テラーノベル
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車の中には、まだ微かに熱を帯びた匂いが残っていた。すちはそれを悟らせたくなくて、窓を少し開け、風を呼び込む。吹き込む風と共に匂いは薄れていくが、完全には消えない。
そこでダッシュボードから消臭剤を取り出し、車内にシュッと吹きかける。さらに控えめな香りの芳香剤を併せて置き、ようやく落ち着ける空間に整えた。
シートに横たわるみことは、ぐったりと眠り込んでいる。泣き疲れ、快感に耐え、ついには気絶に近い眠りに落ちてしまったのだ。
「……ほんと、無茶させちゃったな」
すちはそっと前髪をかき上げ、乱れたシャツの裾を整える。胸元がはだけていたのも直し、露出していた白い肌をブランケットで覆った。小さく肩を竦めるみことの体温が伝わる。
「もう手離せないな…」
囁くように言ってから、すちはスマホを取り出した。
短く打ち込んだメッセージは、いるま宛て。
《片手間で食べられるもの、2人分買ってきて》
文章を送信し、画面を伏せてポケットにしまう。みことの眠る横顔を見やりながら、すちはふうと長い息を吐いた。
車窓から吹き込む風がブランケットを揺らし、微かな花のような芳香が車内を満たしていった。
しばらくして、駐車場に足音と話し声が近づいてくる。ドアをノックするように軽く叩く音が響き、すちがロックを解除すると、いるまを先頭にひまなつ、らん、こさめがぞろぞろと戻ってきた。
「ほら、頼まれてたやつ」
いるまが無骨にコンビニ袋を差し出す。冷えたペットボトルの水と、片手で食べられるサンドイッチやおにぎりがぎっしり詰まっている。
「ありがとう、助かる」
すちは小さく会釈をして受け取り、座席の足元にそっと置いた。
「……気分転換できたか?」
いるまがふと問いかける。その眼差しは表面上は無造作でも、すちの疲れや様子を気にかけているのが伝わってくる。
「うん。おかげでよく休めたよ」
すちは穏やかに微笑んで応える。疲れを隠すための笑顔ではなく、みことの隣で過ごすことで本当に心が和らいでいる、そんな笑顔だった。
その隣では、みことがぐでぐでになったまま、シートに身を沈めて眠っていた。ブランケットに包まれて、時折小さく寝息を立てるその姿は、どこか子供のようで無防備だ。
「……また寝たんだなー」
らんが腕を組みながら、じっとみことの顔を覗き込む。その視線に気づいたすちは一瞬だけ肩を強張らせる。だがすぐに表情を和らげ、愛おしげにみことの髪を撫でた。
「うん。今日は特に疲れたみたいだから」
そう言う声には、思わず隠しきれない優しさと独占欲がにじんでいた。
らんはそんなすちの様子を、意味ありげに小さく笑って横目で見ていた。
「みこと、完全に電池切れって感じだな」
ひまなつがだるそうに笑いながら、ドリンクを一口飲む。
「すっちーに何されたんだろーねー!」
こさめがにやりとしながら頷く。
すると続けざまに
「すち、まるで子守りしてるみたいだな」
と、いるまがわざとからかうような声を投げかけた。
「……ふふ、そう見える?」
すちは苦笑して答えながらも、みことの髪をそっと撫でる手を止めない。優しく整える仕草が、否定するどころかますます子守りのように見えてしまう。
「いやいや、完全にそう見えるだろ」
ひまなつがぐったりしたポーズをとりながら、「ねむー……おやすみ……」とみことの寝息を真似し、こさめは「だっこしてあげよっかー?」とふざけて腕を広げる。
「そんなことしたらすちに睨まれんぞ」
いるまが軽く小突くように二人を牽制するが、本人もどこか楽しげだ。
そんな賑やかな空気に包まれながらも、すちは柔らかい笑みを浮かべたまま、ぐっすり眠るみことの肩をブランケットでくるみ直す。誰かに茶化されても動じないその眼差しは、やはりどこまでも優しく、そして深くみことを想っていた。
___
高速道路を降りて街に戻ると、少しずつ日常の風景が車窓に広がっていく。
車内にはどこか名残惜しい空気が漂いながらも、それぞれが眠そうにしつつリラックスしていた。
それぞれの家に送り、帰っていく。
最後に送ったらんとこさめに 「次タコパ!絶対だから!」と元気に手を振った。すちは「分かってる」と肩をすくめつつも笑顔で送り出す。
車内に残ったのは、すちとみことの二人だけ。
静けさが戻った車内で、みことはまだ少し眠そうな目をこすりながら「……楽しかったね」と呟く。
すちはハンドルを握りながらちらりと横顔を見て、「そうだね。またみんなで行けたらいいな」と柔らかく答えた。
やがてすちの家に到着。
「ただいま」
「……ただいま」
二人で声を揃え、玄関をくぐる。荷物を下ろすと、ほっとしたようにソファに座り込むみこと。
すちはそんなみことの頭を撫でながら「おかえり、みこと」と囁く。
みことは少し照れながらも、にっこりと笑った。
コメント
3件
最高です😊