テラーノベル
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朝のリビングは、いつもより静かだった。
全員がいるのに、
誰も大きな声を出していない。
撮影が夜遅くまで長引いた次の日はこういうことも多い。
えとは冷蔵庫から飲み物を取り出していて、
ゆあんはソファに座り、スマホを眺めている。
目は画面を追っているのに、
指はほとんど動いていなかった。
やっぱりなー、
続く違和感が、
気のせいじゃないと確信に変わっていく。
「えとさーん」
ゆあんが、いつも通りの声で呼ぶ。
えとが振り返る。
「んー?」
「今日、空いてる時間ある?」
ただそれだけの言葉。
でも
うりの胸が、はっきりと波打った。
えとは少し考えて 軽く笑って答える。
「ごめん、今日は…」
ゆあんの表情が、笑顔になるのが一瞬遅れたのがわかった。
「……そっか!」
その一言は軽かったけれど、 声の奥が明らかに沈んでいた。
それを うりは、はっきり見てしまった。
心臓が嫌な音を立てた。
えとさんがうりと話しながらくしゃりと笑う。
さっきまで何もなかったはずの景色が 一気に違う意味を帯びて見え始める。
今まで気の所為と思おうとしてきたことが、
全部、 今になって一気に繋がる。
好き、なんだ
認めたくなかった答えが、
静かに胸に落ちた。
うりは、無意識に唇を噛んだ。
嫉妬。
焦り。
それと同時に、
ほんの少しの罪悪感。
気づいてなかったわけじゃなかったのになあ、と少し苦しくなった
昼過ぎ。
人の少ない廊下で、
ひろがゆあんを呼び止めた。
「大丈夫?」
ゆあんは俯いて答えなかった。
「しんどいよな」
その一言で、
ゆあんの肩がわずかに落ちる。
「…もうさ」
ゆあんは笑った。 でも声は震えていた。
「自分でも驚くくらい、 えとさんの一言一言に振り回されてる」
「それだけ好きなんだよ」
ひろの声は静かだった。
「否定しなくていい。否定し続けるほうがつらくなるよ 」
ゆあんは壁に背中を預け、 天井を見上げた。
「うりがいるの知ってるよ。 多分、最初から」
ひろが息を呑む。
「じゃあなんで、」
「でもさ」
ゆあんは続けた。
「えとさん、俺の気持ちには
一切、気づいてないじゃん」
ゆあんにとってその事実が、
一番きつかった。
「知らないまま、 普通に優しくされるのが、 一番残酷なんだよ」
ひろはしばらく黙ってから、言った。
「じゃあ選ばないとだね」
「なにを」
「距離を取るか。
それとも、 壊れる覚悟で気持ちを持ち続けるか」
ゆあんは、何も言えなかった。
夜。
えとの部屋で、
うりはいつもより口数が少なかった。
「うり、どうしたの?」
えとは心配そうに聞く。
「……えとさんさ」
「ん?」
「もしさ……
誰かが、えとさんのこと本気で好きだったら」
えとは少し困った顔をする。
「なんでまたそんな話?」
「仮定」
沈黙が続いた。
えとは、少し考えてから言った。
「どうもしない、かな、わたしにはうりがいるっていったじゃん」
その言葉に、
うりの胸が少しだけ軽くなる。
でも、同時に思ってしまう。
…もう、遅いかもしれない
えとはまだ、 誰がどれくらい傷ついているかを知らない。
うりはえとの手をぎゅっと握った。
「俺、えとさんのこと好きだから」
えとは少し驚いて、 でもすぐに笑った。
「知ってる」
その無防備な返事が うりの胸を締めつけた。
その夜 ゆあんはベッドの中で目を閉じたまま、 一つだけ決めていた。
もう、このままじゃいられない。
壊すか。 離れるか。
どちらにしても 何かは 確実に 終わる。
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