テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「箱に鍵をかけるのは」
🧣Toy✕🌵Box
※監禁モノです。
※おもちゃ箱バースのお話です。
ToyをしまいたくなるBoxと、BoxにしまわれたくなるToyという2つの性があるバースです。
ご本家様を参考に、誠に僭越ながら設定をかいつまんで解説します。
(本編中ご本家様と違う描写がありましたらそれは私の解釈が至らない結果か、ご都合主義によるものです。先に謝罪します)
🎁Box→閉じ込めたい、自分の部屋で安心してほしいという欲求を持つ性。いつか出会える愛する人のために部屋を整える習性がある。
「空箱」:近くにいるToyをどうしても部屋に閉じ込めたくなる衝動のこと。後述するToyの「点検日」を誘発する。抑制剤で抑えられるが、抑えすぎたり悪化するとせっかく整えた部屋を破壊する「くずかご」という反動が出てしまうことも。
🧸Toy→閉じ込められたい、気が休まる部屋にいたいという欲求を持つ性。自分の部屋でもいいけど信頼できるBoxの部屋が一番リラックスできる。
「点検日」:動く気力がなくなり、重症だと生命維持に必要な行動以外なにもできなくなる時期のこと。そのためBoxの「空箱」を誘発するフェロモンを出し、部屋に連れて行ってもらおうとする。抑制剤で抑えることも可能だが、抑え続けると身体の一部に不具合が起きる「故障」という現象が起きてしまうことも。
🔒️「専属契約」:いわゆるつがい契約のようなもの。「空箱」「点検日」がお互い以外のフェロモンでは誘発されなくなる。Toyの身体の何処かにある鍵穴の形をしたアザにBoxが自分の血をつけた唇でキスをすると成立。
その他、本当に細かなステキな設定があるので、ぜひ支部の本家様の設定をご覧ください!!合法的に監禁できる素晴らしいバースです。
🌵視点
ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込む。鍵を回してノブをひねれば見慣れた我が家が現れた。
「ただいまー」
誰もいないのに俺はわざわざ挨拶をして敷居をまたぐ。ドアを施錠し、靴を脱ぐ時間ももどかしい。左腕に下げた「プレゼント」を早く取り出したかった。
上着をハンガーにかけて、俺はウキウキしながら袋をリビングのテーブルの上に置いた。まず取り出したのは、小さな花束。何本も入ってるのに安かったミニブーケだ。花屋に入るのなんて初めてで、本当は一本一本選んだりもっとちゃんとした買い方があったのかもしれない。でも店員さんと目が合ったら一気に緊張して一番手前のをひったくるように選ぶことしかできなかった。
わかってる、182cmの大男が花を飾るなんて柄じゃない。でも、これに出会ってしまったから仕方ない。俺はもう一つ取り出した箱を丁寧に開封した。
出てきたのはガラスでできた小さな花瓶だった。深い青色の表面に星空のような金粉が散りばめられ、そこを小さな魚が何匹も泳いでいる。果てのない天の川を泳ぐようにも、深海の静かなマリンスノーの中で戯れるようにも見えた。
この美しい青のグラデーションと繊細な魚の模様に一目惚れしてしまったのが先月。
俺はBoxという厄介な性質を持っている。Boxは気に入ったものを時々部屋に入れないと気が済まない。花瓶なんて、と一度は諦めたけど、どうしても忘れられなかった。どうせ定期的に何かを部屋に入れたくなるんだから、これをきっかけに花を買う生活も悪くない。俺はいそいそと流しに水を汲みに行った。
水が入った花瓶は店頭で見たときとは色合いが更に変わって見える。窓から差し込む陽光が深い青を透かしてテーブルの上にオーロラのように色を落とす。適当に買ってきた花束を包み紙をほどいて生けてみたら、オレンジが多めの花束だったのでびっくりするくらい似合っている。
胸が弾んで仕方ない。大声で歌って踊りだしそうになるのをこらえて、花瓶を片手に俺の部屋のドアを開けた。───ここは、俺の箱庭だ。
Boxはいつか出会える愛する人に部屋で安心してもらうために、自分の部屋を好きなもので飾り立てる習性がある。俺もこの部屋に引っ越してきてからずっと俺の部屋を飾り付けていた。新入りの花瓶はどこに置こうか?どこに置いたら気に入ってもらえるかな。とりあえずデスクに置いて、俺は本日二回目の部屋の手入れを始めていた。ちなみに一回目は買い物に出る前にやった。
俺でも悠々使えるでかいベッドは綺麗にベッドメイキングされてるし、ソファーのクッションもふかふかだ。床にはホコリ一つない。棚にはおすすめの漫画とボドゲといろんなぬいぐるみが置いてある。限界のぬいぐるみの位置はこれでいいか?いつも置き方に悩むんだよな。焼きパンは端っこでいいや。
ふと青くて丸いぬいぐるみが視界に入って手が止まった。……らっだぁの、手のひらサイズのぬいぐるみ。そのへらへらした顔を見ていたら急に胸が重くなってきた。
「なぁらっだぁ、俺、Boxってやつなんだぜ」
気が抜ける顔の向こうに本物のらっだぁの顔がちらつく。もちろん答えなんか帰ってこないし、期待していない。
この世界には第二の性が存在している。それがBoxとToyだ。Boxは愛する人を、Toyを自分の部屋に閉じ込めたい「空箱」という衝動に駆られることがあって、そのせいでBoxによる拉致監禁事件は後を絶たない。自分がBoxだと知ったとき、俺は自分に誓ったんだ。絶対にそんなことはしないって。俺は優しくToyを迎え入れるんだって。
でも、誓いだけじゃこの胸の空白は埋まらない。Toyを欲する本能を薬で誤魔化して、家に帰ってこの部屋のドアを開けて、そこに誰もいない日々。それは毎日毎日俺の胸を蝕んでいた。
「……あっ、ま、ずい……」
胸の奥で暗闇が首をもたげる。急に呼吸が早くなって思わず口を手で押さえた。それでも過呼吸のような苦しい音が漏れる。
いつか出会える「愛する人」ってなんだ?生まれてからずっと、恋人だっていたことないのに!
途端に飾り立てた部屋がバカみたいに思えてきて、俺は椅子を蹴飛ばした。派手な音を立てて椅子が床に倒れる。
きっと誰も来ることのない部屋が虚しくてたまらない。俺はベッドの毛布やシーツを床に投げ落とした。数ヶ月ぶりの「くずかご」状態。自分でも破壊衝動に流されてるって自覚しているのに、空白を持て余した身体が止まらない。
ゴミ箱を蹴り倒して、ぬいぐるみの山を叩き落として。怪獣のように暴れまわるさまは俺が誰にも絶対に見せたくない凶暴性そのものだった。
まともな人間のふりなんてやめて、本能のままに狂って見知らぬToyを家に引きずり込んで鍵をかけて、それがきっと一番幸せだったんだろう。Boxが幸せになるには誰かを閉じ込めないといけないんだから。
結局最初から誰かを傷つけなきゃならないんだ。俺は腹から吠えて手に持ったぬいぐるみを投げ飛ばした。
「……あ、ッ?!」
野球ボールのように鋭く飛んだぬいぐるみがあの花瓶に当たった。急に我に返って手を差し伸ばしたけど遅かった。手にぶつかったけど掴み取れず、弾んで床に落ちた。嫌な破壊音と、床に飛び散る水と花。その横には俺が投げたらっだぁのぬいぐるみ。
「あ、ああ……ッ、なに、やってんだ俺っ!!」
花瓶は形は保っていたけど、側面に一筋のヒビが入っていた。我に返ると部屋の中は荒れ放題で、俺はとりあえずタオルを取ってきて床にこぼれた水を拭いた。
Toyを部屋に入れることができなければ、薬で誤魔化してもただ反動が蓄積されるだけ。誰も来ない部屋を整えて、いずれ耐えきれなくなって壊す。その繰り返しが本当に辛い。
「なんでこんなのに生まれたんだよ……」
涙がぽたりとメガネのレンズにぶつかって、それからタオルで床を拭く手に落ちた。
「くずかご」になったあとはただ苦しみと絶望だけが待っている。でも、また飾らずにはいられない。手は無意識に物を元の場所に置こうとしている。一年中メスに見てもらうためだけに巣を飾り立てる鳥みたいで笑えてくる。
重い頭を抱えて手を動かしていたら、どこかから通知音が鳴っていることに気づいて俺は慌ててスマホを探した。ベッドと壁の隙間に落ちていたのを発見して通知を見ると、メッセージの山。
「やっべ、そうだ、らっだぁと……!!」
らっだぁから「ついたよ」「どこにいるの?」というメッセージの連投が来ていた。今日は久しぶりに会う約束をしていたんだ!さっきなんとなくらっだぁのぬいぐるみに目が止まったのはきっとこのせいだ。部屋を荒らしている場合じゃなかった!
俺は「今外?」というメッセージに「今家、これから外」と返し、慌てて上着とカバンをひったくった。車で行ったほうが早い。
部屋の片付けは後回しだ。Boxのことは明かせないけど、久しぶりにらっだぁに悩み相談に乗ってもらうのも悪くない。……遅刻に怒ってなければ、だけど。
*
「これから外、は新しいパターンやん」
先に席で待っていたらっだぁは怒っていなかった。いなかったけど、息を切らして駆けつけた俺に開口一番嫌味を吐いてきた。
「ごめん本当に、ちょっと、その……考え事してたら夢中になっちゃって」
「そう?大丈夫?顔色よくないけど」
「ぇあ?!もう大丈夫だよ」
らっだぁはそういうところが目ざとい。俺は半笑いでごまかした。
今日の店はいちごのスイーツが有名なカフェ。らっだぁがいちご好きだからってこんなおしゃれな店に来る羽目になった。店内は木のぬくもりを感じる落ち着いた雰囲気で、悪目立ちしないように俺は急いで席についた。
らっだぁのお言葉に甘えてお気持ち表明してしまおうか、と思ったときに俺は違和感に気づいた。
俺たちの席は4人がけのボックス席だった。らっだぁは通路と反対側の壁に少し身体をもたれて俺と会話していた。俺が見ているのに気づいて身体を戻したけど、俺が上着を脱いだりドリンクの注文をしている間にまたもたれかかっている。
「らっだぁ、なんか注文したのか?」
「んー?あー、これ飲んでるから」
氷ばかり溶けてほとんど減っていないアイスコーヒーを指差している。せっかくのいちごの店なのに。やっぱり、どう考えてもおかしい。端的に言うと具合が悪そうだ。
「大丈夫かよ?なんか顔色悪いぞ」
「そぉ?メンタルはお前のほうがヤバそうだけど」
「ん!?な、なんでだよ、見た目でメンタルなんてわかんないだろ。らっだぁこそ顔真っ青だぞ」
「やだなぁ、肌色に塗ってきたのに」
「そういう意味じゃねぇよ」
「へーきへーき、花粉花粉、花粉のせいだから」
手をフラフラ振ってるけどその動きもなんとなくぎこちない。
「手、それも花粉かよ?」
「えー?明け方までヴァロやってたからかな」
「んだよ、またハマりすぎだろ」
「ぐちつぼもたまにはやろうよぉ、lolじゃなくてさー」
「わかったって、絶対やりましょ?」
「やらないやつやん、それ」
らっだぁはおしぼりを両手で引っ張ってケラケラ笑っている。ちょっと顔色も良くなったみたいだ。届いたコーラフロートを俺がストローでつついてると、らっだぁは身体を起こして机に肘をついて俺を見た。
「それより、なんかあったの?」
俺は、このらっだぁの言葉に弱い。昔から色々相談してきたけど、聞くモードに入ったらっだぁはびっくりするくらい優しいんだ。コラボ配信してるときは意地悪なのにな。
「えーっと、その……最近、上手く行かないことが続いててちょっとメンタルやられてただけだぜ」
「ふーん。欲求不満ってこと?」
「まぁそういうことになんのかな、願いが叶わないっつーかやりたいことできない、食いたいもの食えない、みたいな?」
俺はBox性のことはぼかして、身振り手振りしながららっだぁに心情を吐露していく。
俺の心のなかには大きな空白があって、まぁ物理的に部屋も空白なんだけど、それがとても辛い。満たされない部分に大事なものを入れたい。でもその大事なものも見つからない。そんなことをだいぶぼかして伝えた。らっだぁはずっと頷いてくれた。
「……てな感じでさ、虚しくなっちゃったわけ」
話しているうちに俺も心が整理できて、だいぶ落ち着いてきた。らっだぁは感情が表情に出にくくてホニャホニャしてるからプレッシャーを感じない。聞いてもらってるだけで安心するんだよな。
「つまり聴牌してるのに待ちが来ないみたいな感じね」
「俺の積年の悩みを麻雀でたとえんなよ」
「えー?じゃあ……部屋も整えて鍵も開いてるのに、誰も入ってこないみたいな感じ?」
胸がドクンと高鳴った。ふざけた回答から一転して、核心を貫かれた。俺の心のなかにある空っぽな部屋が暴かれたかのようだった。
「らっだぁ、俺……」
らっだぁになら、全部言ってもいいのかもしれない。Box性のことはたまにニュースにもなるし、……まぁほとんどいいニュースじゃないんだけど、知ってる人は知ってるはずだ。
俺が意を決した瞬間、らっだぁの身体が大きく傾いた。
「らっだぁ?!」
慌てて席から立ち上がって、机に突っ伏しそうな両肩に手を当てて押さえた。ちらっと見えた顔は目をぎゅっと瞑っていて、自力で座っているのも辛そうだった。俺は周囲の目をごまかすようにらっだぁの隣に座って話しかけた。
「どうしたんだよ、風邪でもひいてんのか?熱あるんじゃないか?」
「ん……大丈夫、じゃ、なさそうかも」
「だろうな、帰れるか?会計しとくから」
「……ちょっと、駄目かも……帰れないかも。連れて帰ってよ」
「お、俺、らっだぁんち知らねぇぞ?」
「お前の家でいいから」
そういうとらっだぁは俺の肩にもたれかかってきた。その途端ふわっ、と、香りのようなものがした。具体的に匂いはないけど、なにか強い、感情を揺さぶる香りが。
腹の底からなにか湧き上がってくる。渇望だけが俺を動かしていた。
*
そこからの記憶は曖昧だ。らっだぁに肩を貸したまま会計をして、助手席に乗せて車を走らせて、気づいたら俺はらっだぁを引きずるようにして俺の部屋の前に立っていた。
もつれる手で玄関の鍵を開けて、その鍵ごと上着もカバンもリビングのテーブルの上に投げ捨ててらっだぁを椅子に座らせた。その頃には呼吸も辛そうで、俺が呼びかけてもしんどいみたいで答えてくれなくなっていた。
横になれる場所、ベッドで寝かせたほうが……と思って俺は思い出した。部屋は、俺の箱庭は、俺がぐちゃぐちゃに荒したばかりだった!
「らっだぁ、ちょっとここで休んでてくれ。俺の部屋来んなよ、すぐ片付けるから!」
返事を待たずに俺は急いで部屋中に転がるぬいぐるみをかき集めて棚に詰め込むように戻す。ひっくり返った椅子も乱暴に戻して、ゴミ箱も片付ける。それでもどこから手を付けたものか迷うくらいに部屋は荒れていた。
朝までヴァロやってたから寝不足か貧血なんじゃないか?横になればきっと治るはずだ。シーツまでぐちゃぐちゃになったベッドを直そうとしたとき、かちゃん、と背後でドアの開く音がした。
「……ここがぐちつぼの部屋なんだ」
俺は恐る恐る振り返った。驚いたような顔のらっだぁが立っていた。
一気に鳥肌が立った。血の気が引いて、俺はもつれるようにらっだぁに駆け寄った。
「や、やめろ、見るなよこんな……ッ?!」
完璧とは程遠い、荒れた部屋。俺はパニックになってらっだぁを押し返そうとしたけど、らっだぁは逆に俺を押しのけて構わず部屋に入ってきた。
───見られた。こんな汚い部屋を。
呆れただろう。失望しただろう。帰ってしまう。こんなの理想とは程遠い。本当なら全部計算された置き方になっていて、汚れなんか一つもなくて、夢みたいに綺麗なんだ。ここは俺の箱庭なんだ。
俺は急いであたりを見回した。どこかにロープはなかったっけ?ガムテープでもいい。なんで用意してなかったんだろう。飾りなんかよりそれが一番重要だったのに。
ここから二度と出したくない。ドアに鍵をつけておけばよかった。早く手足を縛らなきゃ。包丁突きつけてでも脅さなきゃ。ちょっとくらいなら切ってもいいか。
帰らせない。絶対に、逃さない───
「やっぱり。お前、Boxなんだ?」
急にやたら明るいらっだぁの声が思考を突き破った。その声で俺の頭の中の不穏な妄想が破裂する。
「は、へ?」
「抑制剤飲んでたけど最近本当にきつくて、ダメ元で来てよかったわ」
呆気にとられる俺を置いてらっだぁは勝手にぐちゃぐちゃのベッドに腰掛けている。その顔色はさっきよりもマシになっていた。そして、俺の頭を支配しそうになった良くない願望も薄れていた。
「らっだぁ、お前、Toyなのか!?」
「そうだよ」
「なんで、俺のこと知ってたのか?」
「んー、確信はなかったけど。でもお前と会ったあとに「点検日」になることあったから」
「本当かよ?じゃあ今も「点検日」なのか?」
「そうだよ、お前も「空箱」だったんでしょ?この感じだと」
らっだぁは荒れた部屋を見回して頷いている。
Boxの「空箱」という衝動がToyをしまいたくなる欲求だとすると、Toyは自分を無力化することでBoxにしまわれやすくなる「点検日」という衝動を抱えている。
BoxもToyも、欲求を薬で抑えることは出来るけどお互いのフェロモンのせいで衝動が誘発されてしまうんだよな。俺がさっき無我夢中でらっだぁを連れ帰ったのも、「点検日」真っ最中のこいつのフェロモンのせいで「空箱」が急速に悪化したんだろう。……なにがなんでも監禁しよう、という発想にまで至ったことが今でも信じられないけど。
「だから助かったよ、お前がBoxでよかった〜」
そう言うとらっだぁは背伸びをして俺のベッドにごろんと寝転がった。まだシーツもクシャクシャなのが気になって仕方がない。
「ちょ、遠慮しろよ」
「だってこれ、俺のために整えてたんでしょ?」
「ら、らっだぁのためっていうか、Toyのために」
「じゃあ実質俺のためやん」
いつも以上にふてぶてしくらっだぁはベッドでゴロゴロしている。なにか嫌味でも言ってやろうかと思ったけど、上手く言葉にならなかった。
悔しいけどらっだぁが部屋にいるのを見ていると心が落ち着いてくる。俺が買って、俺が置いて、俺が手入れしてきた誰かのための物たち。その中にToyが、らっだぁがいる。
今までずっと繰り返してきたけど、鳥のいない鳥籠、皿だけが空の宴会場のようなものだった。十数年感の空っぽの気持ちが満たされる。今まで憎んでやまなかったBox性が、空白が満たされる昇天するような感覚は常人では絶対に味わえなかっただろう。
「ねぇ、ここにいていい?」
俺が未だかつてない満足感をしみじみ噛み締めていたら、らっだぁが寝転がったまま俺を見上げていた。俺の楽園を認めてくれたその言葉で思わず涙が出そうになった。
「らっだぁが元気になるなら、その……いいぞ」
「ありがとね。ただのBoxじゃ駄目なんだよ、信頼してるBoxじゃないと。ぐちつぼなら心配ないからね」
「俺も、初めて入れたToyがらっだぁで良かったぜ」
「あは、俺が初めてなの?よく頑張ってきたね、今まで」
ねぎらいの言葉が胸に刺さる。「点検日」で動けない知らないToyを攫って監禁、なんてのがBoxにとって一番最悪の人生だろう。その前に気心のしれているToyに出会えたのは、本当に幸運なことなんだろうな。
「……やっと見つけた」
小さなつぶやきがベッドから聞こえた。探してたのはらっだぁも一緒なのかな。
鍵もロープもいらなかったんだ。信頼してくれるToyが自分から部屋にいてくれる、それだけでこんなにも満たされるとは思わなかった。
俺も幸せになれるんだ。俺は寝息を立て始めたらっだぁを起こさないように部屋の片付けを再開した。
片付けもだいたい終わったのであのヒビの入った花瓶にもう一度水を入れてみた。ぱっと見た感じでは水が漏れているようには見えない。俺はホッとして少ししおれかけた花束を生けて部屋に戻った。
らっだぁが目を覚ましていて、ベッドに腰掛けていた。俺の手の中の花瓶を見て微笑んでいる。
「へぇ綺麗だね、それ」
「だろ?一目惚れしちゃって」
「ぐちつぼが花ねぇ」
「ぼ、Boxやってると花ってコスパがいいんだぜ?部屋を飾りたくなったときにすぐノルマクリアできるからな」
まあ、花のコスパに気づいたのは今回が初めてなんだけどな。らっだぁは部屋の中をきょろきょろ見回して頷いている。
「なるほどね、枯れたら何度でも買い替えれるもんね。でもそれにしちゃぬいぐるみとかいっぱい買ったんだね、可愛いね。これでToyに喜んでもらえると思ったんだ?」
「う、うるせぇな、これでも必死に考えた結果なんだよ!」
「ごめんごめん。あれ、俺のグッズもあるやん」
「フン、それもノルマだぜ。達成させてくれてありがとな」
「ええー?まぁ、この部屋においてくれてるのは喜ぶべきか、一旦。配信部屋は別なんでしょ?」
「そりゃそうだぜ、ここにパソコン置いたら人の入る隙間ねぇよ」
ベッド、ソファー、棚、棚、机、椅子で部屋はほとんど埋まっている。それもこれもまだ見ぬ愛する人に喜んでもらおうとした俺の必死な努力の歴史だ。
新入りの花瓶をどこに置こうか悩んで、とりあえずベッドの横のサイドテーブルに置いてみた。俺のいつもの部屋の手入れをらっだぁはニコニコしながら見ていた。
なんとなく居心地が悪くなってきた。というか、見られているのが恥ずかしい。舞台袖に顔を突っ込まれているような感じだ。この部屋は俺そのもので、それを赤裸々に見せているのが今になって恥ずかしくなってきた。
「でさ、もう治っただろ?自分ち帰れるか?」
そう言ったららっだぁはきょとんとした顔をしていた。それから俺の枕にしがみつく。
「やーだー、いいじゃん騒いだりしないし」
「仕事しろよ、配信しろって」
「ちょっとくらい休んでも大丈夫だよ」
「悠々自適でいいな個人勢は」
「あー?企業に入って変わっちゃったね、ぐちつぼくん……」
「それはやめろォ!!」
俺が吠えてたら、らっだぁはつまらなさそうに枕を置いて立ち上がった。おもむろに上着のポケットに手を突っ込んで憮然そうに宙を見ている。
「……じゃあ本当に帰るけど、いいの?」
青い目が俺の目を鋭く捉えた。その瞬間心がひどくざらついた。
この部屋から出ていく?らっだぁが?そんなのバカげてる。逃がしたくない。その言葉が呪いのように頭の中を回り続ける。
でも違う、俺はいいBoxなんだ。これで満足したし、らっだぁなら呼んだらいつでも来てくれるだろう。また「空箱」になりそうになったら来てもらえばいい。らっだぁにも生活があるし、帰ってもらっても大丈夫なんだ。
「そっかぁ」
満足そうな声と、表情が目の前にあった。
優等生な思考とは裏腹に、俺の手はらっだぁの腕を掴んでいた。
「あ、いや、えっと」
「だよね。俺を手放すなんて許さないよ」
離そうとした手をらっだぁが強く掴んだ。金属の擦れる音がした。俺が手を引くより早く、冷たい金属の輪が俺の右手首を拘束していた。
「は?!らっ、え?!」
突然のことで声が出ない。なんで俺の右手に手錠がかかってるんだ?どうしてリングのもう片方をらっだぁが持ってるんだ?
「やっと見つけた最高のBoxなんだから。逃がさない」
俺の前でらっだぁが優しげな垂れ目を見開いてうっとりと笑っている。なにを考えているのかわからない。距離を詰められて俺は思わず後ずさる。
「待てよ、どういうことだよ?!」
なにが起きているのかわからない。怖くて足に力が入らなかった。震える俺のことをにこやかに見つめてらっだぁはどんどん距離を詰めてくる。
「嬉しかったんだよね?俺が来て。しんどかったけど抑制剤我慢しててよかった〜。俺のフェロモンも効いたでしょ」
「は……?お前、わざと?」
「だってぐちつぼも探してたんでしょ?ずーっと、Toyのこと」
真実に気づいて呼吸が早くなった。らっだぁはわざと重度の「点検日」に陥って俺の「空箱」を誘発してここに連れてこさせたんだ。ここに、俺の部屋を知るために。
「なんでこんなことすんだよ!?」
手首の金属の感触が怖くて仕方ない。加害することばかり恐れていたから予想外の襲撃に頭が真っ白だった。パニックになって青ざめる俺を見て、らっだぁは大きくため息をついている。
「なんか、なんかだわぁ〜。満たされたんだよね?俺が来たから。ずっと空っぽだったのに。辛かったんだよね?」
「っ、それは……」
「ちゃんと言わないと出てっちゃうよ?いいの?」
らっだぁが手錠の片割れを持つ手を下ろす。途端にまた身体がピリついた。被害者のツラを剥がされるだけで一瞬で俺の中の加害者の顔が出てきそうになる。
理性と本能の間で震えている俺を見てらっだぁは薄く笑った。手錠をぐいっと引っ張られた。身体がバランスを崩した次の瞬間、らっだぁの顔が目の前にあって、顎を掴まれて唇を押し付けられていた。
「〜~~ッ?!」
乱暴なキスにパニックになった俺の身体をベッドに突き飛ばして、馬乗りになってまた無理矢理口を塞がれる。怖くて全身がこわばって、早く終われと目をギュッと閉じていた俺の耳にカチャン、という金属音が聞こえた。
「んふ、怖いね、可愛いね」
らっだぁの手が俺の髪をゆっくり撫でる。とっさに振り払おうとしたけど右手がガチャガチャ音を立てるだけで動かない。手錠の片方がベッドの柵にかけられていた。
「なに、してんだよ、らっだぁ……ッ」
笑顔が怖くてたまらない。このあとなにをされるのかを考えたら涙が滲んできた。俺がずっと振り払おうとしてきた悪夢───Toyを拘束して監禁する妄想。それを、なんで俺がされてるんだ?
馬乗りになったまま微笑んでいたらっだぁが急に真剣な顔になった。しゃくりあげながら怯える俺に顔を近づけて、真っ直ぐに言ってきた。
「ねぇぐちつぼ。俺がこの部屋に来てあげる。だからさ、誰もこの部屋に入れないで。俺のためにこの部屋を守ってよ」
真剣な声だった。白い手がまた俺の頭を撫で、ポケットからなにかを取り出した。それはリビングの机に置いたはずの俺の家の鍵だった。
「なんで持ってんだよ?!」
「もうぐちつぼには必要ないからね。俺が管理しておくね」
「はぁぁあ?!」
鍵にキスをするとらっだぁは俺の上からどいてリビングの方に出ていった。なにかを漁る音と「合鍵はどこにあるのかな~?」という間延びした声が聞こえてくる。数分もしないうちに合鍵を持って場違いなくらいニコニコ笑顔で戻ってきた。
「ふー、ぐちつぼのことだからもっと変なところに置いてるかと思って覚悟してたわ」
「返せよ、離せって!冗談ならもう、今なら許すから!!」
「へぇ?冗談?」
らっだぁの青い目が歪んだ。悪そうな笑みを浮かべて身動きの取れない俺を見下ろしてくる。2本の鍵をしげしげと眺めて、それから俺を置いてドアへと歩いていく。
「っ、どこいくんだよ!?」
嫌な予感がして俺は叫んだ。らっだぁは面倒くさそうに振り向いた。
「んー?ちょっとうち行って必要なものとってくるわ」
「はぁ?!これ外せって、嘘だろ!?」
「だいじょーぶ、ちゃんと戻ってくるよ。お前は俺の大事な箱なんだから」
鍵を持ったままの手をぴらぴら振って、らっだぁの顔が閉まるドアの向こうに消えた。少しして玄関のドアと鍵の閉まる音がかすかに聞こえた。
途端に部屋に静寂が訪れた。聞こえるのは耳鳴りの不快なキーンという音と、過剰なほどに血を送り出す心臓の爆音だけ。
右腕はいくら動かしても鎖が引きちぎれるわけもなく、ベッドだって重くて動かせない。
帰ってこなかったらどうしよう。その恐怖で背中を冷や汗がダラダラ流れる。
俺は部屋を見渡した。スマホはバッグと一緒にリビングにおいてきてしまった。大声を出してもいつものことだと思われて取り合ってもらえないかもしれない。拘束されているのは右腕だけだから少しは身体を動かせた。俺はベッドから届く範囲でなにかできないか試そうとした。でも脱出ゲームじゃないから都合よくドライバーやノコギリがあるわけもない。この部屋にはそんな危険なものは置いてない。
だって、ここは愛する人のための箱庭なんだから。
数分、いや数時間?色々試そうとして、俺はついに諦めた。手錠に擦れた手首がじくじく痛い。焦燥が胸を荒らす。このまま放置されたら俺はどんな死に方をするんだろう。そんなことまで考えて涙が出た。
あがきをやめた俺の耳に、ポタポタという音が聞こえてきた。やっぱり花瓶のヒビから水が漏れていたみたいで、サイドテーブルから水滴が床に落ちている。水を無くした花はすっかり首を垂らしていた。
「あれ、なんでだ……?」
音で我に返った俺はずっと左手でなにかをしていたことに気がついた。寄りかかっているベッドのシーツを無意識に整えようとしていた。そうだ接着剤はどこだっけ?この花瓶は本当に気に入ったんだ。窓辺においたらきっと綺麗で、喜んでもらえるはず……
感情と本能がぐちゃぐちゃだった。さっきまで俺の箱庭で笑っていたらっだぁがいないこと。時間が経つにつれて今後の自分の心配よりもその喪失のほうがじわじわ響いてきた。
だってこんなことをされてるのにらっだぁが、初めてToyが来てくれて本当に嬉しかったんだ。
「……っ、なんで嬉しいんだよ」
苦い声が部屋に転がった。ケースを開けば輝く指輪のように、蓋を開けば待ち受けるプレゼントのように。俺はあくまで箱だ。中身がなければ意味がない。完璧な俺のおもちゃ箱に理想のおもちゃが収まったあの瞬間は、あまりにも幸せだった。
かすかに鍵の開く音がして俺はまどろみから目を覚ました。足音が近づいてきて、部屋のドアが開いた。らっだぁが帰ってきてくれた。
「お留守番できたね、やるやん」
優しげならっだぁを見て俺の顔は勝手にクシャクシャの笑顔になっていた。
「らっ、だぁ……ッ」
「どお?寂しかった?」
臆面もなく笑いかけるその顔に、罵声と文句がこみ上げた。俺を急に拘束して監禁した犯人なのに、それなのにまた微笑みかけられるのが信じられない。
抵抗しないと。こんなの許しちゃいけない。
「さびしか、っ、た」
「そうだね、ごめんね」
俺の口から出たのは信じられない言葉だった。呆然とする俺の頭をらっだぁが優しく撫でてくれた。
「いやだ、な、んでだ、よ!?」
必死に抵抗の言葉を吐き出す。ここで流されたら駄目だ。俺が閉じ込められるなんて意味がわからない。Boxが閉じ込める側なんだから。らっだぁを、二度とどこにもやらないように───
「大丈夫、俺が鍵をかけて守ってあげるからね」
視点の定まらない俺の前にしゃがんで、らっだぁが強く言った。心のどこまでもを見透かすような目だった。
「……は?守る、って?」
「他に誰も入れないようにしてあげる。鍵を開けちゃ駄目だよ?知らない人が……Toyが入ってきちゃうかもしれないからね」
らっだぁはポケットから2本の鍵を取り出して俺の目の前で揺らしてみせた。声が出ない。頭の中でなにかがガリガリ書き換わる音がする。
「任せてよ、必要なものは何でも買ってくるよ。だからここにいてね。ここで、俺のための箱を守っててね」
「で、も」
「こんなに最高なBoxなんてもう二度と出会えない。やっと見つけたんだよ。……絶対誰にも渡さない」
2本の腕が身体を引き寄せて、俺を強く抱きしめた。耳元で聞いたらっだぁの声はわずかに震えていた。こいつも切羽詰まってて、だからこんなことをしたのかな。
抱きしめられているうちに身体からだんだん力が抜けてきた。頬を熱いものが伝う。鼻を鳴らしている俺を見て、らっだぁは微笑んで涙を拭ってくれた。
「泣かないでよ、もう大丈夫なんだよ?」
「わか、った、らっだぁ」
「わかってくれてよかったー。怖かったよね、今までずっと」
らっだぁは脱力してただうなずく俺のことを優しく撫で続ける。今まで抑え続けてきた悩みも葛藤も溶けていくようだった。
これで良かったんだ。俺はBoxとして監禁することに怯えてたけど、だったらToyに鍵を渡してしまえばよかったんだ。
俺が鍵を開けなければいい。このToy以外を部屋に入れなければいいんだ。それで楽園は完成する。
「んー、素直だねー。……俺たち抗えないよね、本能には」
らっだぁの苦笑が耳をくすぐった。どんな事情があるのかわからないけど、切羽詰まったからってToyがBoxを閉じ込めるなんて。飢えていたのはお互い様だったんだ。
らっだぁの顔がまた俺に迫る。唇が近づいてきても、もう俺は抵抗しなかった。
柔らかい感触が重なり合う。半分目を閉じて朦朧とキスを受け入れていたけど、突然鋭い痛みが唇を襲った。
「痛ッてぇ?!」
口を離したらっだぁの唇にも血が少しついていた。唇が少し噛み切られ、血がじくじく溢れ出していた。
「なにすんだよ?!」
「知ってるでしょ?「専属契約」のこと」
そのワードで続けざまに吐こうとしていた罵声が引っ込んだ。らっだぁは右の袖をまくって白い腕を俺の前に見せる。腕の内側には黒い鍵穴のようなアザがあった。
「わかるよね?なにしたらいいか」
唇の鈍い痛みが俺は正気で、これが現実であることを教えてくれる。
ここにキスをしたら俺たちは本当に「完成」する。俺は身体を起こしてアザに優しくキスをした。らっだぁはうっとりとした目で血のついたアザを眺めていた。
「これで契約成立だね。俺たち共犯者だよ」
勝ち誇ったような笑みだった。俺の頬に手を当ててティッシュで唇の血を拭いてくれる。それからやっと手錠を外してくれた。
「らっだぁ、その……ありがとう」
「……えぇ?こちらこそ」
らっだぁは意外そうな顔をしていた。でも俺は感謝したかったんだ。
「もう、鍵をかけなくていいんだな」
長年の重責から解き放たれて、初めて俺は自由だった。この部屋を整えてToyが帰ってくるのを待つ。それだけでいいんだ。
俺は加害者じゃない。もうなにも気にしないでいいんだ。
「……そうだね。俺が鍵をかけてあげるからね」
「ちゃんと来いよ、この部屋に。待ってるから」
「当たり前だよ。俺を手放すなんて許さないよ」
らっだぁが目を細めて笑っている。
俺はもうここから出るつもりはなかった。
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誰かを監禁してしまいそうで怖い?その人に鍵を委ねればいいんじゃないかな!(アクロバティック解決)
Boxって監禁側として描かれがちなのかなと思うんですが、獲物を待ち受けなければいけない、受け入れる側なので実は立場が弱くて、Toyがゴリゴリに強かったら立場が逆転するよなぁ~と思って書きました。そういうの大好きだ。
おもちゃ箱バース無限に流行ってほしい。
コメント
8件

初めて知ったバースですが、すごく素敵ですね!! それに、こういった一見した力関係と立場逆転しちゃうのすごく好きです!
おもちゃ箱バース、、 初めて知ったけどこれまたいいなぁ〜〜^ ^ 砂場さんの作品まじで大好きです!

砂場様のバース系統の話めちゃくちゃ好きなので本当に嬉しいです。他のバース設定の話も見てみたいです!
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