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ロッカーで着替えている間も、蓮の心は決して穏やかでは無かった。先ほどの男の事が気になって仕方がなかったからだ。
彼の顔には見覚えがあるが、何処の誰だったのか中々思い出せない。
そもそも、何故朝から一緒に居たんだ? もしかして、昨夜いつの間にかナギが居なくなっていたのはヤツと一夜を共にしたからなのか?
嫌な妄想が頭を過り、ギリっと奥歯を噛み締める。
直接聞いてみようか? 疚しい事が何もなければ隠さずに答えてくれるはずだ。……だが、もし本当にそういう事をしていたとしたら……。
想像だけで怒りが沸々と湧いて来るのを感じる。
(ダメだ。このままだと仕事に支障が出る)
こんなこと位で心が乱れるなんて自分もまだまだ修行が足りないようだ。大きく深呼吸をし、何とか心を落ち着かせようと試みる。
「なに一人で百面相してんの?」
先ほどあった事など何も気にしていないかのようにいつもの調子で話しかけてきたナギの態度に胸がざわつく。
こいつは、自分の身体が他人の目にどう映っているか分かっていないのだろうか? あんな風に抱き寄せられても平然としていられるなんて……。あぁ、だめだ。やっぱり気になる。
「ねぇ、さっきの犬飼さんって人、本当にキミの友達なのか?」
出来るだけ自然に聞こえるように、努めて冷静に問いかける。
「何言ってるの? さっき説明したじゃん」
ナギは呆れたように溜息を零すと、肩をすくめて見せた。
その態度にますます苛立ちが増していく。
「……あの人、何処かで見た事あるなぁって思ってたんだけど……それに、友人だというには年が離れてるような気がする」
スーツのチャックを閉めマスクを小脇に抱えながら、鏡越しにナギを見る。
「年は関係なくない? 実際、お兄さんとだって離れてるわけだし」
ジャケットを羽織りつつ、何気ない調子で答えたナギの言葉に、蓮はピクリと片眉を上げた。
「僕は君の友達じゃない」
「え……っ?」
ロッカーの扉を閉めようとするナギの後ろから肩と腰に腕を回して抱き締め、軽く耳に口付ける。
「ちょ、なに?」
突然の事に驚いたのか、身体を硬直させたナギが耳を赤く染めたままこちらを振り返る。
だが、蓮はそれに構うことなく首筋に鼻を埋め、スンっと匂いを嗅いだ。
香水や整髪料とは違う甘やかな香りが鼻腔をくすぐり、それと同時にさっきあの男を見た時に芽生えた小さな嫉妬の火種が煽られてあっという間に大きくなった。
あの男と自分が同列だなんて、あり得ない。
だからと言って、じゃあなんだ? と言われれば答えられないのだけれども。
ナギにとってはあの程度のスキンシップはたいしたことじゃ無いのかもしれない。友達だという自分と簡単に寝る位だ。もしかしたらあの男とも?
……想像しただけで腸が煮えくり返りそうだった。
「……ねぇ、あの男とは何処までヤった?」
「え? ……痛ッ!」
驚くナギの耳たぶにガリっと歯を立てる。ガタッとロッカーが揺れた。だが、蓮はお構いなしだ。びくりと竦んだ身体を強い力で押さえつけ、シャツの裾から手を差し入れて直接肌に触れる。
「あの男とは何処までの関係なんだい?」
「や……なに言って……、んんっ……!」
耳の後ろを舌でなぞりながら小さな突起を指で探し当てて摘まんだ。
「友達の僕とこう言う事するんだから、あの男ともこういう事してたんだろ?」
「ち、ちが……っ、あの人とはそんな……ッ」
乳首をクニクニと弄ると、すぐに芯を持って固く尖ってくる。
「違うの? ふぅん……でも、相手の男はどうだろうね?」
こんなに簡単に反応しておいて、今更違うと言われたところで信じられるはずがない。
あんな風にベタベタとくっついてくる男に下心がないとは思えないし、ナギの警戒心の弱さにも腹が立つ。
「も、もう……止め……ぁ、んんっ!!」
苛立ちをぶつけるようにギュウと強く捻ると、ナギの口から艶っぽい声が漏れた。
慌てて自分の手で口を塞ぐナギの姿は酷く扇情的で、蓮の劣情を刺激する。
「止めて欲しいって言う割には、ここはもう硬くなってるみたいだけど? 本当はもっとして欲しいんでしょ?」
わざと意地悪く言って責め立てる。ナギは今にも泣きそうな顔をしてフルフルと弱弱しく首を横に振った。
違う、本当はそんな顔をさせたかったわけじゃない。ただ、ナギが他の人間と触れ合うのが嫌で、自分だけが特別で居たかっただけだ。
こんなのは、自分のエゴでしかないことも頭ではわかっている。
それでも、一度灯ってしまった嫉妬の炎はなかなか消えてくれそうに無かった。
こんなガキみたいな事ばかりして、もしナギに嫌われてしまったらどうする?
心を落ち着けるために息をつき、自問自答してから服の下から手を抜いて距離を取る。
「……ごめん。こんな事するつもりじゃなかったんだ。ちょっと頭に血が上っちゃって……」
我に返った途端に襲ってきた罪悪感に胸を締め付けられながら、申し訳なさそうに謝罪するとナギが服を整えながら、小さく息を吐いて蓮に向き直った。
「全く、こんな所で盛らないでよ。びっくりしたじゃん」
いつもの調子で返され、蓮はバツが悪そうに視線を逸らす。流石に今のは大人げ無さ過ぎた。流石に呆れられてしまっただろうか?
ずっと片思いをしていた相手は、自分が素直になれず現実から目を背けたせいで、知らないうちに他の男に取られてしまっていた。
あんな思いはもう二度としたく無いと心に誓っていた筈なのに、自分はまた同じことを繰り返そうとしている。
「……怒ってないのかい?」
恐る恐る尋ねると、ナギは小さく苦笑してみせた。
「別に……。聞きたい事は山ほどあるけど、時間もないし。早く行こうよ」
「えっ? あ、あぁ。うん……」
怒っていないどころか、逆に早く行こうと促されて蓮は少し拍子抜けしてしまった。
それとほぼ同時、ロッカールームのドアをノックする音が響き、続いて「ナギ君、蓮君いる? もうすぐ今日のミーティング始まっちゃうよ」と心配する雪之丞の声が聞こえて来る。
「ほら、ね? 早く行こ」
先に立ったナギが、いつもの表情でロッカールームのドアを開ける。しかし、途中でその手を止めて、躊躇いがちに蓮を振り返った。
「……?」
ドアの取っ手に手を掛けたまま、動きが止まったナギに、首を傾げる。
「……話は、後で聞かせてもらうから。《《じっくりと》》、ね?」
意味深な笑みを浮かべ、雪之丞にも聞こえるような声で呟いたナギに、蓮の顔が引き攣る。
「じゃぁ、先に行くから」
パタパタと去っていく後姿にはぁ、と大きなため息が洩れた。
「……今のは、ボクに対する当てつけか宣戦布告、かな……?」
「いや、多分全然違うと思う。って、宣戦布告??」
一体何の話だと、今度は困惑気味に眉を寄せる。
「いいや、何でもない。それより、蓮君も行こ?」
「あぁ、うん。すまないな。わざわざ声を掛けに来てくれて」
「いいよ。ボクがそうしたかっただけだから」
「え? 何か言った?」
「何も言ってないよ。さ、急ごう」
蓮の背中を押しながら、雪之丞は小さく笑って眉を下げた。