今朝、俺は暇潰しにルークの家へと向かった。
アイツがどんな機嫌でも備えられるように、右手に死体を引きずりながら。
このあたりは山脈地帯であり、足場がとてもとても悪い。
更には、ルークのせいで妙な噂も立っているためか、悪魔以外は寄り付かない場所となってしまった。
まぁ、道中で悪魔に会えたら、それはそれで良いことだろう。きっと楽しい。
しかし、今日会うことは叶わなかった。
何事もなく目的の場所につくと、一つの大きな山を飛んで登る。
その山には、洞穴がある。俗に言う洞窟だ
その洞窟が、ルークの家である
俺は飛び、目的の洞窟を見ると、すぐに中に入らず、入り口に降り立って、中を覗き込んだ
中は、中央に鍋、部屋の壁際には埃の積もった本棚に、壁にかけられた、蜘蛛の巣の張った棚と、それに乗せられた、曇りガラスの瓶がある
右側には、椅子と大きな作業用の机。
どれも木造の家具だ。洞窟にあるには、些か日常的に見えるだろう。
机に赤黒い血痕と光を反射する刃物が残り、瓶詰めされた指があるのを除けば。
鍋にかけられた液体は、体液とか、そういう類のものだ。
ルークが暴れた時に割った瓶の破片は、そのまま床に散乱していた
入り口にも御札を壁にペタペタ貼り、頭蓋を何となく置いたために、人間から見れば心霊スポットか、危ない宗教の物だと思われたに違いない
…さて。今日は、洞窟から笑い声も泣き声も無い。
機嫌が良いのか?
俺はゆっくりと中に入る。これなら、死体を渡す必要も無さそうだが……
もし必要が無いなら、死体は俺の飯にしよう
中は無人に見える。が、相手は”亡霊”だ。
どうせ見ているのだろう
『おーい、居るのか?俺だ、クロナだ』
あぁ、忘れてたら困るな
『一応、お前のトモダチなんだがー?』
名乗りを上げながら、入り口近くで、中を見回す。
瞬間、背後に気配を感じた。
気のせいではない。後ろから、影が伸びている。
俺の影に重なるように。
ここで気配に驚き、飛び退いてしまえば、アイツは俺を他人だと認識し、殺しにかかってくる
俺は、ゆっくり、ゆっくりと後ろを振り向いた
「あら、驚かないの?
私に慣れてるのねぇ」
目的の相手は、クスクスと笑っていた。
魔力の体であることを表すように、魔力が溢れる紫の髪と、艶めかしくもまだ幼さの残っている紫の目。
その目には、瞳孔が右目にしか残っていない。亡霊特有の外見だ
頭には御札が着いた輪っかを付けている。御札には目玉が書かれていた
「でも、私はアンタのこと、知らないわよ?」
彼女は首を傾げ、こちらを見てくる。
亡霊は忘れっぽいから面倒くさいが、仕方ないことだ。考える脳は、冷たい土の中にあるのだから
『お前にこうして慣れるくらいには、よく会ってたってことだ。
それは友達って言えるんじゃねぇの?』
「…確かに」
納得してくれたのか、うんうんと頷き、部屋の中へと入っていく。
ルークの影はいつの間にか消えていた。亡霊というのは、人を驚かす時の労力は惜しまないようで。
「ま、とりあえず入りなさいな。そこら辺に腰掛けといて。
…お茶は期待しないでね」
どうやら、警戒は解いてくれたらしい。今日は安定していて良かった
俺は椅子に座る。血が飛び散り、刃物の置かれている作業台が目と鼻の先にあるが、今は使わないようだ
黙々と死体を食べていると、宙を浮かび静観していたルークが声をかけてきた
「あぁ、アンタ……ちょっと思い出してきたかも」
『そりゃ良かった。
何を思い出したんだ?』
「ほら、私…よく実験してるじゃない?」
ルークは、よく人間や悪魔を使い、実験を繰り返している
実験の中身は、拷問まがいのことから、やる意味のわからない物まで、色々だ。
しかし、傍から見ていても、それが実を結んでいるとは思えなかった
『そうだな』
いちいちそれを指摘する必要は無いだろう。
亡霊は考える脳が物理的に無いから、実験など本来不向きである
「アンタは、色々やってくれたでしょう?
ほら、死体を持ってきてくれたりとか」
ルークは俺の齧りかけの死体を見る。
俺は、すぐに死体を後ろ手に隠した
『これはやらんぞ。俺の飯だ』
「はいはい」
ルークはクスっと笑った。こういうとこは、幼い人間のようにも見える
が、やはり亡霊は亡霊だ。
「ねぇ、今日やった実験の記録を話してもいいかしら?」
『構わん。よくわからんから、聞いてるだけになるが』
死体をまた前に持ち直し、歯を立てて齧り、咀嚼する。
今回の人間はあんまり美味くなかった
「それでも良いのよ」
俺の普段の行いを思い出したのか、ルークは俺の行動には取り合わず、実験の記録とやらを話してくれた
てきとーに相槌を打ちながら聞いていたが、どうやら今のルークは、魂と言うものに興味があるようだ。
詳しい内容は…食事中に書く内容でも無いため、簡単にまとめると
人間から魂を引き抜く実験を19回、成功数は4。
人間から魂を戻す実験を3回。成功数は0。
植物の魂を可視化させる実験を6回。成功数は0
そして、チビ霊…自分より弱い霊を”喰らう”時にも実験したと言う。
チビ霊の魂を支配下に置く実験を34回。成功数は0回
チビ霊の魂から記憶を抽出する実験を142回。成功数は0
喰ったチビ霊の魂を感じる実験を645回。成功数は645
最後に至っては、やり過ぎて、自分の魂とチビ霊の魂が混ざりかけたらしい。危ねぇな…
…亡霊の身でよくここまで思いつくものだ。最後のは極力しないでほしいが
また、チビ霊の実験数は上がった辺り、ここら辺は素材になるような弱い霊が多いらしい
あぁ、ルークが強いだけか。霊としては自我もハッキリしているし
ルークは、実験内容を語っている瞬間が一番活き活きとしている
俺は死体の半分を食べ終え、咀嚼と相槌を繰り返していた。
すると、楽しそうに話していたルークが、「あ」と声を上げた
「でも、もう良い実験材料が無いのよねー…
ねぇ。あのお墓の娘は…」
『構わんが、多分無理だぞ』
間髪入れずに言った。
ルークの言う墓は、俺が何となく墓参りに行くような墓だ。
「…あら、無理?どうして?」
『あいつは墓を荒らされても気にしないだろうが、危害を加えてくるなら、嬉々として遊び道具にしてくる女だ
辞めたほうがいい』
あの人は、生前からそういう人だった
「加害者を遊び道具にって…随分と変な人なのねぇ」
お前が言うな、とも思ったが、口に出さなかったのは我ながら偉かったと思う
「…まぁ、それなら諦めるけどねぇ。面倒な人を相手にするのは、宜しくないわ」
俺は面倒な人じゃないらしい。良かった
ルークはつまらなさそうに口を尖らせていたが、何かを思い出したように「あら?」と言った
『どうした?』
「そういえば、アンタ、今日は墓参りに行ったの?」
『んにゃ。気が向いた時にしか行かねぇし。今日は行ってねぇな』
「なら、これを機に行ってみたらどう?私はやることがあるから、ここに残るけど」
そう言って、ルークは棚の瓶を浮かせ、手元に吸い寄せた。
てきとーな実験か、素材でも確認するのだろうか
『…ま、どうせ暇だし…そうだな。行ってくる』
「ええ、行ってらっしゃい」
俺は食事をさっさと済ませ、残った腕はマントの内側に入れた。これくらいなら、隠して持ち歩ける。
羽を広げて、洞窟から飛び出る。
外は…太陽の位置から見てお昼時…か?
俺は墓がある方向へ飛んだ。夕方か、遅くても夜には終わらせたい
…………
数分ほどして、俺は森林へ入る。
森林の奥、広間になっている所に、墓があるのだ
途中で部下のクヴァルに見つかり、仕事を投げていたことを説教されそうになったが、全力で撒いた。あっぶねぇなほんと
まぁ、クヴァルの顔は愉快だったから、これもまた良しとしよう
そして、墓につく。
大木を囲むようにして木々が連なり、その広間の中央、大木に寄りかかるように墓石が置かれていた
しばらくの間目を離していたと言うのに、墓石は綺麗で、しっかり手入れされていることがわかる。
供えられている花は、恐らくクヴァルが備えたのだろう
俺はマントを絨毯代わりにして地面に座り、墓石を見つめる
気が向いた時にここに来て、こうするのが墓参りになってから、何ヶ月、何年経っているのだろうか
………
彼女が母だとわかったのは、死んだ後、あいつの部屋を掃除してやった時だ
なぜ教えてくれなかったのかはわからないし、今考えた所で無駄である
しかし、考えずにはいられない
墓参りの日は、そういった思考に耽ってしまうがために、長時間、墓前でボーッとしていることが多いのだ
自分なりに割り切れているはずなのだが…
そうしてボーッと過ごしていると、いつの間にか、辺りは暗くなっていた
…そろそろ、帰ろう
墓に背を向けた途端、何者かが後ろにいる気がして振り向いたが、誰も居やしなかった。
………
特に何事もなく、夜の森を飛ぶ。
夜は人外も人間も居ない、暇な時間だ。
このまま、帰ってさっさと寝るか…
木々を見下ろしながら飛行する道中。
身に受ける夜風は、墓石より温かかった
コメント
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今回は過去のリメイクじゃなく、普通に書いたやつです。 書きたくなったから仕方ない…((