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避難民を追っていた大隊が、壊滅的損害を受けた。
それはベルゼ連隊を震撼させた。
逃げてきた連中はほぼ無傷だった。およそ一個中隊規模の歩兵部隊。今すぐ戦えと命じれば、それも可能なほどの状態だ。
だが魔騎兵一個中隊と歩兵一個中隊半を失った。
報告を受けたベルゼは、不敵な笑みを浮かべた。内心では腸が煮え返っていたが、笑わずにはいられなかったのだ。
「聞いたか、ガルス・ガー。例の奴がいるぞ」
「例の奴……?」
赤顔の鬼顔魔人が怪訝な顔をすれば、目をらんらんと輝かせたベルゼが言った。
「王都前で、あたしらを攻撃してきた飛竜、そいつに乗ってたやつだ」
王都エアリアの前で夜営していたベルゼの部隊に、夜陰に乗じて襲撃してきた飛竜。その通過ついでの爆発で、一個小隊強の魔騎兵が犠牲になったのは記憶に新しい。
「あの桁違いな魔術を用いた者ですか」
「間違いねえよ。一撃で一個中隊ぶっ飛ばせる魔法なんて、早々ねえだろ」
ベルゼは胸の前で、右手拳を左手の平にぶつけた。
「アルゲナムの姫騎士と一緒にいるなら丁度いい。まとめて血祭りにあげてやるッ!」
「しかし姫君、アルゲナムの姫は捕らえろ、という達しが出ていたと記憶しておりますが?」
「可能なら、だろ。つーか、魔騎兵一個中隊丸々ぶっ飛ばすようなバケモノを捕まえるなんて無理だろ」
ベルゼは断言した。ただ単に深く考えることをしない故でもあるが。
「アルゲナムの姫騎士は街道で待ち構えている」
「先行の大隊を蹴散らしたので、さっさと移動をしているかもしれませんな」
ガルス・ガーは事務的に言った。
「何せ連中は、我々の存在を知らんでしょう」
「それなら追いつくだけだ」
ベルゼは獰猛な肉食獣もかくやの笑みを浮かべたが、すぐに真面目な顔に戻った。
「だけど問題は、待ち構えていた場合だ。魔騎兵の足の速さをいいことに街道を追っていけば、先の大隊よろしく光の一撃で、こっちがやられちまう」
「飛翔兵を出しましょう」
赤顔の副将は告げた。
「空中から街道を監視すればいい。逃げていれば追い、待ち構えているなら森に入って進みましょう」
「飛翔兵っつてもなぁ……」
ベルゼは黒髪をかいた。
翼を持つ魔人兵をまとめて『飛翔兵』と呼ぶ。ひっくるめているが、種族によって得意不得意が存在する。
例えばアスモディアのところでは、夜戦襲撃部隊として静粛性に優れたブオルン人を使っていた。……もっとも、あまり長距離を飛行できず、また空中戦ではそれほどでもないブオルン人のことをベルゼは買っていない。
「うちの隊に戦闘用の飛翔兵部隊は――」
「戦闘用はないですが、伝令小隊があります」
他の拠点や部隊と連絡を取り合うべく、飛行ができる魔人を伝令に用いる――レリエンディール軍の部隊間連絡システムである。ベルゼ連隊にも同様の伝令小隊がいるのだが……。
「戦闘用じゃねぇぞ? 大丈夫なのか」
「問題ないでしょう。伝令小隊の飛翔兵は、偵察も任務として育成されていますから」
「……っし、わかった。じゃ、伝令小隊から偵察に出させろ。その間、あたしらも街道を進むぞ」
「はい、姫君」
ガルス・ガーは傍らに騎兵を一人呼ぶと、飛翔兵部隊へ伝令を送らせた。それが済むと今度は信号兵に『進軍』の合図を送った。
ゴルドルに乗る信号兵は、アイコルヌと呼ばれる獣の角を利用した楽器を吹き鳴らした。重々しい音が周囲に響き渡り、待機状態だった魔人騎兵、兵らが中隊ごとに列を形成し前進を始める。
「待ってろよ、アルゲナムの姫騎士」
ベルゼは魔獣ゴルドルの背に揺られながら、まだ見ぬ白銀の勇者の末裔との邂逅に胸躍らせた。
・ ・ ・
ゲドゥート街道にたたずむ人影が複数あった。
焼け焦げた戦場跡のすぐ傍に、銀髪の女騎士と、鎧兜などで武装したリッケンシルト親衛隊兵が四名ほどだ。
「……中々こないなぁ」
親衛隊兵の一人が、兜のひさしに指をかけながら西を望む。白銀の女騎士もまた、その青い瞳を向けた。
「来ないね」
少女の面影残す顔立ちながら、その口調は実にそっけないものだった。
別の親衛隊兵が、その場にしゃがみこんだ。
「待つってのも退屈なもんだ」
「だったら、何かお喋りでもするか?」
さらに別の親衛隊兵が言えば、しゃがんでいる兵は首を横に振った。
「一人喋りして、寂しいやつだと思われるぞ」
「誰も思いやしないさ」
なあ、兄弟――周囲に同意を求めれば、兵たちは小さく頷きだけ返した。
太陽はほぼ頂点にあった。風が吹いて、ざわざわと左右の森の木々が揺れる。
「セラたちは、今どのあたりだろうな?」
一人が言えば、銀髪の女騎士は顔をわずかにしかめた。
「独り言」
「いいじゃん。どうせ皆、同じこと考えてたろ?」
その兵士が言えば、銀髪の女騎士――セラフィナ・アルゲナムの姿に化けている慧太はその長い銀髪をわずらわしげに払った。
「確かに思った」
少し投げやりな調子でセラに化けた慧太は言う。まわりの親衛隊兵――これもまた慧太の分身体が化けている姿だ。
本物のセラは、ユウラたちと共にリンゲ隊長や親衛隊を連れて森の中を行軍中だ。
ふぅ、と慧太は溜息をついた。じっと待つのも性に合わない。だが敵の出方を見るためにも、今は待たねばならない。
森に入るのか、それとも街道上を走ってくるのか。……王都エアリアからの避難民が進む街道を、魔人軍が驀進してきても困るのだ。難民を守り、その離脱を助けるために魔人軍には必ず森に入ってきてもらわないといけない。
「ん……?」
一人ずっと黙っていた親衛隊兵が天を仰ぐ。
「あれ、そうじゃねぇか?」
一同は顔を上げる。
西の空に飛行する物体が二つほど。最初はゴマ粒程度だったが、少しずつ形がはっきりし始める。
「鳥人……か?」
「羽根はあるが、妙なシルエットだな……」
「あ、手があるぞ」
「マジかよ……羽二つに腕二本ってか、そんな鳥いねえよな? 飛行できる魔人だな」
分身体は口々にそう言った。高い位置を飛行する二体の飛行型魔人。それはこちらに近づきつつ、見下ろしている。
「斥候か?」
「だろうな」
一人が手にした剣を構えようとして、やめた。
「こっちの武器じゃ、向かってこないと届かないな」
「遠投百メートル!」
「今ならもっといくんじゃね?」
様子を見ているうちに、一体の飛行型魔人が引き返し始めた。一方で、もう一体は、距離をとって滞空しながらこちらを睨みつけている。
「味方に報告しに戻ったな」
セラの顔で、慧太は言った。
「これでこっちが街道で張っているのが向こうにもわかっただろう。それなら……」
敵は街道を避け、森に入る。セラの大技である『聖天』の一撃をかわすために。
「もう、ここで待っている必要はないな」
「……で、あの空に残ってる奴はどうする?」
分身体の一人が人差し指を向けて聞いた。慧太(セラ)は答える。
「もう用はないから」
――片付けろ。