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ACT.2 平穏と夕焼け小焼け


 十二時半、昼ごはんを食べ終わってから留歌に電話を掛けてみた。


「あーあ、結局留歌君は出なかったな。」

「昼休憩なら出られるって碧空言ったじゃんか…」

「かもしれない、とも続けただろう。あんまり信用するな、とも言ったハズだ。」


 そういえば、そうだったっけ。

 手元にあるサンドイッチのゴミをポイとくずかごに捨てて、ぽんぽんと軽くズボンを叩いて立ち上がる。碧空と二人、なぜか見事にシンクロした動きにちょっと笑ってしまった。

 そのまま図書館に戻ると、肩を回しながら碧空が口を開く。


「じゃあ仕方ない、宿題の続きだ。この際半分くらいは終わらせて…」

「そんなせっしょーな…」



        ☆   ☆   ☆




 と、そんな会話をしてから十分くらい。

 今は静かなはずの図書館の自習室に、碧空の悲痛な声が響いている。あっちにいる司書さん(さっきからこっちをチラチラ見てる)に怒られる前に、ちょっと静かにした方がいいって正直思う。


「だーかーら!どうして君は毎度毎度、分速と時速をごっちゃにするんだ!?」

「あー…やっべ、やっちった。」


 まぁ、その原因っておれなんだけど。

 だってしょうがないじゃん。速度の計算とか特に、毎回途中でわけ分かんなくなるし。おれ算数って嫌いだ。


「そこで時間と分で単位換算して…」

「ほへぇ…分かった。」


 いや、なんっっも分からん。もうほんと、一切何も分からない。普段は碧空とか留歌が説明してくれるとスッと入ってくるんだけどな…

 あ、そう言えば留歌っていつ塾終わるんだ?おれは今日スマホ持ってないし、てきとーなタイミングで碧空に連絡してもらわないと……


「その顔…関係ない事を考えているだろう。留歌君の塾が終わる時間かい?」

「ぐぬ、なんでバレたし……」


 うーん…割り算とか掛け算とか、結構ずっと使ってるはずなんだけどな。

 それでもやっぱ速度の計算になるとなぜか、どうすればいいか分からなくなる。これはもしかすると、なんかの魔法かもしれない。


 てか、こんな事で突っかかってるおれってちゃんと魔法使いになれるんだろうか。

 ちょっと心配になってきた…かもしれない。ちょっとだけ。


「はぁ…もういい、一旦休憩にしよう。」

「よっしゃー!」


 思わず大声で叫んでしまったら、とうとう奥にいた司書さんに睨まれてしまった。こわい。


 けど、それを見ているはずの碧空は、やれやれと肩を竦めて声を潜めながら「暑い時期だしアイスクリームなんていいんじゃないか?」なんて言ってきた。


 それは…

 絶対に美味しいやつだ……


 思わずもう一度叫びかけた上に、バンザイであげた手の行き場を無くして喜びの舞を踊りかけ、司書さんにすっごい顔で睨まれたのは…

 うん、また別の話だ。

 ちなみに、がっつりとお説教されたのも別の話。別の話だから言わない。

 てか、怖かったし思い出したくもない。



        ☆   ☆   ☆



 なんだかんだあってあれから一時間ぐらい経っちゃったけど、今のおれらは図書館の前の日陰でアイスを満喫している。


「冷た…うまぁ…」

「…君の語彙力はどこに消えたんだい?」


 まぁ分からなくもないけどね、と続けて言いながらサクサクとガリガリ君を齧る碧空。

 おれも、溶ける前に食べちゃわないとな。碧空のとは違って、しゃくしゃくとちょっと柔らかい音を立てる自分のスイカバーを見て思う。


 サクサク、しゃくしゃく、とアイスの音だけが数分続いてから、ふと気付いたようにちょっと聞かれた。


「そういえば君、今日も相変わらずのスイカバーじゃないか…それ、飽きないのか?」

「むかしからずっとガリガリ君ばっか食べてる碧空には言われたくないかなー。」


 だって三年生の時、ラムネが入ってるやつ選ばなくて良かったのか?って聞いたら、「それとガリガリ君とは別物だよ。」って言ってたんだぞ。


 どうも、なんかこだわりがあるみたいだ。おれにはちょっと良く分からないけど、それも碧空らしいって思う。

 きっと「自分らしさとは何か」みたいなのは誰でも考えてることだけど、それってそういうちっちゃい積み重ねなのかな、みたいな。


 まぁおれはこういうの上手く言えないけどさ、碧空にも留歌にも伝わってくれてたらいいな。



        ☆   ☆   ☆



 結局あの後、夕方になっても留歌の塾は終わらなかったみたいだ。


 それで、今の時間は五時ちょっと前。碧空がもう一度掛けてるんだけど…

 『お掛けになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない場所にあるため、掛かりません。』っていう例のセリフといかにも機械なピー音が、図書館の入り口で鳴ってるだけ。無感情な感じが、なんか無性にイラッとする。


「…またじゃないか。彼本人の意思ならなんら問題は無いんだが…母君も父君もアレだからな。」

「そういえば、『なんで俺が…』ってよく言ってるもんな。」


 最近の留歌はなんかこう、とりあえず大変らしい。どう大変かはおれには分からないけど、勉強で結構いっぱいいっぱいになってる時がある。がんばれって思う。だって、おれの大事な友達だし。


 なんて考えながら碧空と二人、「今日は諦めるか…」とため息を吐いたその時、ピロン、と目を離していたスマホから軽い音がした。

 聞き慣れたその音は、碧空もおれも同じ人の着信音に使っているものだから、送った相手もすぐに分かった。


「留歌だ!なんて言ってる!?」

「まぁちょっと待ちたまえ、今から確認す…」


 そう言った碧空の顔が固まった。明らかに何か、マズイものを見ちゃったような表情だ。


 …何か、嫌な予感がする。

 おれ、こういうのはむしろあんまり働かない方なんだけど…

 それでもなんか、やっぱり嫌な予感。


 けど、聞かないわけにはいかないか…


「ど、どう…した?」

「留歌君が…しばらく、入院だと……」


 慌ててスマホの画面を覗くと、見慣れた留歌のフクロウのアイコンが、明らかに留歌のものじゃない言葉を喋ってる。

 驚きすぎて、文字を目で捉えられない。頭まで入らずに滑っていく感じ、とでも言ったらいいんだろうか。

 嘘だろ、とか、何で、とか、その程度の言葉すら出てこない。


「「轢か、れた……」」


 どちらからともなく口から溢れた言葉が、おれらに現実を突きつけた。

 そこでようやく、おれの中の時間が動き始めたらしい。とっくに鳴り始めていた五時を知らせる夕焼け小焼けのメロディーや街のざわめき、セミの鳴き声が耳に戻ってくる。


 その中でもなぜだかとても目立って、残酷に、冷酷に…どう言ったらいいかは分からないけど、とにかく冷たく聞こえるんだ。「良い子はお家に帰りましょう」のアナウンスが。


「なぁ、碧空…」

「決まってるだろ、行くぞ!!」


 もちろん素直に従えるわけも無く、おれらは駆け出した。

 荷物を纏めるのもそこそこに、おれがてきとーに全部持って。

 一足飛びに階段を駆け下り、メッセージアプリで伝えられた市民病院を目指そうとしたけど…

 それはさすがに「ここから歩くと三十分は裕にかかる、バスに乗るぞ!」と止められる。


 妙にざわざわする胸を抱えて走る中、カラスの鳴き声が無理矢理に、平凡で平穏な、おれらの日常の終わりを感じさせた。

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コメント

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ユーザー

今回も最高っす。 本当、書くの早いっすね。 尊敬….。 (遺言)

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