。
「瑚鈴ちゃん、亀縁酒注ぐよ」
ぼやっとしている瑚鈴を呼ぶ。
「待ってました〜!!」
瑚鈴が威勢よく身をカウンターに乗り出す。
さて、ひと仕事しよう。
やかんがぶら下がった棒を器用に振り回し、混ぜていく。こうしないと占いの効果が期待できない。
ピタッと動きを止め、足に棒を引っ掛けて丁重に湯のみに注いでいく。
これは私しかできない唯一無二のパフォーマンス芸だった。
「召し上がれ。」
そっと湯のみを瑚鈴へと近づける。
「さて、今日はどんな味になるかな?」
瑚鈴が湯のみを持った瞬間、ぶわっときらきらとした黄色の煙が宙を泳ぐ。
湯のみの中の酒の色も光沢感のある雄黄色に染まっていた。
そのまま湯のみに口をつけた。
「ん、美味しい〜。高級感があってちょっと爽やかな感じ?檸檬の風味も感じるかなぁ。」
瑚鈴は酒の余韻に浸りながらそばにあったオリーブの実をかじる。
「期待、物欲しさ、転機…これからなにか大きな出来事が起きるかも知れないよ。」
湯のみをじっくりと見て言ってみる。
黄色、という色は期待感や達成感などが表に出てくるものだ。
そしてこの香り。柑橘系ではあるが少し甘い。
当本人はリラックスしてくれているようだ。
『亀縁酒』は、こうやって色や香り、味、煙で今の気分や近くで起こることを占うことができる酒だ。
師匠から受け継いだ大切な技術。
ふと、振り子時計を見てみる
時刻は20時を少し過ぎていた。
「よく毎日通ってこられるよね。そんなに居心地いい?」
「んー?そうだなぁ。何年も生き…彷徨ってたら、暇になるものでしょ」
だらだらと他愛のない会話を重ねる。
そうしていると、甘芦が席を離れた。
「店長、今日はありがとうね。ケーキはほんまに美味しかったよ。おおきに〜」
「ありがとうございましたー。」
甘芦は1枚の紙幣を置いて店を後にした。
「マスター、追加でお酒ちょうだいよ。」
丁度酒を飲み終わった瑚鈴が呟く。
「二日酔いしても知らないよ?」
「そんな酔わないって。お酒には強い方だし。」
高を括って自慢げに言った。
瑚鈴がお酒に強いのは事実だ。でも、なんかこう、生意気な感じで腹が立つ。
いっその事べらべらに酔ってしまったらいいのに。
でも、そんな姿見せられたことがなくて想像し難い。
仕方がないので度数が高い『白酒(ぱいちゅう)』というお酒を提供してあげよう。
大きな冷蔵庫からビンを取り出す。
ビンの蓋開けを隣でふよふよ浮いている、青い火の玉から取り出す。
きゅぽん
小気味良い音を鳴らして蓋が取れる。
さっきまで拭いていたグラスの4分目ほど注ぎ、カットしたライムを添える。
「はい。これ白酒ね。」
「お〜、美味しそう。おつまみも頼んじゃうか〜。焼き鳥ある?」
メニューをだらだら見始めた。いつもこうだ。
「作れなくは無いけど。枝豆でも食べてて。」
適当に盛り付けてさくっと提供してしまう。
ビー、ビー、ビー
奥に置いてあったスマホが鳴る。
予約の電話だろうか?
「もしもし、BAR、タートルマスターです。」
「マスター君、実は天国で事件が発生したんだ。今日の予約無しにしてくれないか?」
「あ、和傘(わがさ)さん。天国で事件ってなんですか?」
「…」
「あのー?」
プツ
そのまま電話は切れてしまった。
「どうしたの?なんか変な感じだったけど。」
「和傘さんから連絡があって、天国で事件が発生したんだって。すぐに電話切れたから、忙しいんじゃないかな。」
にしても様子がおかしかった、気がする。
「ふーん…。あ、もう21時じゃん。アニメ見てくる〜。」
「はいはーい。」
瑚鈴は颯爽と店を去っていった。
瑚鈴が去って、ちょっと経ってから気づいた。
お金貰ってない…。
まぁ、今日アニメ終わったらまたどうせ来るんだし。
来なくても明日請求すればいいか。
外では静かに月が『冥界』を照らしている、はず。
人の死とは?
死んだらどうなるのか?
グラスから酒が溢れ落ちる。
感情をアルコールが塗りつぶしていった。
グラスは零れることなく、空になった。
でも、なにか変わった気がする。
今日も静かに営業中。