余命半年の君に僕ができること
作者・日野祐希 イラスト・はねこと
あの日々のこと、俺はきっと一生忘れないだろう。 彼女とともに過ごした、高校ニ年生の日々のことを———。
同じ夢を持っていたあの子は、しかし俺よりずっと前をひたむきに歩んでいた。 そして、殻に閉じこもっていた俺に、一歩踏み出す勇気を教えてくれた。 彼女と過ごした半年があったから、俺は自分の夢と再び向き合うことができたんだ。
そう。彼女にとって、何もない夜空に輝く一番星のような存在だった。 けど彼女が笑顔の裏に背負っていた宿命は、あまりにも残酷なもので……。
これは、そんな彼女とともに駆け抜けた、ふたりの夢と約束の記録——。
プロローグ
友翔(ゆうと)は夢を見ていた。 自分は今、自分では無い誰かの記憶の中にいる。なぜか、そう理解できる。 そこは、見慣れない公園だった。 広場では元気にサッカーをする男の子たち。木製のお城のような用具ではしゃぐ女の子たち。そんな活気に溢れた公園の中で、その誰かはひとり寂しく泣いていた。と、その時だ。
「ねぇ、どうしてないているの?」
突然声をかけられ、誰かは驚いた様子で顔を上げる。 目の前に立っていたのは、友翔にとってどこか既視感のある少年だ。
「………」
しかし、声をかけられた体の主は、何も答えない。呆然と、不思議そうに少年のことを見上げている。 まあ、仕方のないことだろう。公園内から聞こえてくるのは少年が話す日本語ではなく、異国の言葉。 そう。ここは———友翔もどこかわからない異国の地なのだから。
「えっと………、ぼくのことば、わかる?」
「ぁ…………」
少年が、自分を指しながら確認する。 だが、少年の言葉がわからなくて、その誰かは微かな声を出すことしかできない。 声のトーンからして、どうやら自分の意識を共有しているのは、少年と大差のない年頃の少女のようだ。 自分の言葉が通じないことがわかり、少年はどうしたものかと首を捻る。ついでに腕も組んで、「うーん…」とうなり出した。 「あ!そうだ」
何か秒案でも思いついたのだろう。少年はパッと表情を明るくし、背負っていたリュックを下ろした。開けたリュックから取り出したのは、一冊の絵本だ。
「これ、あげる!」
少年が絵本を差し出すと、今度はなんとなくその行動力の意味を理解でき、少女はおずおずとそれを受け取った。 と同時に、自分の意図が通じて嬉しくなった少年が目を輝かやせた。
「そのえほんはね、”ゆうきのおまもり”なんだ。これをよめば、きっとなみだなんてふっとんじゃうよ!
「…………?…………?」
ペラペラと日本語をまくしたてる少年に、少女は目をグルグルさせながら首傾げる。頭の中がハテナで埋め尽くされるのが、感覚でわかった。
「あ、ええと…あいむ・そーりー」
目の前の相手が困っているのを見て取ったのだろう。少年はやっちゃったという顔になり、今度はたどたどしい英語で謝ってきた。 そして、再び腕を組んでどうすればいいか考える。
「ええと…そうだ! りぴーと・あふたー・みー。でぃす・いず・”ゆうきのおまもり”」
自分が知っている言葉を総動員している様子で、少年は大切な言葉を伝える。 少女も英語なら多少はわかるようで、おずおずと,口を開いた。
「ユウキノオマモリ?」
「そうそう!うまいうまい!」
発音は少しおかしかったが、少年はこれでもかというくらい拍手を送った。 褒められて照れてしまったのだろう。少女の顔が赤くなる感覚が、友翔に伝わってくる。
「おーい、———」
その時公園内に少年のもの以外の日本語が響いたりうまく聞き取れなかったが、少年の名前を呼んだらしい。声に反応し、少年はバッと背後を振り返る。
「あ、じいちゃん!」
「そろそろホテルに行くぞ。戻ってこい」
「はーい!」
逆光になってよく見えないが少年のことを読んだのは彼の祖父らしい。元気よく返事をした少年は、リュックを背負う。
「それじゃあね。えっと——ぐっばい!」
手を振った少年が笑顔のままつむじ風に去っていく。 そんな彼を、少女は呆然と手を振り返しながら見送った。 後に残ったのは、少年からもらった絵本だけ。その絵本の存在が、少年の夢ではないことを物語っている。
「……………」
少女が、そっともらった絵本を裏返す。 するとそこで、フツリと友翔の意識は暗闇に落ちた。
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