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(前回からの続きです。今回は多少の人の心とかないんかな描写あるかも)
過去の事を思い出して数日後のこと。
霊巌はいつも笠で隠している角がやたらと疼いているせいか、集中すらできない。
まさか忌まわしい晴憲の言葉が本当になるのかと、不安と怒りが積もっていく。
「うぐ…腹が変だ…」
霊巌は謎の吐き気に襲われるが、それもすぐ収まる。しかし、何故か喉が乾く。酒でも飲めば収まるだろうと思い、一杯呑んでみた。それでも乾きは収まらない。
霊巌は、かつて食った人間の味を覚えてしまっているため、思い出すだけでも吐き気しかしない。そのために、まさか再び人を食う時が訪れるのではないかと不安になっていた。
酷い鉄の味に、何の肉とも言い難い噛みごたえ、消化途中の食い物が残る胃袋と、苦い胃液の味。グロテスクで生々しいあの味をまだ味わうのか、と吐き気しかしなくなる。
「儂もいずれ…人ではなくなるのか?」
忌々しき晴憲の術も、鬼としての本能を抑えてくれる辺りはまだ良いが、その術も千年経てばどうせ使い物にならなくなる。今ここに自分がいるのも、この術のおかげとしか言い様がない。
ただひたすらに血肉を求める乾きと飢えに耐え、あの二人にバラすのも時間の問題ではある。
─なあ、お前は陰陽師だろ?折角だからおれの村に雨を降らせてくれないか?─
突如、若々しい青年の声が聞こえる。忌々しい晴憲の声ではなかったが、気がつくと彼はそこに居た。その青年は、農民の様に少し襤褸の服を着ていたが、身体は逞しかった。
霊巌はやっとの事で思い出し、その名を呼ぼうとした。
「其方は、塗之助(ぬらのすけ)…か…?」
─なんだよ、忘れちまったか?─
─おれはよくお前の座敷に来てたんだぜ?それも週に三回は。─
その瞬間、霊巌は千年前だろうか、まだ若々しいあの時に戻れた。
「お前は今でも貴族の求婚の真似をしているのか…」
─まぁ、一種の楽しみって感じだし…それに、お前の所で呑む酒は格別だからさ!─
「あぁ…そうだったな…」
「また、呑むか?」
─良いぜ、お前からもらった杯は…今でも大事にしてるからさ。─
あぁ、かつてはこうやって呑めたものだと思い耽り、塗之助の持つ盃に酒を注ごうとした。
だが、一瞬で現実に押し戻される。
次に見えたのは、鬼になって数十年後の景色。目の前に居たのは、まるで乞食のように老いた塗之助だった。しかし、その手には未だに盃が握られているではないか。そして、霊巌は改めて時の残酷さを思い知り、老いた塗之助が力なく倒れ、息を引き取るその姿を見るしかなかった。
だが、屍体となった塗之助は口を開き、霊巌へとある事を告げた。
と。
そのまま屍体は動かなくなり、腐りきって消えていく。
何を言ってるのか、訳が分からなかった。しかし、晴憲が告げたあの言葉がまた響く。
─まぁ、いずれ君は…また、あの時と同じ様に、いや…それ以上になるだろうね─
まさかこの様になるのか。いいや、まさかその策に嵌められたか。
だが、真相は晴憲しか知らぬだろうと思い、やっとの事で現実に戻り、縁側から月を見た。
蒼く輝く月が、まるで過去に囚われた霊巌を嘲笑う様に光が朧気になる。
だが、微かに聞こえる笑い声がまた過去に囚われるように頭へ響く。
そして、霊巌は最後に自分へとある問を投げかけた。
─儂は何時になれば、この死なぬ身を捨てて極楽に向かえるのか─
鬼としての本能は、まだ目覚めぬままだというのに。
─鬼を嗤う傀儡の巻・後 終─
─次・獣が目覚める時の巻─