あらすじを把握した上でお読みください。
続き物となっているので、一話目の「四月」から読まれるとよりわかりやすいと思います。
改めて、この話を選んで頂きありがとうございます。
「ちーの、中庭行くで」
結局、三月になっても続いた昼飯を一緒に食べるイベント。今日は中庭らしい。
まだ肌寒いが、確かに暖かくなりつつもある。現に、中庭の端っこの方に立っている桜の木は開花している。…これ、全部ソメイヨシノじゃなかったんか。冬から三月中旬辺りまでの時期は虫が息を潜める時期なので、一年を通して比較的に中庭に人は溜まりやすい。醍醐味である桜も端っこだが咲いているので、中々良い花見スポットである。
学校のイベントで、三月のものと言えば卒業式しかない。俺は三年間学業を共に修めた友人達との時間はいいのか、なんて思ったが、本音を言うとそんな先輩がわざわざ俺に会いに来てくれることがたまらなく嬉しかった。
黙々と弁当の具を口に放り込む。今日は一段と風が強い。こういうのを春一番って言うんだったか、いや、それはもう吹き抜けたのだろうか。ああいうのって言ったもん勝ちじゃないんか?とも思うが、それはさて置いて。中庭にまで風が吹いている。散り始めた早咲きの桜の花弁が辺りに舞い散る。その様子は春そのもので綺麗だ。綺麗だが、弁当に入ってしまいそうなのでさっさと食べてしまおう。先輩は弁当を超特急で片付けた俺に、早いな。と言った。俺が花びらが弁当に入るの嫌じゃないですか?と聞くと、別に。と返ってきた。
昼飯を食うだけで昼休みが潰れる程食べるのが遅いわけではないのは大体の人がそうだと思う。俺は残りの時間を、先輩との他愛のない話に費やすのが好きなのだ。だから今日は何の話をしようかな、なんて考えている時、珍しく…最近はそうでもないが、先輩から話を振ってきた。
「そういや伝えんの忘れてたけど」
「え、何すか?」
「受験、しっかり受かってきたで」
「…もっと早く言ってくださいよ!!」
忘れるもんじゃなくないですかね?!なんてまくし立てても先輩にはノーダメージだ。呑気に笑ってやがる。
「色々言いたいことありますけど…おめでとうございます!またコンビニ寄ります?」
「いや、ええわ。後輩に奢られるとかなんか嫌やし。」
「えー…じゃあ何すりゃ良いんですか」
「何もせんでええわ。ありがとうな」
何もしなくていい、なんて言われてこの前奢られたことを思い出す。確かに、俺も逆の立場なら後輩に奢られるのもちょっと気まず…いや、そんなことないな。奢って貰えるなら誰にでも奢ってほしい。まあ、先輩は俺と違う考え方らしいが。
「じゃあこれに付き合ってくれるか」
あ。と思い出したかのように言い出す先輩が差し出した紙を見る。
「び、美術館?」
「そう。た、たまたま二枚取れてな!…まあ、その日ちゃんと空けとけよ」
「せ、せんぱい…」
「な、なんやねん…」
「…一緒に行ってくれる人がいなかったんですか」
ゴツン。
「ッだぁ!!すんません!」
「ほんまにお前は…いらんなら返してもらうけど」
「いやちゃうんすよ!錯乱して!!」
わざわざ俺を誘ってくれたことが嬉しくて、家族とか、他の人とじゃなくて?と信じられなくて、つい変で失礼なことを聞いてしまった。そんな俺から、やっぱ返せとチケットを取り立てようとする先輩に必死に抵抗する。
四月から、ずっと俺の中で先輩の存在はデカくなっていったけど、先輩もそうだったのかな。なんて思い上がらざるを得ない状況に、頬が緩むのがわかる。懐柔、成功したかもなあ。なんて思って、今度は笑いが堪えきれなくなった。
「俺も別に適当に渡したわけちゃうわ。お前と行きたいから渡してんの」
「…へへ、ありがとうございます!」
ほんまに…。と、呆れた顔する先輩の横顔も心做しか口角が上がっている。それを指摘したらまた拳骨かなあ、と思ったので俺も中央のまだ咲いていない桜の木の方を向く。
「これ、四月やし、お前もゴタゴタ忙しいかもしれんけどな」
「先輩の方がめっちゃ忙しいと思うんですけどね…」
呆れたり拳骨飛ばしたりしつつも、結局俺を気にかけてくれる先輩は面倒見が良いなあ、と思う。それはずっと前から気づいてたけど。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。三年生の、最後の昼休みが終わる。
先輩は勢いよく立ち上がり、俺もつられて立ち上がる。先輩は俺の方を向いては、背中を思いっきりばしばしと叩いた。力があんまりにも強かったのと、突然のことだったので目を白黒させながら咳き込む。咳き込む俺を無視して今度は頭をわしわしと撫でてからさっさと三年棟に向かって歩き出した。去り際に春風が強く吹き、端の桜の木が揺らされ、花弁が縦横無尽に舞う。先輩と学ランと、桜の花びらのコントラスト。その一瞬を、俺は目を細めて、脳裏に焼き付くさんとばかりに一心に眺めようとしていた。
春が来る。凍った氷は解け、水となって川を、山を、野を潤す。凍ったように見えた自然も再び芽吹き、新たな姿を現すのだ。季節の巡りは新たな形を授ける。それが芽であったり、花であったり、出会いであったり、別れであったり。俺は明後日から、もうこの学舎にはいない先輩を、また追いかけるように絵を描くのだろうか。また、空っぽの俺に戻るのだろうか。否、振り出しに戻るように見えて、ゼロになることは決して無い。出会い、別れ、それらは繰り上がりであると理解した。次の新たな芽吹きのための、準備への。
コメント
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初コメ失礼します… !! 主さんの作品を読んだのはこの物語が初めてなんですけど、言葉の表現で、凄く想像出来て、ほんと尊敬します!!! この物語のタイトルの「解氷」の意味も、初めは氷の様に冷たかった先輩(tnさん)をciさんが懐柔(解かす)、みたいな感じかなって思っていました けど、最後で、1年間の中の冬で凍った水が春(卒業の時)に向けて解けて行くっていうのもあるかなぁって思いました