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ちちち、という鳥の鳴き声で目を覚ました。
「……ん」
ベッドから身体をもぞりと起こすと、俺と同じベッドでヒナが眠っていた。
昨日寝る時は母親と一緒に寝ていたはずなんだけどな。多分、夜中に俺のベッドに潜り込んできていたんだろう。たまによくあることである。
そのまま視線を持ち上げると、隣のベッドで母親が静かに眠っていて父親の姿は見えない。
時計を見ると朝の六時半。
一体、どこに行ったんだ……と思いながらベッドから身体を下ろすと、机の上に置き手紙があった。覗き込むと、父親の筆跡で『朝風呂に行ってくる』と書かれている。
そういえば昨日の夜、父親は身体の傷を見られたくないからという理由で温泉に入っていない。人目につかずに入るには、朝風呂しかないんだろう。
俺はその隣に『ちょっと歩いてくる』とだけ入れて、部屋を後にした。
そのまま階段を降り、何人かとすれ違いながら旅館の外に出る。
外に出たら朝の新鮮な空気が涼しく身体を撫でつけた。目を前に向けるとガードレールと、その下に流れているであろう川の水音が聞こえてくる。用事があるのは、その川の方だ。
俺は道路を渡ると、ガードレールの切れ間にある階段を降りる。
階段の横はコンクリで舗装されていたんだろうが……いまやその面影はなく、雑草で覆われてしまっており、その雑草も秋だからか茶色くなって枯れていた。視線をさらに先に伸ばすと穏やかに流れる川と、ごつごつとした石と岩で覆われた川岸が見えてくる。
そんな川岸に向かって目を凝こらすと、水面からほんのわずかに白いモヤのようなものが立ち上っているのが見える。
川に溶け込んだ魔力が、立ち昇のぼっているのだ。
俺がわざわざ川まで降りてきたのは、この魔力を有効活用する方法を探るためである。
まずは何より近づかないとな……と、思いながら川岸の石に足をかけた瞬間、
「うわっ!?」
ずる、と大きく滑った。慌てて真後ろに『導糸シルベイト』を飛ばすと、遥か上にあるガードレールを掴んで体勢を固定。ギリギリで間に合ったことにほっと安堵の息を吐きだす。
「……びっくりした」
滑ったばかりの石を見れば、ぬるりとした緑色の苔が生えている。
それに足を取られたのだ。俺は履いている靴に『導糸シルベイト』を巻き付けて『形質変化』。滑り止めを生み出して、流れている川に向かって歩いていく。
そして川手前までやってくると、水面に手をつけてみた。
ちょっとぬるい……気がする。
気のせいかも知れないけど。
まぁ、温度はどっちでも良い。
大事なのは川に魔力が流れているということなのだから。
「……ん」
そうして、誰かに見られていないか周りを見る。
誰も見ていないことを確認してから、俺はとりあえず左の手も水面に浸してみた。
「……動くかな」
魔力を使うにあたって何よりも大事になるのは、魔力操作だ。
体内の魔力操作を行う『廻術カイジュツ』により、俺たちは魔法を使うための下準備を行う。それは妖精魔法でも同じだ。
だとすれば、自然に流れている魔力を扱う時もまずは動かしてみるところからだろう。
そう思った俺は妖精魔法で使っている『凝術リコレクト』――外に出した魔力を固める技術――のように川に流れている魔力、その中でも手元付近にあるものを固めようと意識を向ける。
「……ん」
だが、これは失敗。
全然上手くいかずに川に溶け込んだ魔力は流れていく。
もしかしたら、補助もなにもない状態でやったのが良くなかったのかも知れない。
俺は体内で『錬術エレメンス』を行い、魔力を身体の外に出すと――妖精魔法を使うときのように、川の中で魔力をぎゅっと凝縮させた。
すると、今度は川に流れている魔力が俺の核となった魔力に集まる感覚があった。
俺はそのまま手元にある魔力の凝縮核あつまったやつを持ち上げてみるが、
「……む」
そこに集まった魔力量を見て、思わず不平の声が漏れた。
はっきり言って、そこに集まった魔力の量は期待外れだった。普通に俺が妖精魔法を使おうとした時に作る量の1.1倍とか、1.2倍とかにしかなっていない。
こんなの川に流れている魔力を使うんじゃなくて、自分の中からもっと吐き出した方が良いに決まっている。
「……もっかい」
俺は一人そう呟くと魔力を霧散むさんさせてから、再び水面に手を入れる。
もしかしたら、さっきのは初めてやったからそこまで魔力が集まらなかっただけかも知れない。もう一度やれば、もっと大きい魔力の塊ができるかも……。
そう思って俺は魔力を凝縮してみるが……。
「むむ」
駄目だった。やっぱり川の中からすくい上げられたのは、思っていたよりも遥かに小さな分しか回収できない。こんなのとてもじゃないが実戦で使えない。わざわざ川に手を突っ込んで……なんて、やっている間にモンスターに殺されてしまう。
いや、地脈の溢れている土地じゃないと川に流れている魔力を使うなんて出来ないから、そもそも俺のやろうとしていることが実戦向きじゃないのかも知れないけど。
知れないのだけれど、俺だってこいつを有効活用してみたいという気持ちがある。
俺がもう一度、川の魔力を使ってやろうと思って手を入れようとした瞬間――後ろから、声をかけられた。
「イツキ、ここにいたのか」
「あ、パパ」
後ろを振り向くと、さっぱりした表情の父親。
どうやら朝風呂は終わったみたいである。
「部屋に戻ったらいなかったからな、探したぞ。近場とはいえ、1人で川の側に近づくのは感心しないな」
「……ごめんなさい」
「それで、何をしてたんだ?」
俺の謝罪を頷き一発で受け止めた父親は、興味深そうに俺の手元を覗き込んだ。
「あのね、川に魔力が流れてるでしょ?」
「地脈のか? ああ、流れているな」
「それを使えないかなって思って」
「……ふむ」
俺の言葉に、父親が少し考え込むように顎に手をあてた。
「でもね、妖精魔法をやるときみたいに魔力を固めてみたけど……全然、固まらなくて」
「外・の魔力だからな。自分のそれとは扱いが異なるからだろう。しかし……イツキは面白いことを考えるな」
父親はそう言いながら、俺と同じように手を水面に浸した。
「固めるから駄目ということはないか?」
「……どういうこと?」
「魔力は水とともに流れ行くだろう。つまり、同じように動きの起点を与えてやれば良いんじゃないかとパパは思うんだが」
そう言いながら父親が浸した手を『導糸シルベイト』で包んだ。
そして、その『導糸シルベイト』が回転しはじめると、ゆっくりと、しかし、確かに川に流れている魔力が、父親の魔力の動きに釣られるようにして回りはじめる。
そうして勢いづいた魔力はぐるぐると、水を巻き込んで回り続ける。
さっきまで全く動かなかった魔力がいとも簡単に動いていくその光景に思わず俺は見とれてしまった。
「ざっと、こんな感じだな」
父親がそう言いながら手を引き抜く。
その姿は、まさに魔法使いと言った立ち姿で、
「ぱ、パパ。カッコいい!」
「む? わはは、そうだろう。すごいだろう」
「うん! 僕できなかった」
俺が勢い良くそう言うと父親が、ぎゅっと俺を抱き上げた。
抱き上げられたまま、俺は気になっていたことを尋ねた。
「でも、これ、どうやったら使えるかな?」
「……パパも、特に使い所は思いつかんな」
抱き上げたまま、父親も渋い顔を浮かべた。