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時間が経つのは早いもので、もう一月下旬。日に日に寒さが増していくこの季節、寒いのが苦手な私はベッドの上で布団にくるまりスマホを弄っていた。すると、メッセージが一件送られてくる。差出人は棘くんだ。
《明後日、デート行かない?》
「デ……ッ」
”デート”という単語に、思わず顔が赤くなる。これまでの棘くんからのお出掛けのお誘いは「○○行きたいんだけど一人じゃ行きづらいから一緒に来て」という、今思うと素直じゃない誘い方だった。それがストレートに「デート行こ?」に変わったのだ。めちゃくちゃ照れる。
「そっか、明後日の日曜は私ら二人とも任務無いんだ」
一月に入ってから初めてのお出掛け、もといデート。五条先生の計らいなのか、月に一度は必ず私たち二人の休日がかぶるようになっていた。…今度甘い物でも差し入れよう。
「いいよ、どこ行く?」と返信すると、すぐに既読が付きメッセージが送られてくる。
《カラオケ行きたい》
《前歌ってたの以外の曲も歌ってるの聞きたい》
「聞く専かよ」
ストレス発散で歌いたい!とかじゃないのね。でもカラオケ行きたいなーって思ってたしちょうどいいかも。それに一曲ぐらいなら棘くんも歌うでしょ。歌詞全部おにぎりの具で歌うの聞いてみたいし、あわよくば撮影したい。この前、私がくるくると踊りながら歌ってるところを撮影されたのでね。今度はこっちが撮影してやりますよ、えぇ!マイク持って歌う棘くんとか考えただけでもカッコよすぎでは?これは帰ってきてから大量にイラスト描けるぞ。
「ふふ、楽しみだなぁ…」
どこのカラオケ店に行くか、何時に行くかなどを二人で話し合いながらそう呟く。明日はまたもや五条先生の無茶振りに付き合わねばならないのだが、明後日のデートのためならば頑張れそうだ。
私はもう一度、小さく「楽しみだなぁ」と呟いた。
二日後。私は楽しみすぎるあまり、朝の六時に起きてしまった。めっちゃ健康的。二度寝する気分でもなかったため、昨日の夜のうちに準備しておいた服に着替える。スマホで天気予報を見たら一日中晴れではあるけど気温は一桁だったし、暖かい格好がいいよね、ということで今日はパステル紫のパーカーに黒スキニー。……うん、あの、突っ込まないでね。棘くんと付き合い始めてから確かに紫色の物を買うこと増えましたけど。でもこのパーカーは色が可愛いなって思って買っただけなので!決して棘くんを意識した訳では無いので!
冷蔵庫から、昨日購買で買った野菜ジュースとおにぎりを取り出して食べる。具はツナマヨとしゃけ。私が一番好きなのはエビマヨなんだけど、購買には置いてないんだよなぁ。頼んだら入れてくれるかな。今度頼んでみよ。
食べ終わった後は洗面所で歯を磨き、顔を洗う。メイクはどうしようかな、髪型も悩むな、と棘くんのために色々考えるこの時間が私は好きだった。だってめっちゃ頑張って可愛くしてきた私を見た時の推しの反応とか、想像するだけで楽しいですし。
棘くんってどんな髪型しても可愛いって褒めてくれるんだよね。メイクもちょっと変えただけですぐ気付いてくれるし。本当に私のことよく見てるよなぁ。
色々考えている間に、メイク終了。髪型は今日はポニーテールにしようと高めの位置で髪を縛り、猫の肉球柄のシュシュを着ける。この間百均で見つけて一目惚れして買ったもの。可愛いので最近のお気に入りだ。
「うーん、準備終わっちゃった」
時計を見ると、時刻は七時十五分。約束の時間は九時。だいぶ時間がある。どうしようかな〜、と考えているとスマホから通知音が聞こえた。
《準備終わっちゃった。どうしよ》
スマホを見ると、棘くんからそう送られてきていた。奇遇だね、私も同じこと考えてたよ!最近、真希ちゃんや乙骨くんに「なんか二人とも似てきた」とか言われたんだけど、もしかしてこういうところかな?自分じゃよく分からないけど。
「私も〜。時間までどうしようか悩んでる」と返すと、じゃあさ、とメッセージが送られてくる。
《時間まで俺の部屋で話す?》
《なーんて》
それを見た瞬間に「行く!」とすぐさま返事をすると、返ってきたのはおにぎり(手足付き)が溜息をつくスタンプ。なぜ。
《もう少し警戒心とか無いの》
《この間あんなことされたのに》
《やったの俺だけど》
「…?付き合ってるのに警戒心とか持つ必要ある?」
そう送ると、「ばか」と返された。その後「来るなら来て。待ってる」とも送られてきたので、コートや荷物を全て持って棘くんの部屋に向かった。
棘くんの部屋の前に着いたので、「着いたよ!」とメッセージを送る。すると部屋の扉が開き、少し複雑そうな顔をした棘くんが出てきた。と思ったらいきなりデコピンされた。なぜ。
「…高菜」
「うーん、警戒心持った方がいいの?」
「しゃけ」
「……善処します」
「…明太子」
「それやらないやつじゃん」と突っ込まれたが、棘くん相手に警戒心持つのは無理だと思うな私…。今の今まで警戒したことないから。棘くんの様子を見てると、年頃の男の子らしくそういうことに興味あるんだろうなっていうのは分かるし、実際ちょっとやられてるし。でも、嫌なら本気で抵抗してるんだよなぁ。そもそも私が心のどこかで棘くんになら何されても良いって思ってるところあるし…。これ言ったらまた押し倒されそうだから黙っとくけど。お出掛け前にそういうのはちょっとね!
荷物を床に置いて、棘くんの隣に座ろうとする。が、なぜか棘くんの足の間に座らされた。そしてお腹に手を回し、がっちりホールドされる。私の肩に顎を乗せ、嬉しそうにふふ、と笑う棘くん。はい、可愛い。花丸百点あげます。
「棘くんなんでそんなに可愛いの…」
「おかか。明太子!」
「最近はカッコいいとこ多いけど、こうやって甘えてきてる時はすごい可愛いよ」
「……おかか」
「そんなことあるんだな〜」
「可愛いじゃなくてカッコいいがいい」って拗ねる棘くん可愛すぎか?頬を膨らませてるの可愛すぎだろ。そういうとこだぞ、狗巻棘。
その後、普段どんな曲を聞いてるのかとか、五条先生がこんなことしてたとか色々話していると、あっという間に時間が経っていた。スマホを見ると八時五十分。
「そろそろ行こっか」
「しゃけ」
「棘くんの歌声楽しみだな〜?」
「……すじこ」
コートを羽織り、話しながら外に出ると暖かかった部屋に比べ随分と寒い。マフラーをぐるぐると巻いていると、棘くんがこちらを見ていることに気付く。
「ん?どしたの?」
「高菜、こんぶ」
自身の瞳とマフラーを交互に指さす棘くん。このマフラーがどうかしたのだろうか、と首を傾げるが、棘くんの言いたいことを察し顔が赤くなる。
(「俺の瞳と同じ色だね」って言いたいんだろうな…)
最近気付くと買っている紫色の物。このマフラーもその一つだった。 中学時代から使っていたマフラーがボロくなってしまったため、新しいのを買いに行った際に見つけたもの。棘くんの瞳と同じ色だ〜と思っていたら、いつの間にか買っていた。シンプルなデザインだけど使い心地が良いので普通に使っていたが、棘くんの前で着けるのは初めてだった。
マフラーで口元を隠しながら棘くんを見ると、とても嬉しそうな顔をしていた。こういうのが本人にバレるの少し恥ずかしい。照れているのを誤魔化すように「行こ」と手を引っ張ると、さりげなく恋人繋ぎに直す棘くん。ちょっと前までこの繋ぎ方したら顔真っ赤だったのに。
熱くなった頬を撫でる冷たい風が、少しだけ気持ち良かった。
受付を済ませて伝えられた部屋に入ると、久しぶりのカラオケに少しばかりテンションが上がる。約一年ぶりだ…!と目を輝かせていると、棘くんに笑われた。
ハンガーにコートとマフラーを掛けソファに座ると、さも当然かのように隣に座ってくる棘くん。え、こういうのって真正面に座らない?隣?隣に来るの?可愛すぎじゃん。
「隣でいいの?」
「しゃけ。ツナマヨ、いくら!」
「別に可愛い声してないし歌も上手くないからそんなに期待しないで…!」
ピ、ピ、とタッチパネルを弄る棘くん。採点モードと高田ちゃんの「両片想い」が予約され、そして渡されるマイク。
「高菜♡」
「今日はとことん私に歌わせるつもりだな?」
「しゃ〜け〜」
「ふっふっふ…それならお望み通り歌って差し上げますよ!」
一曲目からノリノリで歌ってたら棘くんもノリノリで合いの手入れてきたんだけど、さてはライブ映像の方も見たな?最高かよ。そういうとこ本当好き。
「九十六点!わぁ、思ってたより高い」
「こんぶ!ツナマヨ!」
「めっちゃ褒めてくれるじゃん、ありがとう」
パチパチパチ…と拍手をしながら「上手かった!可愛かった!」と褒めてくれる棘くん。次は何歌おうかな〜と考えていると、液晶に表示されるのは既に予約されている次の曲。
「『キミ花』のエンディングだと!?もしかして棘くんアニメ観た!?」
「しゃけ!」
「最っ高じゃん!今度一緒に十七話観よ!?」
「しゃっけっ!」
グッと親指を立てる棘くん。可愛い。そして先程から話に出てくる『キミ花』とは、正式タイトル『キミに送る花言葉』という私が最近ハマっているアニメ化もした恋愛漫画のこと。以前棘くんが私の部屋に来た時にさりげなくオススメしたらいつの間にか全巻読んでくれてたけど。まさかアニメも観てるとは。彼女の趣味に付き合ってくれるとか最高の彼氏では???
この後三曲連続で歌わされ、さすがに喉が疲れる。棘くんがいつの間にか持ってきてくれていたお茶を飲んでいると、昨年流行ったラブソングのイントロが流れ始めた。そして私の隣でマイクを持つ棘くん。私は無言で棘くんの真正面に移動するとスマホの電源を入れ、カメラを起動した。棘くんは撮影されていることに気付いたのかダブルピースをして笑う。うっ、可愛い……!
メロディに合わせて歌い始める棘くん。歌詞は全部おにぎりの具に変えて歌っていたが、それよりも。
(歌うっっっっっっっま!!!!)
めちゃくちゃ歌上手いんだけど…。ただでさえ声が良いのに歌も上手いとかやめて私の耳が幸せすぎて死んじゃう…。あと無駄に感情込めて歌わないで恥ずかしくなってきた。
歌い終わった後、「どうだ!」とドヤ顔をする棘くんはあまりにも可愛すぎて今日が私の命日ですありがとうございました。ピッ、とボタンを押して撮影を終了する。この動画バックアップ取っとこ…。それと後でイヤホン付けて聴こ…。
「棘くん歌上手すぎ…。耳が幸せだったありがとう…」
「いくら〜」
「……ちょっと待て二曲連続だと!?しかもこれは高田ちゃんのデビュー曲!」
「しゃけしゃけ」
アイドルソングを歌う狗巻棘とかそれなんて天使?可愛すぎるでしょ本当にありがとうございますまた撮影させていただきます。あ〜、ちょいちょい振り付け入れながら歌ってるの可愛いよぉ…。目元にピースした指を当てながらウィンクする棘くん。推しからのファンサがエグい。供給過多。私は明日生きてられるでしょうか。
しかし、それ以上のものがあることを私は忘れていた。この曲のラストには「ばーん♡」というセリフと共に指鉄砲でハートを撃ち抜く振り付けがあることを。そして棘くんは悪ノリが大好きなことを。
『ばーん♡』
「ありがとうございました!!!!!!!!」
こちらに指鉄砲を向けてハートを撃ち抜く仕草をする棘くん。あまりの可愛さに、私は心臓を押さえた。あ、動画内に私の叫び声入っちゃった。編集で消しとこ。
「あ”〜、歌いすぎて喉痛い…」
「ヅナマ”ヨ……」
二人して声をガラガラにして店を出る。予想より盛り上がりすぎて気付いたら十五時とか…時間経つの早。
「そういえばお昼食べ損ねちゃったね。どっか寄る?」
「しゃけ!」
五分ほど歩いた所にあったファミレスに入る。なんか今は無性に甘いものが食べたいな…と考えていると、棘くんも同じことを考えていたようで、メニュー表のデザート欄を見ていた。
「これとこれすごい美味しそう…迷う……」
「いくら、明太子?」
「する!」
「二つとも頼んで半分こする?」という棘くんの案に賛成し、ベルで店員さんを呼んでティラミスと抹茶パフェを頼む。待っている間、ふと窓の外を見ると向かいのお店に「もうすぐバレンタイン!」と書かれたポスターが貼ってあるのが見えた。そうか、もうすぐ二月になるのか。私は今まで、友チョコや推しに捧げるチョコ(後で自分で食べた)しか作ったことがない。…世の女子って本命には何渡すんだ?渡すものによって意味が違うってのは聞いたことあるけど…。後で調べるか。
頭の中でバレンタインについて考えていると、ティラミスと抹茶パフェが運ばれてきた。
「おぉ…美味しそう…!写真撮って五条先生に嫌がらせとして送り付けとこ」
「こんぶ」
写真を三枚ほど撮り、五条先生のスマホに送り付ける。そしてスマホの電源をオフにし、スプーンを手にする。
「どっちから食べよう…」
「ツナツナ」
「ん?なぁに……え、」
顔を上げて棘くんを見ると、一口大に掬ったティラミスを乗せたスプーンを私に差し出していた。所謂、「あーん」というやつである。
「ひぇ……」
「いくら?」
「アッ、タベマス。…あー……ん」
ちょっと恥ずかしいな、これ。通路挟んで向かい側の席に座っているおばちゃん達が「あら〜、可愛らしいカップルねぇ」「いいわねぇ、青春だわぁ」と話しているのが聞こえる。
ティラミスのほんのりとした苦味とクリームの甘味が口の中に広がる。とても美味しいです頼んで良かった。棘くんも私と同じく美味しそうに食べている。……って、あの、棘くんが使ってるスプーンさっき私に…。それ間接キスと呼ばれるものでは?あれ、棘くんそういうの気にしないタイプ?それとも確信犯か?
私が頬を赤らめながら見ていることに気付いたのかニヤッと笑い、舌で唇をペロリと舐める棘くん。あっ、確信犯ですね。
「た〜かな」
「えっ、私からも?」
「しゃけ」
「ひぇっ……ア、ドウゾ」
抹茶パフェの一番上に乗せられたアイスを掬い取って棘くんの口元に運ぶ。その際、棘くんの大きな手で私のスプーンを持つ方の手を掴まれる。はー!漫画でよく見るやつぅ!『キミ花』にもこんなシーンあった!あと、口を開いたことで見えた舌の呪印が大変えっちでした。ありがとうございます。
一時間ほどファミレスでゆっくりした後、お会計を済ませようと席を立つ。二つとも元はと言えば私が食べたいと言ったものなので私が払う気でいたら、「明太子(俺に奢らせて)」と言われた。互いに譲らなかったため、結果ジャンケンをして勝った方が奢ることに。私が負けて棘くんが勝った。目の前でそのやり取りを見せられていた店員さんは微笑ましいものを見る目をしていた。
店を出て、少し人通りの多くなった道を朝と同じように手を繋いで歩く。この時期になると、冷え性である私の指先は冷たくなる。しかし今この時だけ棘くんと繋いだ手は、指先はとても温かかった。