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「そうだ、復讐しよう」
アリが遠く遠く見えなくなってしまうと、キリギリスはポツリと呟きました。
「まずは仲良くならなくちゃ。あやしまれちゃいけない」
キリギリスはまたバイオリンを弾き始めます。
「そうだ、アリたちが通る道で歌おう。そして自然にあいさつをしよう」
「襲うのはダメだ。体は僕の方が大きいけれど、アリたちにケンカを売って集団で襲い返されたバッタを見たことがある。そういうのはやめておこう」
「どうしたら困るだろう。どうしたらアリたちに仕返しができるだろう」
キィキィと高い音を出しながら、キリギリスはしばらく頭を悩ませました。
ふと通りかかったムカデがバイオリンの音色に立ち止まり、少し聞いたのち、また歩き去っていきました。そういうことが何度か続きました。だからそのひらめきは、自然なものでした。
「アリたちが歌を聞いて立ち止まる。そのまま聞いていれば食べ物集めがはかどらない。そうなればアリたちは困る」
これは名案だ。キリギリスは心の中ではしゃぎました。そうだ、自分なら出来る。アリたちをとりこにしてやろう。そうと決まれば曲を作らなくちゃ。キリギリスは大急ぎで家に帰りました。
キリギリスは家に帰ってみて驚きました。部屋が汚いのです。しかし泥棒が入った形跡はありません。
「なんで気付かなかったんだろう」
サッサッと掃除をしながらキリギリスは考えます。ほうきが床を撫でる音が心地よくて踊り出してしまいそうです。
「掃除を欠かしたことはなかったのに」
メスのキリギリスを失ったショックで部屋の掃除どころではなかった、というのが真実でしたが、キリギリスはついぞ、そこに思い至ることはありませんでした。しかし、灰色だった世界は色付き、無音だった世界には音が溢れていました。掃除を終えるとキリギリスは鼻歌混じりにバイオリンの弦を張り替え、ご機嫌でアリたちに聞かせる音楽についてあれこれ考えました。僕が好きな跳ねるような曲じゃなく、1歩ずつ歩くようなテンポの曲が良いだろうか。1人で伸びやかに歌い上げる壮大な曲じゃなく、みんなで一緒に歌えるような簡単な曲が良いかもしれない。どんな曲なら喜んでもらえるだろう。キリギリスは届けたい相手を想って音楽を紡ぎ上げていきます。それはメスのキリギリスが生きていたときにしていたことと同じことでしたが、そのことにもキリギリスは気付くことはありませんでした。