第4話:「管理人の選択」
配信画面が一瞬暗転した後、静かに切り替わる。
照明も演出もなく、白い壁と古びたデスクの前に男が座っている。
中村颯太――このチャンネルの“管理人”だ。
黒縁メガネに無表情な顔。見た目は地味で目立たない。だが、彼こそが“#真相をお話します”を作った男だった。
「……俺は、最初からこうなるって分かってたよ」
マイクに拾われるのは、ため息まじりのかすれた声だった。
「この配信を始めたのは二年前。理由は簡単だった。“嘘が蔓延してる世の中が気持ち悪かった”」
画面には過去のニュース映像が映る。芸能人の不倫、企業のデータ改ざん、政治家の汚職――
「誰も本当のことを言わない。でも、バレたら泣きながら謝って終わり。そんなの、正義じゃないだろ」
チャット欄が徐々に静まり返っていく。
《あれ、管理人って話すタイプだったっけ?》
《この人が作ったの?このチャンネル……》
《まさか管理人自身に“暴露”があるのか?》
「俺が最初に“このチャンネルで話そう”と思ったのは……とある事件をきっかけにだった」
中村の目が、ゆっくりと下を向く。
「高校時代、俺には一人の親友がいた。名前は……斎藤海翔。今は“暴力団関係者”として名前が出回ってる男だ」
蒼のいた警備室の片隅、蓮がその名前にうっすら反応を示す。
「俺たちは小学校からの腐れ縁で、馬鹿なことばっかしてた。けど、あいつは本当に、誰よりも“人の痛み”に敏感なやつだったんだ」
中村の声が少しだけ感情を帯びる。
「……でも、あの事件が起きた。ある日、俺たちの高校で“とある女子生徒”が突き落とされた」
配信画面に当時の新聞記事が映る。「17歳女子、屋上から転落」「いじめの線で調査」――
「学校は“事故”として処理した。でも、俺は知ってた。あれは事故じゃない。あの子は、教師と、生徒数人から性的な脅迫を受けていたんだ。俺と海翔は、それを知ってた」
中村の手が、わずかに震えている。
「海翔は“自分が全部かぶる”って言った。“全部俺がやったことにすれば、あいつらは名前が出ない”って」
「そうして、彼は“関係者”として処分された。だけど、真犯人たちは……そのまま、今も社会に出て生きてる」
静寂が流れる。
「それが、“この配信”の始まりだ。“嘘をついて生きている奴らに、代償を支払わせる”。俺は、あのとき心に決めた」
チャット欄は凍り付いていた。
《……それ、マジのやつじゃん》
《教師の名前は?》
《正義感でこのチャンネル作ったってこと……?》
「でも、皮肉だよな。最初に“語ってほしかった”海翔は、もうこの世界にいない。数ヶ月前、警察に追われて……射殺された」
蓮が、ゆっくりと視線を伏せた。
「だから、俺は最後に――“彼の代わりに”この話をしたんだ。これが、俺の“真相”だ」
中村は静かに、語りを終えた。
しかし、その瞬間。蓮が配信の音声を奪う。
「感動的でしたよ、中村さん。でも――“あの子”の名前、最後まで出しませんでしたね」
中村の顔色が変わる。
「やめろ、蓮……それは“俺の領域”だ」
「領域? もう、そんなものありませんよ」
蓮が淡々と笑う。
「“その子”の名前は――渡辺凛。現在、港区の高級マンションに一人暮らしをしている、21歳の女性です」
蒼の瞳が揺れる。どこかで聞いた名だった。どこかで――
「……渡辺凛……?」
蓮がゆっくりと語る。
「そして、次のスピーカーは――彼女の“父親”です」
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