ピアーニャがホールでひたすら揶揄われていた頃。
ミューゼの家で、クリムと一緒にのんびりお留守番していたアリエッタはというと……
「しゃーだーうーでーるーくー」
「よしよし可愛いし~、ちょっぴり言えていないところが凄くイイし~」
「しゃだうでるく!」(これもオッケー! 今まで行った異世界の名前のバッチリだ)
クリムによって、絵に描いていたリージョンの名前を、微妙に間違えた状態で学習していた。
「ふんすっ!」
「おっ、まだ何か知りたいし? でももう全部教えたし……うーん」
「にひひ♪」
(その笑い方、アリエッタがすると滅茶苦茶可愛いし)「にひひー」
「! にひひー」(うわあどうしよう、くりむがこうやって笑うと可愛い)
妙に気があっている2人であった。
ここで、会話をするには『聞き方』を覚えさせないといけないと考えたクリム。アリエッタに質問させるにはどうするか、真剣な顔で考え始める。
そんな顔を正面から見たアリエッタも、釣られて真剣な顔になる。
(これはくりむの仕事を手伝うチャンスか?)
(とりあえず抱っこして、質問してみるし。上手くいったらご褒美としてチューすればいいし)
真剣な子供と違って、大人は欲望まみれのようだ。教える流れを崩さないままアリエッタとイチャイチャする方法の為に、頭をフル回転している。
そして作戦が決まり、いざ決行の時が来た!
「アリエ──」
ピコピコピコ ピコピコピコ
と思ったら突然、電子音に似た音が聞こえた。
「! みゅーぜ!」
アリエッタはクリムに背を向け、部屋の隅へと駆けて行った。
「………………」(おのれミューゼにパフィ! 2人の晩御飯は無駄に辛くしてやるし!)
特に悪い事をしていないミューゼとパフィへのお仕置きが決まってしまった。
クリムがアリエッタを追いかけると、絵が描かれた箱の前に座り、丁度ボタンの絵が描かれている場所を指で押す所だった。
(タッチパネル式にしてよかったよ。ぽちっとな)
ピッ
指を触れた瞬間、またしても電子音が鳴る。すると……
『アリエッタ、クリム、聞こえる?』
箱からは、エインデルブルグのリージョンシーカー本部にいる筈の、ミューゼの声が聞こえた。
「みゅーぜー」
「聞こえるしー。仕事はどうなったし?」
箱には黒いドット模様が2カ所描かれている。その片方からはミューゼの声が聞こえ、もう片方は、
(マイクも問題無し! 子機からの受信も上手く言ってるし、これで留守番してても寂しくないね!)
そう、アリエッタが今回描いたのは、通信機だった。
箱をなんとなくメタリックカラーにし、記号のボタンを複数と停止のボタン、黒いドット模様の円を2つ描き、『なんとなくこれなら繋がりそう』という考えのもと、角の近くに金属の棒を刺したという、本物の通信機をよく知らない者がイメージしがちな、超シンプル仕様である。
さらに箱の中には、記号が描かれた小さい板が3個。そしてもう1つ入る程度のスペースもある。これらは通信機の子機で、ミューゼが現在持っているのもその1つ。
「さっきも思ったけど、やっぱりすごいし。普通は遠距離通話の装置って、偉い人しか持てないくらい高いし」
ファナリアを中心とした世界にも、遠距離通信の技術は存在する。機械のような文明が発達している砂漠のリージョン『ワグナージュ』の技術で、主に組織の上層部にのみ配備される程、大きく高価な物なのだ。
そんな代物だが、アリエッタが通信機を作った理由は単純で、外出中のミューゼやパフィとの連絡手段が欲しいからだった。明らかに前世の影響である。
ミューゼは現在、疲れてグッタリしているピアーニャに背を向け、小声で子機に向かって話しかけている。通じる筈は無いが、可愛い妹分の名前を出せば確実に反応する事を見越してアリエッタに声をかけた。
『アリエッタ、今ピアーニャちゃんが元気無いの』
(あ、今もみゅーぜと一緒にぴあーにゃもいるの?)「ぴあーにゃ!」
案の定、ピアーニャの名前に反応。少し考えてから大声でその名を呼ぶ。その時にはタイミング良く、ミューゼはピアーニャに子機を近づけていた。
『ぎょにゃあああ!?』
子機の向こうで完全に気を抜いていたピアーニャが、けたたましい悲鳴を上げたのだった。
「ぴあーにゃ! ぴあーにゃ! だいじょうぶ!?」
突然の悲鳴にビックリしたアリエッタが、何事かと声をかける。何か怖い事があったのではないかと心配なのだ。
『な、な、な、なんじゃこりゃああああ!!』
恐怖の原因は、間違いなくアリエッタ自身とアリエッタが作った道具なのだが。
ミューゼがニヤニヤしながらクリムと話し合い、アリエッタとの通信を終えた後。
すっかりお怒りのピアーニャが、ミューゼとパフィを質問攻めにしていた…のだが、
「アリエッタの栄養は、クリムと一緒にバッチリ管理してるのよ。総長の分も作るのよ?」
「そんなこと、きいてない!」
「怒りっぽい人にはミルーク料理とかがいいのよ」
「しるかあああ!!」
総長の事が全然怖く無くなっていたパフィは、逆に揶揄い返す始末。
「総長はアリエッタの事可愛いと思わないんですか?」
「かわいいぞ? しかし、わちをまきこむのはどうなのだ。わちはオトナだぞ?」
『いやいや』
「いちばんネンチョウだろうが!」
「それはアリエッタが決める事なのよ」
「なんでだ!」
「その事については、またアリエッタさんを招いて話す事にしましょう」
「まねくなよ! ゼッタイまねくなよ!」
(……フリかな?)
すっかり話が逸れてしまったが、ロンデルもアリエッタの通信機が気になるようで、話を戻す事にしたようだ。
ピアーニャが揶揄われるまで、本体と子機が通話できる事を説明させられていたのだが、一番気になるのはそこではなかった。
「なんでアリエッタがいないのに、その『コキ』とやらはノウリョクがハツドウしているのだ?」
アリエッタの絵は、アリエッタが触れているか、触れた後は動かすまで効果が持続する。逆に言えば、動かしてしまうとその効果は消滅する。
つまり、ミューゼが持っている子機がアリエッタのいないこの場所で機能している事が、不思議なのだ。
「アリエッタが『コキ』と呼んでいるこの板は、全部で4つあって、『オヤキ』の中に収納されるんです。その『オヤキ』は」
「ミューゼの家に置いてあって、動いてないって事ね?」
「そうなんです。『オヤキ』の能力は消えないので、どういう訳かこっちで操作したらあっちで音が鳴って、アリエッタが『オヤキ』を操作すれば、この『コキ』と通信が出来るようになるんですよ」
「さっきはアリエッタを呼んで、繋いでもらったのよ。クリムも一緒にいたから安心なのよ」
ミューゼにもよく分かっていないようで、パフィと一緒にまとめた事をざっくりと報告。仕組みなどは分かっていないが、どうやったら動くかはアリエッタのリアクションを見ながら実験し、しっかり把握していた。
「ちょっとまて……ミューゼオラのイエにあるだと?」
「……そうなんですよねー」
「こことニーニルで話が出来てたの? 凄いわね…城にも、そんなとんでもない性能のは無いわよ」
ネフテリアが感心するのも無理は無い。
ワグナージュ製の通信装置は離れた場所との会話を可能とするが、時間と距離が使用者の魔力依存となっている為、離れた相手といっても同じ王都内での通信までしか出来ないのである。それでも中継地点や管理職を設ける事で、他国や組織間での連絡がかなり捗っていた。
しかしアリエッタの通信機は、アリエッタにしか操作出来ないという限定的な物ではあるものの、小さな板切れを持っているだけで、これまで以上の遠距離通信が可能となっている。
(う~ん、流石女神様の娘さん。束縛したくはないけど、自由にさせ過ぎると危ないなぁ)
「……なんだテリア。なんでわちをみる?」
「いや、これはますますピアーニャが、アリエッタと仲良くならないといけないなーと」
「うぐっ……」
通信機からも、アリエッタの能力が凄いという事はよく分かる。そんな力を持つ言葉が通じていない少女を外敵から保護し、そして失わないように親密になる。王女としての立場から見ると、その重要性は計り知れないのだ。
ピアーニャもその事は分かっているせいで、ネフテリアの提案を拒否する事が出来ないでいた。
「フホンイだ……ヒジョーにフホンイだが……」
「とか言って、本当はアリエッタちゃんが可愛くて仕方ないんでしょ」
「コドモあつかいしてこなければなっ!」
結局、後日ミューゼの家でアリエッタの相手をする事になってしまったピアーニャ。出来る事ならば誰かに変わって欲しいと思っている。
それに加えて、ここで1つの思惑が生まれた。
「はぁ……つぎのチョウサは、アリエッタもつれていったほうがいいな。アリエッタのブキをもつモノを、できるだけおおく、つれていくぞ」
「ああ、あそこかぁ……確かに人数と本部は欲しいかも」
「どこか行くのよ?」
現状、危険なドルナは次々と討伐されているのだが、目撃はされているがその姿を確認出来ていないリージョンがあり、その中でも捜索が難しいリージョンがあった。
そのリージョンの調査へ、今回のアリエッタの力が必要だと考え、ピアーニャとネフテリアは絶対に危険へと近づけない事を前提に、連れて行く事を決心していた。
その行き先のリージョンの名は……
「星のリージョン『エテナ=ネプト』よ」