第3話:バーチャルの仮面の下で
「蒼さん……黙ってるだけじゃダメですよ。もう、あなたの嘘は暴かれたんですから」
配信はなおも続いていた。
警備室のモニターには、田中蒼がまるで尋問を受けるかのように映されている。顔は蒼白、額には冷や汗。かつての「語り手」は、今や“容疑者”のようだった。
「――放送、止めろ。これ以上は……!」
蒼が叫び、配信機器に手を伸ばす。しかし、その手は虚しく宙を掴んだ。
山本蓮の手が、先に動いていた。するりと、彼の指が蒼の手をかわし、スイッチを押さえる。
「ダメですよ。生配信は“真実”の場所です。中途半端な暴露は許されません」
「お前、何者なんだ……!」
蒼の声が震える。怒りとも、恐怖ともつかぬ感情が渦巻いていた。
蓮はにっこりと笑う。
「僕の正体? まあ、語る機会はいずれ来ます。でも今日は、もう一人、“お話”してもらう方がいますから」
蓮がモニターを指差した。画面が切り替わる。
そこには、一人の若者の顔が映っていた。
「……加藤翔?」
蒼がつぶやく。
温厚で、何事にも動じないあの友人――のはずだった。その顔は今、全く違って見えた。まるで何年分もの怒りと苦しみを蓄積させたような、深く陰った目。
「田中。お前に一つだけ言いたいことがある」
彼の声は冷たく、静かだった。
「お前があの夜、何をしたのか。俺は知ってる」
《え、これ生配信続いてんの?》
《こわ、また新しい話始まった》
《今度は加藤翔ってやつ?》
《田中って……マジでヤバいやつなの?》
チャット欄が再びざわつく。
「俺の妹――花音が、死ぬ前に最後に連絡した相手はお前だ」
蒼の口がわずかに開いた。乾いた喉が何かを言おうとしたが、声は出ない。
「『逃げたい』って言ってた。『どうしても、あの人から逃げなきゃいけない』って。でも、名前は言わなかった。俺はずっと、それが誰かも分からなかった。でもな、田中……」
翔の声に怒りが滲み始める。
「お前の話を聞いて、やっとわかったんだよ。“あの人”ってのは――お前のことだったんだな?」
蒼は言葉を失った。
「あの夜、悠斗も一緒にいたんだ。覚えてるか? 奴が“止めた”んだ。お前を。“そこまでにしろ”ってな。……それでも、お前はやめなかった」
その言葉で、蒼の記憶に錆びついていた扉が、軋むように開いた。
あの夜の川辺。激しい口論。花音の泣き声。翔の叫び。悠斗の止める声。そして――
自分の手の中にあった、濡れたスカーフ。
「うそだ……俺は……そんなつもりじゃ……!」
「つもり、なんて関係ないんだよ!!」
翔が叫ぶ。蓮が黙ってモニターを見つめている。
「お前は、花音を追い詰めた。金をせびり、秘密を握り、逃げられないようにして――殺したんだ。本人に“そういう意識”があったかどうかなんて、どうでもいい」
「俺は……あの子を……」
蒼は、言いかけて、口を閉ざした。
違う。自分でも分かっている。あの夜、蒼は“選んだ”のだ。
自分の利益、自分の秘密、自分の未来――そのすべてを守るために、花音が声を上げることを“潰した”。
「嘘をつくのは、もうやめてくれよ」
加藤翔が、最後にそう言った。
画面が切れる。代わりに、蓮がゆっくりと語り始めた。
「皆さん。これが、真相です」
「田中蒼は、三年前の夜、自分の地位と名誉のために、一人の少女を“消した”。罪の意識はあった。でも、それを“語る”ことで正当化しようとした」
「これこそが、“#真相をお話します”の本質です」
コメント欄が、炎のように燃え上がる。
《やばい…これは本物の暴露だ》
《田中終わったな》
《配信に乗せるの、正気じゃない》
《山本蓮って何者なんだよ……!》
蒼は、椅子に崩れ落ちた。
足元が崩れ落ちるような感覚。全身が震える。
だが、そのとき――
蓮が、画面越しにこう言った。
「次のスピーカーは……“あなた”です。中村颯太さん」
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