コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ザブレット教授、君を懲戒解雇する」
学長の重々しい声に、闘技場が水を打ったように静まり返る。いつの間にか先生たちも修復作業の手を止めて、事の成り行きを固唾をのんで見守っていた。
懲戒解雇って、平たく言うとクビってことよね? えらいことになってない?
あたしも気になってしょうがなくって、ついにリカルド様の背中からおずおずと顔をだす。
うはぁ、学年主任が鬼の形相でワナワナと震えている……! これって怒り、だよね?
「なん……ですと?」
「聞こえなかったかね、ザブレット・カーシェ・ユルグス。君を懲戒解雇する、と宣告したのだよ」
「ば、馬鹿なことを! 私はユルグス家でも宗家の出だぞ!? 次期学長を約束された身だ! 貴様、傍流の分際でよくも……!」
「次期学長を約束された? はて、私は聞いていないが……そもそも宗家だから学長になれるわけではない。現に私も傍系だしねぇ」
「実力がものをいうのは承知の上だ! だがこの学園の教師陣の中で実力が最も高く、さらにユルグス宗家である私がこの学園の頂点に立つのは当然のことだろう!」
勢い込んで立ち上がり、唾を飛ばして怒鳴り散らす学年主任を、学長は冷ややかな目で見ている。そして、深い深いため息をついた。
「確かに君は、魔術師としては高い実力をもっているかも知れないねぇ。だが、教育者としては三流もいいところだよ」
「なに!?」
「先ほど君はユーリン君を無能と罵っていたねぇ。だが私は、彼女は無能な教育者である君の、犠牲者だと確信しているよ」
「なにを、馬鹿なことを……!」
ギリギリと歯ぎしりしながら、学年主任は燃えるような目で学長を睨み付けている。
しっかしこんなヤツが本当に学長なんかになっちゃった日にゃ、あたしなんて一ヶ月で退学にされただろう。落ちこぼれへの弾圧が凄まじそうで、考えただけで滅入っちゃうんだけど。
「君も私も、むしろ一年もかけて彼女の才能を開発できなかった事実を恥じるべきだろう。なんせリカルド君はわずか数日で彼女を導いたのだから」
「……っ」
「私たちは、指導方法を見直す必要がある。それをどうだ。君は反省するどころか彼女をなじり、さらにその力を見誤り、結果これだけの惨事を招いた。それだけの失態を犯しておきながら、なお生徒に責任をかぶせようとするとは」
そこで一拍をおいた学長は、心底不快そうに顔をゆがめる。
「君の差別意識と教育への不誠実さには反吐がでる」
ひえっ……。
これまではおっとりした優しいおじいちゃんだと思っていたのに、一瞬、燃えるようなオーラが見えた。学長には学長の、どうしても許せないことがあるんだと初めて感じた。
「これまでも私は、生徒への指導態度について、再三注意してきたはずだよ。それは君の魔術の実力を惜しんでのことだ。君の美しい術式を後進に惜しみなく伝えてくれたなら、若き才能も大きな学びを受けられたのだがねぇ。……残念だよ」
寂しそうに、学長の目尻がわずかに緩んだ。
落ちこぼれのあたしには、学年主任のすごさはよく分からない。正直術式が美しいだとか乱れてるとか、そんなの見分けもつかないし。でも、あれだけ怒っていた学長がそう語るくらいには、きっと実力が高いと言うことなんだろう。
「今回の件に関しての処罰は追って正式に連絡するが……その前に」
言いながら、学長は自らの顔の前で右手をゆらりとはためかせる。弧を描くように軽く指先が動いたかと思うと、その手にはいつの間にか二通の手紙が握られていた。
上質な白い封筒には美しい文字で宛名が書かれているみたいだし、紅い封蠟もしっかりと見える。
転移? 奇術? あたしには学長が何をしたのかさっぱり分からない。まるで、昔街中で見た大道芸みたい。その滑らかな動きに、おもわずため息がでた。
「念書の魔法……? 初めて見た」
リカルド様が小さく呟いたのを聞いて、さらに驚いた。
念書って……魔法で手紙を作り上げたってこと? ていうか、魔法でわざわざ書をしたためる必要性がイマイチ分からないんだけど。
学長の右手がひときわ大きく弧を描くと、手紙がふわふわと空で揺れる。
うわぁ、なんか手紙が鳥みたいに羽ばたき始めた。もしかして、これから宛先へと飛んでいったりするんだろうか。こんな時に不謹慎かも知れないけれど、初めて見る学長の魔法に、あたしの胸は勝手に高鳴った。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「すまぬが、私も報告する義務があるのだよ」
学年主任が血相を変えて学長に詰め寄ろうとした瞬間、学長の前に薄い大きなシャボン玉のような膜が張る。指先がそれに触れた途端、学年主任の体は電撃を受けたように仰け反った。
「ぐ……っ」
くぐもったうめき声を上げる学年主任を冷ややかな目で見下ろして、学長は小さく「行け」と呟く。
羽ばたく手紙たちが勢いよくどこかを目指して飛び去ろうとした瞬間。
「行くな!」
学年主任の両手から、凄まじい熱量の炎が手紙めがけて吹き上げた。
まるでファイアバードみたいに、炎が渦巻きながら一直線に伸びていく。小さな手紙を狙うには余りにも強力な魔法。
あの手紙っていったいなんなの? そこまで必死に止めないといけないもの?
炎が手紙に到達しようというその時。
「見苦しいわ」
美しい声が響くとともに、水の壁が出現し炎の行く手を遮った。